第333話 昔取った杵柄

「お見事」

 決闘から戻ってきたムトに声をかける。

 おそらくは必殺の回し蹴りを放ったロガンだったが、それを躱され、挙句背後を取られたことでかなりの焦りが生じたはずだ。振り返りざまにムトに放った右の拳は、相手をけん制することも、倒すにも至らない、ただ手を出しただけの中途半端なものになった。そうさせたのもムトの駆け引き、誘導によるものだろうが。

 ロガンの拳をすれすれで躱したのはパフォーマンスじゃない。奴の腕によってムトの左フックが命中するまで隠され、死角からの一撃となった。意識外からの一撃は更に威力を発揮する。ロガンからすれば何が起きたかわからなかっただろう。

 人間、どれほど体を鍛えようと防ぎきれない急所がある。顎もその一つ。顎を殴られると、首を中心にして頭が揺さぶられる。そのせいで脳震盪を起こしてしまうのだ。

「自分よりも大きな相手をこうも簡単に倒してしまうなんて、流石ね」

 ムトが負けることはないと思っていたが、これほど相手を圧倒するとは想定外だった。

「大したことありません」

 誇るでも謙遜でもなく、本気でそう思っていそうな口調だった。

「自分の方が力も体格も有利だ、その条件だけで勝ちを確信してしまい、それ以上考えなかった。僕の経験や戦い方を考えもしなかった。それが奴の敗因です」

 そう言ってしまえるところが、ムトとロガンとの力の差だと彼は気づいているのだろうか。ドラゴンに剣を折られ、泣きべそをかいていた少年が、ずいぶん成長したものだ。思わず顔がほころぶ。

「ふふ、確かにね。あなたがこれまで相手にしてきた巨大な化け物と比べたら、体が大きなだけの、ただの人間なんか相手にもならなかったか。立派になったわね」

 彼の成長を嬉しく思いそう褒めると、少し照れ臭くなったか彼は顔を背けて、急に話を変えた。

「それで、あいつどうします?」

 ムトが伸びたまま動かないロガンを指さす。そうねえ、と顎に手を当てて思案する。

「あのまま放置したら店の邪魔でしょうし、それに、彼の『証言』はこれから使えるかもしれない」

「証言? 気絶させなかった方が良かったですかね?」

 取り押さえることも可能だったという自信が表れる。

「ううん。そこは大丈夫。いるだけで無言の圧力になるから。多分、もうすぐジュールさんが連れてきてくれると思うのだけど」

 店の出入り口付近を見渡す。ちょうどその時店のドアが開き、噂の相手が現れた。ムトも気づき「あの人は」と呟いている。

「ごめん、ムト君。ゲオーロ君たちと協力して、賞金稼ぎ君を二階に運んできてもらえる?」

「わかりました」

 ムトがゲオーロを連れてロガンを介抱しに行くのを見届ける。

「さてと」

 立ち上がり、こちらに近づいてくる二人組を笑顔で出迎えた。

 一人は先ほど話にでたジュール。そしてもう一人は、ジュールが肩に手を回して、傍目から見れば仲良く肩を組んでいるように見える。

 実際は、逃がさないためだ。

「お久しぶりです。ファナティ司祭」

 声をかけると、気まずそうに彼は目をそらした。

「う、うむ。そちらも健勝そうで何よりだ」

「さあ、早速お話を伺いましょうか」

「え?」

「直接話をするために私たちをここに呼んだんですよね?」

「おお、そうだ。その通り。貴様に頼まれた仕事をこなしてきたぞ」

「ぜひ聞きたいです。長旅お疲れでした。ご飯でも食べながら、話を聞かせてください」

 二階に連れていき、ファナティを食卓の真ん中に座らせる。彼が座ったのを見計らって、私はロガンを担いだムトたちに目配せし、ファナティの視界に入るようロガンを床に座らせた。あからさまに、ファナティは気を失っているロガンから顔を背けている。

「どうしました?」

「いや、何でもない。ああ、そうだ、借りていた物をお返しする」

 ファナティが懐から取り出したのは一台のスマートフォンだ。もともとは私と同じくリムスに転移させられた同級生だった人間の物だが、持ち主が死んだために私がもらい受け、有効活用している。

「言われた通り、龍の書の中身をそれで撮影してきた。大変だったんだぞ。他の者に見つからないよう、慎重に事を運ぶ必要があったからな」

「それはそれは、お疲れさまでした。しかし、破門されたのによく入れましたね」

「送り込んだ張本人が言うでないわ。表向きはまだ破門されたわけではない。あの御使い『マキーナ』が振り撒いた破壊の限りは、無かったことになっておるからな」

 先の事件で、ファナティたちが信仰する龍神教曰く、神が遣わした御使い『マキーナ』と戦った。おそらくは超古代文明が作り上げた殺戮マシーンを探し当てるまでがファナティの仕事で、発見後に彼はそこで危険分子として秘密裏に殺されるはずだった。死んだ後は、適当な理由で殉職か破門か、そういう扱いになる予定だった。

