第334話 精霊住まう地へ

「テオロクルム?」

 次の行先を決める時、ファナティが希望を挙げた地名がそれだった。正直あまり記憶にない場所だ。十三国同盟の一つだということくらいしかわからない。助けを求めるようにして、我が団の知恵袋に視線を向ける。

「精霊信仰国家テオロクルム。リムス西部に位置する自然豊かな国です」

 心得ましたと言わんばかりにティゲルは頷き、説明をしてくれた。

「その名の通り精霊を信仰する教えが国教として根付いています。テオロクルムに住まう人たちは山や海、川、空気等、ありとあらゆるものに精霊が宿っていると信じています。その影響かどうかわかりませんが、魔道具の効果を高く発揮できる方が多いと聞きます」

「それは、生まれつき魔力が高いという意味?」

 前回の事件で、生まれつき魔力の高い人間を生み出そうとする実験をしていたマッドサイエンティストがいた。魔力の高さは魔道具の威力に直結する。ひいては武力に繋がってくる。

「いや、ちょっと意味が違うのよ」

 プラエが言った。

「魔力が高いというよりも、魔道具の力の引き出し方が上手いというか」

 魔道具は、使用者の生命力を吸い取り、魔力へと変換して魔道具の機能を発揮するという一連の工程を踏んでいる。ただ変換する際、変換するという工程にも魔力を消費する。元の世界で言うところの銀行の手数料、商品を購入する時の消費税のようなものだ。

「テオロクルムの人が魔道具を用いると、他の国の人間よりも効率よく魔力に変換することができる。だから、同じ魔力量で同じ魔道具を使っても、使える回数に違いが出る」

 省エネで魔道具を使えるという事か。

「さらに一部の人間は、魔術回路を用いなくても、コアに直接魔力を流し込むことで、魔道具に似た効果を発揮することが可能なの」

 興奮気味に話すプラエには申し訳ないが、それのどこが凄いのかわからない。

「いい? 私たちが魔道具を使う際、組み込んだ魔術回路によってどういう効果を発揮するかあらかじめ決めているわけ。組み込む回路は少なければ色んな道具に組み込みやすいけど効果は少なくなるし、多くの効果を得ようとすれば組み込む回路は当然増えて複雑化するから、持ち運びできないくらい大きくなる」

 けれど彼らは違う、とプラエは続けた。

「彼らの頭と体が魔術回路の代わりをする。コア一つで、様々な効果を発揮することができるの」

 ようやくプラエが言う彼らの凄さがわかってきた。コアだけでいろんな使い方が出来るなら、一人一人の軽量化が可能になって身軽になり行動範囲が変わる。戦術の幅もかなり広がるし、魔道具開発の苦労が減る。

「彼らのことを、魔術師と区別して魔法使いと呼んでいるわ。ただ、その数は少なく、テオロクルム王家や一部の貴族の血筋からしか生まれないみたい。ごく稀に平民からも誕生するらしいけどね」

 テオロクルムのことが少しわかった。では、なぜファナティがここを選んだか、という話に戻る。

「これを見てくれ」

 ファナティが自分のメモ用紙と、スマートフォンの画面を表示させながら言った。全員でそれを覗き込む。

「龍の書、第十二章だ。ここでは、ウィタの弟子たちについて書かれている。ウィタは自分の弟子たちにもマキーナのような神の御使いについて教えている記述がある」

 ウィタには、モルスーという弟子がいた。優秀で、ウィタからの信頼も厚かった。だが、モルスーの記述は驚くほど少ない。

「モルスーは、師であるウィタを裏切ったのだ。金に釣られて寝返った。後にモルスーは神の怒りに触れ、同じく裏切った御使いと共に地獄へ落とされたとされている」

「地獄とは穏やかじゃないわね」

「神の怒りに触れたら大体が生きたまま地獄行きだ。永遠の責め苦を味わうことになる。が、私は別の解釈をした。確か、この辺りにある表記だ」

 ファナティがその部分を解読したところ、以下のような内容だった。


 その地は山が燃え、川は赤く染まっている。僅かばかり生えている植物の枝葉は針のように尖り、触れる度に体を抉る。モルスーの目からは涙が絶えず流れ、呼吸するだけで胸が焼け、喉が痛む。


「普通の人間は、これを地獄の光景とモルスーの後悔が描かれていると取る。しかしだ。この場所に類似した土地が存在する」

「それが、テオロクルムなの?」

「そうだ。テオロクルムの者たちが霊山と呼ぶヤハタ山は、かつて噴火したという記録が口伝として残っている。また、針のような葉っぱの植物『マツ』が多く見られ、テオロクルムでは祭りの際、その枝葉を白い紙で包み、精霊に奉納する風習がある」

「針葉樹と呼ばれる種類ですねぇ~」

 ティゲルが相槌を打った。

「温帯地域から寒帯地域まで、過酷な環境でも力強く成長する植物です~」

「そうだ。おそらくは噴火によって環境が著しく変わっても生き残ったのだろう。加えて、ウィタがいた時代のリムスは、西部地域は未開の土地で、険峻なヤハタ山とそれに連なる山脈が壁のようにそびえていた。人々は山の向こう側を人のいない地、死後の世界と捉えていた節がある」

「つまり、裏切りに失敗しウィタたちに追われたモルスーは、マキーナみたいな御使いを使って、山を越えて逃走した?」

 その通り、とファナティは膝を打った。

「私が現在解読できた範囲で、御使いに関わりそうな記述はこれだけだ。貴様らも御使い、いや、それらをはじめとした古代文明を追っているのだろう? であるなら、テオロクルムを調べるのは一つの手だと進言する」

 後、私がテオロクルムを推す理由がもう一つある。そうファナティは言った。

「私以外の誰かが、私と同じ解釈をして御使いやテオロクルムを調べている形跡があった」

「司祭の時のように、誰かが御使いを探している、ということ?」

「そうなるな。私一人が解釈したなら、まあ、解釈にほぼ間違いはないのだが、万に一つ、誤りはもしかしたらあるかもしれない。が、他に同様の解釈をして、私たちよりも先んじて調べている人間がいるなら話は変わる。それも場所はテオロクルムだ。龍神教が布教されるはずのない場所を龍神教の関係者が調べているのだ。気にならないか?」

 よく言う、とプラエが呆れている。ファナティは先のマキーナの件で独自解釈を行い、重要な注意点を省いていた。そのせいで私たちは酷い目に遭っている。間違いはないなどとどの口が言うのか、という気分だ。

 だが、彼の言う事にも一理ある。プラエとティゲルに龍の書の内容を更に精査してもらうにしても、テオロクルムに向かうのは悪くない。

「わかりました。では、我々の次の目的地は、テオロクルムとします。各自、準備をお願いします」

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