第332話 酒場興行

「凄腕の賞金稼ぎが、私に何の用?」

 尋ねながら、考えを巡らせる。

 私がお尋ね者なのは事実。だが、お尋ね者の私の特徴は顔に十文字の傷があったり火を吹いたり髪の毛が逆立ってたり身の丈三メートルあったりする。驚きなのが、その人物像がそのまま世の中に受け入れられていることだ。少々複雑だが、おかげでお尋ね者なのにそれほどびくびくしなくてすんでいる。

 そんな中、魔女と私をイコールで結び付けられる人間は三通り。

 アスカロン団員たちのように昔からの知り合いたち。

 私が国を滅ぼすところを見ていた復讐者たち。

 そして、私がお尋ね者だという種明かしをした者たちだ。

「賞金稼ぎが賞金首に用と言ったら、一つだろうよ」

 背中の槍を手に取り、切っ先をこちらに向けた。

 団員たちがロガンに剣やら銃やらを四方から突き付けた。おかげで彼は決め台詞も言えず、冷や汗を流しながら自分に突き付けられた剣を泳ぐ目で数えている。

「皆、大丈夫だから。収めてあげて。ほら、流石にこんな場所で、武器を振り回すほど無謀でも野蛮でもない、でしょう?」

「と、当然だ」

「で、賞金稼ぎだから、賞金首を倒しに来たわけだ。見ての通り、私は多くの団員に守られているわけだけど。一体どうやって、私の首を取るつもりだったの?」

「簡単なことだ。山に潜む獣を倒すのは至難の業。であるなら、山から引き離せばいい」

 孫子の調虎離山みたいな兵法が、リムスにも存在するようだ。ただの馬鹿ではないらしい。話の続きを促す。自信満々に、ロガンが言った。

「滅国の魔女。お前に決闘を申し込む」

 ただの馬鹿でないのは、間違いなさそうだ。

 多数の敵がいる中で、敵のリーダーを潰すのは理に適っている。また、多数から襲われる不利を無くし、一対一に引きずり込むのも理解できる。相手の有利性を失わせ、こちらの得意なフィールドに持ち込む、まさに調虎離山、策略で虎を山から引き離すわけだ。

 けど、それは虎に悟られないようにするべきだと、私は思う。

「お断りします」

 自信満々のロガンに向かって告げて彼から顔を背け、ジュールに頼みごとをする。

「ちょ、おい、決闘を断るってどういうことだよ! 決闘だぞ?! 普通断らないだろう!」

「あなたの中で決闘がどういう位置づけなのか知らないけれど、私があなたと戦う義理はないはずよ?」

「ビビッてんのか? 俺に負けるのが怖いんだろう! はん、この調子じゃ、お前の噂なんざどこまで本当かわからないな!」

「私に関する噂は、大体嘘よ? 信じる方がどうかしてる」

「こっ・・・、く、悔しくねえのか? あ? 傭兵団の団長が、たった一人に好き勝手言われてよお! メンツとか、プライドとかねえのか?! 悔しけりゃ俺と」

「あ、すいません。飲み物のおかわり頂ける? 皆は?」

 店員を呼び止めて注文する。もう少ししたら、結果も出るだろう。それまで飲んで待つとする。

「良いのか?! 俺との決闘にビビッて逃げ出したって言いふらすぞ! その話が広まったら、傭兵団として致命的だろう!」

「どうぞご自由に。話が終わったのなら、帰りなさい。今なら酒の席の笑い話で済ませてあげるから」

 女性店員が皆の分の飲み物を持ってきた。トレイの上の酒を零さないように慎重に、ロガンの横を通り抜けようとする。

「馬鹿にしてんのか!」

 怒りで震えるロガンが腕を振り回した。不幸にも彼の腕が店員に当たる。体勢を崩した店員の手からトレイが離れ、彼女は階段の方へよろけてしまう。

 スローモーションで店員の体が後ろ向きに倒れていく。体はほぼ地面と平行になり、彼女の指先が何かを掴もうと天井へ延びる。

 空を切った手が掴まれた。

 いち早く反応したムトだった。力強く引っ張られた店員を抱きかかえる。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

 ムトの胸の中で、店員は少し顔を赤らめて応えた。階段から落ちるのを免れた彼女は、代わりに恋に落ちたようだ。良かった、とムトは彼女を優しく立たせる。

 ちなみに、宙に舞ったトレイと酒類はしっかりとキャッチし、すでに全員に行き渡っている。

「迷惑をおかけして申し訳ない」

 いえ、そんな、とぶんぶん手を振る店員から、ムトはロガンに視線を向けた。

「お前も謝ったらどうだ」

「う、ううううるせえ! すかしてんじゃねえぞ!」

 はあ、とため息をついたムトは、私の方を見て言った。

「良いですか?」

 何が良いかは、わかっている。しかも彼の言い方は『良いですか』と言いつつ、ほぼ『良いですね』だ。しかし、お尋ね者としてできれば騒ぎは・・・。

「やっておしまい」

 赤ら顔のプラエが許可を出した。何で?