 だが、彼を殺すはずの使者はマキーナに殺され、マキーナは致命傷を与えたら街を巻き込み跡形もなく爆発した。マキーナもなく、ファナティも生きていれば、彼の破門命令はなかったことになる。無理に破門したはずだなどと騒ぎ立てれば、なぜ破門にしたのかという疑問が現れ、その裏にあるマキーナ捜索命令に繋がり、ひいては一つの街が消えた原因が浮かび上がってくるからだ。

 龍神教側としてもそれは避けたいだろう。だから、彼の破門の話はなかったことになると踏んだのだが、予想通りでよかった。

 とりあえず、スマートフォンで撮影してもらった内容は解読班であるティゲルたちに回すとして、その前に一つ問題を片付けなくては。

「さて、ファナティ司祭。司祭の冒険譚を伺う前に、私からも一つ話を聞いてもいいでしょうか」

 ずい、と体を前のめりにしてファナティに圧力をかける。

「なんだ」

「単刀直入にお尋ねします。そこで気を失っている彼、賞金稼ぎのロガンというのですが、彼と面識がありますね?」

「・・・知らん。会ったこともない」

 彼の返答を聞いた瞬間、私は笑みを消し、アレーナを彼の首に巻き付け、机に叩きつけた。机が壊れないよう多少加減はしたが、顔をぶつけたファナティは鼻から血を流している。

「き、貴様、何をす」

 涙目で見上げ、抗議するファナティを冷たく見下ろす。

「いいですか、司祭。あなたが勘違いしていたように、ありえない手配書のおかげで多くの人間は私とお尋ね者の魔女を結びつけられていない。が、そこの賞金稼ぎは私を魔女だと断定していた。私のことを魔女と知っている人間は三種類。昔から知っている人間か、カリュプスが滅びるところに居合わせた人間か、私が教えた人間か。ロガンは一番目の理由はあり得ないし、態度から類推するに二番目でもない。復讐者なら悠長に話をするわけがない。あなたから聞いたとしか考えられないの」

 絶句するファナティに、私は自分の考えをぶつける。

「なぜあなたがそんなことをしたのか考えてみたわ。まあ、あなたは私たちに脅されているようなものだから、脅している張本人を何とかしたいと常々考えていたはず。だけど教会関係者は頼れない。前にも話した通り、異端審問官が出てくれば、自分にまで罪が波及しかねないから。では頼るとすれば、私たちのような金で雇う傭兵。しかし問題は、確実に全滅させられるだけの傭兵団を雇うにはかなりの金を積まなければならないこと。中途半端になれば誰かが生き延び、自分に復讐に来るかもしれないから。そこで目を付けたのは、自分の力を過信した若い賞金稼ぎ。少しおだてれば、名を上げたい野心溢れる若者は簡単に食いついた」

 良い手だと褒める。

「あなたはおそらく、成功する確率は低いとも考えていた。なぜなら相手は悪名高き魔女だ。でも使いっ走りにされた屈辱もあり一矢報いたいという気持ちもあった。その葛藤が、この嫌がらせよ。ちょっと私が困れば儲けものくらいの気持ちだったのかな。それにもしかしたら、賞金稼ぎが成功しなくても、この騒ぎで私の正体に他の傭兵が気づくかもしれない。ここは多くの傭兵が集う国でもあるからね。自分が金を払わなくても、コンヒュムに連れて行けば莫大な報奨金が手に入る」

「だからルシャナフダを指定したのか」

 納得したようにジュールがポンと手を叩いた。

 もしかしたらにもしかしたらが重なるような、偶然を少し期待していたのだろう。またこの作戦にはもう一つの側面がある。

「もし失敗し、自分の関与がバレたとしても、その時は被害があまり出てない可能性が高いから、謝れば簡単に許してくれるかも、なんて、考えてないわよね?」

 ファナティの目が恐ろしい速さで泳いでいる。考えていたのか、と周りを囲む団員たちの冷ややかな目が語っている。

「いや、それは甘いよ司祭さん」

 同情するようにジュールがファナティの肩を叩いた。

「俺、元々は団長たちの敵だったんだけど、ほんと敵に対して容赦ないから。仲間は全員殺されたし、俺が生き残れたのは、俺から情報を聞き出すためっていう理由があったからだ。それでも足に穴開けられて死にかけたからね。悪いことは言わない。下手なことせず、協力的になった方が身のためよ?」

「私も同意見です」

 ボブがジュールの話に相槌を打った。

「私は脅され、自分の店に火を放たれました。本当に、この人は自分たちを守るためならどんな非情な手段でも平然と使います。裏切られたら、何年かかっても追い詰める執念深さがあり、その執念がついには大国を滅ぼす結果へとつながっています。一度協力すると決めたのなら、腹をくくった方が安全です」

 経験者たちが心理的な追い打ちをかけていく。

 青ざめ、ぶるぶると震えるファナティが私たちを見上げた。自分がどういう状況か、理解してくれたようだ。

「龍の書の内容は手に入った。解読できる人間もうちにいる。裏切るというなら、私たちの安全のためにも、死んでもらうしかないわよね?」

「心機一転誠心誠意全身全霊でアスカロンに協力させていただく所存なので命だけは勘弁してください!」

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