第336話 太公望

 ミーティングは終了し、団員たちがそれぞれの仕事に取り掛かる。私も、自分の役割を果たしに行く。

「ちょっと出てきます」

 少しの小銭と、ナトゥラを持つ。

「アカリ」

 後ろから、プラエから声がかかった。

「気を付けてね」

「ええ」

 店を出て、店員から教えてもらった道を進む。串を刺して焼くタイプの焼き魚が露店で売っていたので、二つ購入する。焼き魚を抱えて通りを抜け、坂道を上がる。

 到着したのは公園だった。きれいに整備されており、噴水が設置されている。公園からは街と、その先に広がる海が一望できた。なるほど、店員の言っていた通り一見の価値がある名所だ。ただ、今は明るいのに人気がない。

 ベンチの一つに腰を掛け、海を見ながら串を持ち、魚を齧る。裂けた身の間から良い香りと湯気が上がる。白身はもちもちで噛めば旨味が染み出し、塩味も丁度良くきいていて旨い。

「隣、よろしいか?」

 魚を味わっていると声を掛けられた。座ったまま声のした方を見上げれば、品の良い老紳士が立っていた。

「どうぞ」

「かたじけない。失礼するよ」

 二人並んで、海を見る。

「良ければ、食べます?」

 私はもう一匹の魚を老紳士に差し出した。

「よろしいのか?」

「ええ。そのために用意したので」

 少し驚いた顔をした老紳士は、にやっと笑って魚を受け取った。

「旨い」

 毒を疑う様子もなく、笑顔で老紳士も食べ始めた。しばらく、二人そろって魚を食う時間が過ぎる。

「時に異国の方。あなたは、釣りをなさったりはしますかな?」

「釣りですか?」

「ええ。釣りは良い。昔、この国に流れ着いた、これまた異国の者が言っていた。永遠に幸せになりたければ、釣りを覚えなさいとね。あれはまさに真理だと私は思っている。知人には、魚がいつ食いつくかもわからないイライラすることを何故好むのか理解に苦しむ、と呆れられているがね」

 手厳しいですね、と彼に同情しつつ、問いに答える。

「私も釣りは好きですよ。ただ、魚の中には毒を持つ種類もいるので、確実に食える奴以外は避けますが」

 さて、と指先についた塩を舐めとり、老紳士を見る。

「食いついたのは、毒魚ですかね?」

 目を丸くして、次の瞬間老紳士は大笑した。

「こちらにかかったのは、予想以上の大物のようだ」


「いつから気づいていた?」

「街に入ってから、監視されているのを団員たちの何人かが気づきました。敵意は感じない、であるなら、こちらに用がある相手。すぐに接触してこないのは、大っぴらに接触できない理由があるから。ならば、接触しやすいように仕向けようかと思いまして」

 隠れる場所の少ない公園に場所を移してみれば、人気は少なく、私が通った後の出入り口付近には人が配され、人払いをしているようだった。

「ふはっ、流石は音に聞こえし滅国の魔女。その実力疑う余地も無し、か」

 嬉しそうに老紳士が目を細めた。この人、やはり私のことを知っていた。どういう経路で知ったか気になるところだ。そう考えていると、あっさりと答えてくれた。

「私が手配書の魔女が君だと知っているのは、あの時、カリュプスに私の知り合いがいたからだ」

 あの時私の顔を見たのは、カリュプスの生き残りと、カリュプスを滅ぼした、今でいう十三国同盟の兵士たちだ。十三国同盟の一つであるテオロクルムの兵士もそこにいたのか。であるなら、彼はその関係者。年齢や身なりからしてその兵士の上官、将軍や貴族に当たるのではないかと推察する。

「それで、人払いまでして接触してきたそちらの目的は何です?」

 単刀直入に尋ねる。

「傭兵団に頼むことと言えば、一つ。依頼をお願いしたいのだ」

「依頼、ですか? それならこんな回りくどいことしなくても、普通に案内所などで出すなりすれば・・・いや」

 そう言う事か。回りくどいことをする必要があったのだ。

「お察しの通りだ。他の団員ではなく、君と直接話をしたかったからこんな手の込んだことをさせてもらった。ここは龍神教の教えから離れているとはいえ、君はあまり表に出てこないだろうからな」

「目論見通り、私を引っ張り出したわけですね。そこまでする依頼は、案内所では扱いきれないもの、ということでしょうか」

「ああ。少々訳ありの依頼になる。難易度も、おそらく高いものになるだろう」

 もちろん報酬は弾む、と老紳士は続けた。

「報酬は魅力的ですが、そんな難しい依頼、私どもではお力にはなれませんね」

 こちとら傭兵稼業を再開したら古代兵器とか王位継承のごたごたとかゾンビとか巨人とか厄介な依頼ばかりを、半強制的に受けさせられてきたんだ。ちょっとの間でいいから面倒ごとは避けたい。先の依頼でかなり稼げたから、依頼を選ぶ余裕もあるし。

「ふふ、危険察知や危機管理の能力も優れている。期待通りだな。だが、私の話を聞けば、考えが変わるかもしれんぞ」

「どういうことです?」

「私は、君たちがここに来た理由を知っている。そして、君たちが探しているものを知っている」

 どういうつもりだ。カマでもかけているのか?

「龍の書に導かれて来たのだろう」

 表情は変えない。なぜとも問わない。こちらの内情を与えるわけにはいかない。相手が信頼できるかどうか、まだわからないのだから。

「警戒心も強くて大変結構。しかし、古人も言っているだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず、と。君と同じ、ルシャの言葉だ」

 流石にこれには驚いた。私がルシャ、別の世界からの異邦人であることは、ごく限られた人間しか知らないことなのに。

「これ以上の話が聞きたいのなら、私の誘いに乗ることだ。今晩、君たちが宿泊している宿に遣いの者を送る。気が変わったらその者と一緒に来てくれ。他の団員も少数なら連れてきて構わない。今はまだ信じてもらえないかもしれないが、我々は味方、とまでは言えないが、利害は一致している。その点についても、話をしよう」

 ではこれで失礼する。と老紳士が立ち上がった。

「我々は、君が来るのを長い間待っていたんだ。この世が混沌に満ちた時、龍を従えし巫女が現れる。龍神教曰く『過ちを正す者』がね」

 何だその恥ずかしくも新しいあだ名は。やめてほしいのだけど。

「精霊信仰の地で、龍神教の話なんかして良いんですか? 異端審問官とか来たりしませんよね?」

 動揺を悟られないように、皮肉交じりの疑問を彼の背中にぶつけてみた。

「精霊信仰と龍神教、二つの教えは、元は一つの教えだったのだよ。君は、それを辿ってここに来たはずだがね」

「・・・もしかして」

 龍神教開祖ウィタが信頼し、最も優秀だった弟子。師を裏切り、地獄に落ちた者。ファナティの解釈により、私たちは地獄に類似したこの地に辿り着いた。

「そう、ここは裏切り者、モルスーが興した国だ」

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