第338話 夜に少し話をしよう

 結構な時間揺れていた馬車が止まった。目的地に到着したのだろうか。

 速度は夜だからかゆっくりだったが、かなりの距離を走ったはずだ。もしかしたら街中ではなく、郊外に出たかもしれない。途中から、舗装されていない砂利道に出たような揺れに変わった。

「お疲れさまでした」

 御者が開けたドアは、どこかの庭園に繋がっていた。かなり広く、少年野球くらいならできそうだ。私たちは、その庭園のアーチ状の入り口に立っている。

「このまままっすぐお進みください。主がお待ちです」

 私はこちらでお待ちしております。そう言って御者が一礼した。言われるがまま、アーチを潜る。腰までの高さの植木が未知を挟むようにしてまっすぐ伸びていて、その先に八角形の柱と屋根だけの建物、ガゼボとも呼ばれる西洋風の東屋が建てられていた。

 月明かりが照らす庭園を進む。植えられている植物自体が発光しているのか、足元は仄かに明るく、視界が聞く。庭園に植えられている植物の高さも外周をぐるりと囲んで壁の代わりをするもの以外は低く視界が開けていて、

 東屋から光が漏れている。そこにはテーブルと、二つ人影が生まれていた。目的地はあそこか。

「やあ、待っていたよ」

 一人がこちらに気づいた。もう一人もつられてこちらに視線を向ける。

 一人は若い男だった。若いというか、どう贔屓目に見ても十代前半の少年に見えた。そしてもう一人、私たちに向かって手を振っているのは、昼間、私に接触してきたあの老紳士だった。彼を見て何故か、ジュールとファナティが目を真ん丸にしている。微かに震えてもいるようだ。

「来てくれると思っていたよ」

「去り際にあんな言い方をされては、気になって寝られないものですから。ご助言頂いた通り虎の住処に飛び込んでみようかと」

「ふふ、言うではないか。本来あんな風には話さないのだがね。君の興味を惹けて良かった」

 老紳士が微笑む。

「二人だけで分かる話をしないでほしいな」

 少年が少し頬を膨らましながら言った。

「プロペー。良ければ私にも彼女たちを紹介してもらえないか」

「「プロペー?!」」

 少年の言葉にジュールとファナティが反応した。一歩下がり、跪いて頭を垂れた。私とムトもよくわからないまま彼らと同じようにする。

「ああ、やめてくれ。ここにいる間だけは、そういうのは無しにしてほしいんだ。こら、カルタイ。お前のせいでぎこちなくなってしまったではないか」

「プロペーに、カルタイだと・・・、薄暗くて分かりづらかったけど、やっぱりそうじゃねえか」

 彼らに聞こえないような小声で呟くジュールが、恨めしそうな横目で私を睨んでいる。

「団長、あんたなんつう大物連れてきてんだよ」

「すみません。どちら様?」

「何という世間知らずの阿呆なのだ貴様は!」

 同じくファナティが反対側から私を小突いた。

「プロペー・テオロクルム。この国の王だ。カルタイと言えば、隣国のカステルムの王カルタイ・カステルムだろう」

「冗談でしょ・・・」

 焼き魚奢ったけど、不敬だっただろうか。だが、納得もできた。この庭園には気配を殺した人間が多数配備されている。全員が両国選りすぐりの腕利きだろう。少しでも妙な真似をすれば、私たちは串刺しにされてしまう。

「面を上げてくれ。アスカロンの諸君。我らの取り決めでな。この東屋の下にいる間は、身分、立場を忘れて語り合うという取り決めなのだ」

「そうは申しましても、二つの国のトップが並んだら、それはもう首脳会談ではないのですか?」

「だから、そういう堅苦しいのが嫌でこの東屋でのルールを決めたのだ。そもそもだ。アスカロン団長アカリ。君は私のことを知らなかっただろう」

 図星だったので言葉に詰まる。

「しかも、あろうことか私に屋台で買った焼き魚を手渡したじゃないか」

「「「はぁっ?!」」」

 何してんのあんた、と言わんばかりの団員たちの目が痛い。口に入るもの全てを毒見役がチェックするような相手に食べ物を渡すなど、下手すれば極刑を食らう。

「見張りの護衛たちが目玉ひん剥いていたぞ。今にも斬りかからんばかりだった」

「知らなかったとはいえ、失礼をいたしました。平にご容赦を」

「良いのだ。久しぶりに、熱くて旨い魚を食った」

 からからと快活にプロペーは笑った。跪いたままの私たちは、それでは依頼の話ができないからと半ば強引に席につかせて、彼は言った。

「それではさっそく、昼間の話の続きをしようか」


 ―――――――――――――――


 一方、宿に残った待機組は、いつ出発の号令が出ても良いように準備を進めていた。何者かからの誘いに彼らの団長が乗れば、かなりの確率で依頼を受注し、即作戦会議、即出発となるからだ。

 皆が忙しく動き回る中、その空気に慣れない者が一人いた。

「はん、部下を働かせておいて、自分は貴族様にお呼ばれとはね」

 ロガンはつまらなそうに吐き捨てた。

「旨いもんでも食ってんのかね。団長ってのは良いご身分だな」

「それは違うよ」

 答えたのはゲオーロだった。手元では砥ぎ石に槍の刃を滑らせている。ぶつくさ言いながらもロガンは律儀にもずっとゲオーロの手伝いをしており、ゲオーロはその礼にと彼の槍の手入れをしていた。ロガンはロガンで、純朴なゲオーロには話をする程度には気を許していた。本人にそう指摘してもおそらく認めず、利用しているだけだと嘯くだろうが。