「ちょっと、プラエさん」

「このままじゃ落ち着いて酒も飲めない。黙らせた方が良いわ」

 かくして、酒場の一階で臨時マッチが開催される運びとなった。二日酔いでもないのに、私は頭を抱えた。



「さっきみたいな卑怯な手はもう喰らわねえぞ」

 肩をぐりぐり回しながらロガンが吠える。対するムトはじっと相手を見つめていた。

「怖くて声も出ねえのか。仲間に囲まれてなきゃ何もできねぇ腰抜け野郎が」

「なら、お前は何ができるというんだ」

 静かに、どこか少し憐れむような声でムトは尋ねた。

「たった一人で、己の腕っぷしと槍一本で、何ができる」

「才能のない凡人の常とう句だな」

 ロガンが嘲笑う。

「凡人どもは群れて固まって、強い奴の顔色見ながらびくびく生きていくしかできない。そのくせ口を開けば誰それに対する不満やら妬み嫉みだ。自分が何かをするわけではないのに、この世は何も変わらないと一丁前に嘆く。そして、自分たちとは違う者にたいして異常なまでに冷酷になれる。後ろ指をさし、爪弾きにし、自分たちの方が優れている、間違っていないと安堵する」

 俺は、そうはならない。ロガンが槍を床に突き立てた。

「俺は、俺が間違っていない事を証明する。誰の力を借りなくても、俺は何でもできる。どこまでだって行ける」

「そうか」

 ムトは一つ息を吐き、右足を一歩引いて構えた。

「来い」

 雄叫びが周囲の声をかき消す。床板を割らんばかりの踏み込みでロガンがムトに肉薄し、拳を繰り出す。顔面を狙い振り下ろされた右を、ムトはステップで避け、ロガンを中心にして円を描くように動き背後に回る。

 読んでいたか、ロガンが振り返りざま背後に向かって蹴りを繰り出した。バックステップでムトは避ける。

「逃げまわるのは上手いじゃねえか」

「そりゃどうも」

「だが、逃げてちゃ勝てねえぞ!」

 再びロガンが前に出る。同時、ムトも前に出た。間合いは一瞬で詰まる。

 右の残像が頭から離れないだろう?

 ロガンの読み通り、敵の視線は己が右腕に向いていた。お望み通り、右腕を振りかぶる。予想通り、敵は反応した。そのまま右を振るう、が、力を入れていない見せかけの右。先ほどと同じようにムトはステップで避けた。ロガンの後ろを通って背後を取るように動く。

 そっちに逃げ場所はねえ!

 放った右に引きずられるようにロガンは体を回転させる。本命は後からやってくる左足。遠心力を乗せた回し蹴りだ。まともに食らえば十日は飯の食えない体になる。下手に防いでも防いだ手足の骨が折れる。大口を叩くだけの実力がロガンには確かにあった。

 しかし。その必殺の蹴りは空振りに終わる。

 驚愕に目を見開くロガン。

「どこを向いている」

 その背後から声がかかる。彼には信じられないことだが、当たったと思った一撃を躱し、ムトは背後に回り込んでいたようだ。

「野郎、ちょこまかと!」

 振り返ると、想像以上の至近距離にムトはいた。背後を取ることもできただろうに、律儀に待っていた。

「舐めやがって!」

 ロガンが怒りに任せ殴りかかる。

 ムトの目が細く鋭く狭められた。

 ロガンの拳はムトの顔すれすれを通過する。瞬間、ロガンの視界がカクンと九十度回転する。

「・・・お?」

 何が起こったかわからない。その理解が終わる前に、目の前のムトがロガンに背を向けて離れていく。

「てめえ、どこへ」

 肩を掴んで振り向かせようとしたが、腕が動かない。力が上手く入らないのだ。足にも力が入らなくなって、膝をついた。ゆっくりと視界が低くなって、ついには床と同じ高さになる。自分を囲む酔っ払いたちが、心配そうに見下ろしていた。

 てめえらみてえなのが、この俺を見下ろすんじゃねえ。

 思うものの、もはや声すら出ず。ロガンはそのまま意識を失った。

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