「あの人は、いつも重要で、一番危険な場所に率先して行くんだ。今回も罠があるかもしれない場所に向かったんだよ」

「どうだか。人間なんてのは、上に行けば行くほど汚くなるもんだろ。自分より下の者に平気な顔で理不尽を強いて、自分は甘い汁だけすするんだ」

「人による、としかそれは答えられないな。少なくとも、団長は自分だけが楽をするタイプの人間じゃない。これまで一緒に旅してきた僕が言うのだから間違いない。一番大変な事を団長がするから、僕らはさぼれないんだ。・・・と、よし。出来た」

 どうぞ、とゲオーロが槍を返す。

「立派な槍だけど、刃こぼれが酷いよ。もっと大事に使ってあげてね」

「助かるぜ」

 素直に礼を言う彼に、ゲオーロは少し驚いた。性根はやはり素直なのかもしれない、と思ったゲオーロは、ロガンに話しかける。

「ロガン。君はいくつだい?」

「あ? 年か? 十六だ」

 想像していたよりも若い。自分がアスカロンについていくと決め、生まれ故郷を出た年齢より更に年下だ。

「どうしてその年で、賞金稼ぎを始めたんだい?」

「何だよ藪から棒に」

「気になるからさ。故郷を離れて旅をする。聞こえはいいけど過酷な道のりだ。それに、君はムトとの決闘の時に言っていただろう?」

 強者と、それ以上に凡人に対する憎しみと軽蔑が混じった言葉を吐き出していた。あれは、実際の人物がいるのではないか、とゲオーロは思っていた。

 ゲオーロが尋ねると、ロガンは鼻から一度息を勢いよく噴き出して言った。

「俺の故郷は、クソみたいな貴族が支配する領地でな」

 くるくると確かめるように槍を回し、掴む。

「国から徴収される税に、自分の懐に入れるための税を二重に課していた。税を引かれたら、領民が朝から晩まで働いて、それでも生きていけるかどうかってほどしか手元に残らなかった」

 貴族の中には、己の私腹ばかりを肥やすことに余念のない俗物がいる。幸いなことにゲオーロの身近にはミネラ領主をはじめ、敬われて当然の本物の貴族が多かった。が、多くの貴族は、自分たちは特権階級だから何でもできる、何でもしていいと勘違いし、何故特権を行使できるのかを考えもしない連中が多い。

「飢饉が起きて、領民がバタバタ倒れても領主は知らん顔でいつもと同じ税を徴収していった。それが原因でまた多くの領民が死んだ」

 傑作なのは、死体が山と積まれるまで俺たちは馬鹿みたいに領主の言いつけを守っていたってことだ。自嘲気味のロガンの笑いが室内に響く。

「結局のところ、俺たちは全員馬鹿だったんだ。苦しい苦しい助けてくれと嘆き、裕福な貴族どもを妬ましいと横目で見ても、馬鹿だから何をどうすれば自分たちが楽になれるのか考えなかった。動かなかった。そんな中、一人だけクソみたいな生活から抜け出すために考えて行動した奴がいた。俺の兄貴だ。兄貴は故郷の窮状をわかりやすいように数値化し、税を下げてくれと直談判した。働く者がいなくなれば更に納める税は減る。税を下げてくれれば領民は生きながらえて来年の種を植えられる。子を成し、その子が働けば税を納められるってな」

「ただ下げてくれと頼むだけじゃなく、減税によるメリットも訴えたわけだ。でも、考えてみれば当たり前のことだよね。納める人間を殺してしまっては、その年は良くても次の年から払う人間がいなくなる。長期的に見れば、人が増えた方が税率は低くても多く徴収できる。子どもでもわかる話だ」

「だったら、貴族ってのは子ども以下なんだろうなぁ」

 変わらずロガンは皮肉気に笑っているが、ゲオーロには違う表情に見えた。

「昼間に出かけたのに、夜になっても帰ってこない。親は、もしかしたら兄貴は頭の良さを認められて、貴族に取り立てられてんじゃないかなんて気楽なこと言ってたかな。あるいはあれは、一種の逃避だったのかもしれねえが」

「・・・お兄さんは、どうなったの?」

 最悪の結末が待っていることを察しつつも、ゲオーロは尋ねた。

「翌朝、帰ってきたぜ。首から上が無くなってたけどな」

 あっけらかんとロガンは答えた。返ってきた首のない遺体は街の真ん中に磔にされ、鳥がついばんでいた。

「賢い頭が無くなっちまえば、残った体は食い荒らされるだけってわけだ。俺たちの未来を表しているみたいだったよ。それを見て思ったね。頭がよくっても、力がなければ結局何も変えられねえ。クソみたいな人生から逃げられない」

「だから、故郷を出たのか」

「ああ。そうだ。故郷を出て、金と力をつけることにした。兄貴みたいに無駄死にすることも、故郷の連中のように妬んで、嘆いて死んだように生きることもごめんだ」

 ロガンの抱えるものの一端を垣間見たゲオーロは、彼に言った。

「それなら」

「あん?」

「それならなおのこと、君は、このまま団長のもとで学ぶことをお勧めする」

「は? 俺が? 冗談だろ? 魔女だなんだと褒めそやされてるが、所詮女だ。頭は良いのかもしれねえけど、力で負ける気はしねえよ。そんな相手に学ぶことがあるとは思えねえな」

 本人も噂は嘘だと認めていた。彼女の功績はやはり、噂に尾ひれがついたものだったのだ。ならば結局はそこそこ腕が立ち頭が回るだけの、弱小傭兵団の頭なのだろうとロガンは見切りをつけていた。

 団長を小馬鹿にするような物言いに激昂するかと思いきや、反してゲオーロは笑って言った。

「論より証拠、君の目で判断すると良い。どうせ、今は金も行く先もないだろ?」

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