第324話 祝福をきみに
「今よ!」
アルガリタが叫び、自らも巨人に向かって駆ける。
『が、この、程度で』
黒煙をあげながら巨人がガクガクと震える。
『な、何故動かん!』
わかりやすいほどに巨人が動揺した。巨人の震える指先の一部、ゾンビが数体乖離した。ボロボロと壊死したように本体から剥がれ落ちていく。
『くそ、そう言う事か!』
「はん、察しが良いじゃない。私ほどじゃないけど、優秀な魔術師だっただけのことはある」
戦場から離れた高台で、望遠鏡をのぞきながらプラエが獰猛に笑う。
エレテの脳が発する信号を、ピウディスが入った球体が魔力と共に増大して全身に送り届けている。それを遅滞なく潤滑にしているのがパラシーだ。その信号は微弱な電気である。
ならば、別の電気を体内に送り込むことで、巨人を構成している電気信号を阻害することができるのではないかとプラエは考えた。
「やっぱり腐っても魔術師、技術者ね。頭では力づくでカテナの鎖を引きちぎれるとわかっていても、成功した『前例』を踏襲した。体を通過させて鎖から逃れようとした。その方が確実だから。けど、それこそが私たちの狙い。より確実に体内に電流を流すための罠よ」
負傷者を引きつれたイーナたちとジュールがプラエたちと合流したのはほんの少し前。その間に、プラエは必要な道具と作戦を準備していた。
イーナたちに残ったわずかなカテナと電撃を流すトニトルスを持たせて、ムトに合流させる。そして再び左右に分かれ、チャンスをうかがう。
「あんたが、この作戦の要よ」
そう言ってプラエがジュールに手渡したのは、ジュールの身長を超える程の長い銃だった。全体の四分の三が銃身でできており、その銃身は円筒状ではなく、代わりに四本の細長い棒が上下左右に設置されていた。真正面から見れば、四角形の頂点に棒がある形だ。
「何だこりゃ。銃、なのか?」
ジュールが戸惑うのも無理はなかった。自分が持っているものと明らかに形状が違う。
「通常の銃弾では届かない、遠距離から狙うための銃よ。ルシャの知識をアカリから、素材に最適な知識をティゲルから得て、私とゲオーロで作成した。詳しい説明は省くけど、これならあの巨人の防壁をぶち抜くことができる」
「そりゃすげえ、で、どうして協力してくれた二人が後ろでへばってるんだ?」
ジュールが指さした方向では、ティゲルとゲオーロがぐったりしていた。
「この銃の大きな欠点は、莫大な魔力を必要とするという事。銃身を見て」
プラエが指さす。左右についた棒が、バチバチと光を放っている。
「左右の棒には高い電流が流れている。この電流を保つために二人分の魔力が必要だった。二人は尊い犠牲よ」
まだ死んでませ~ん、と弱々しい返事があった。
「で、棒の付け根に、特製の弾丸が設置されている。あんたが引き金を引くと、付け根の弾丸まで電流が流れ、弾丸は放たれるわけよ」
「なるほど」
「狙うのは、巨人のこの部分」
プラエは自分の胸の真ん中を指さした。
「巨人のこの胸の部分に、村で最初にあった女ゾンビの顔がある。この直線状に王子が入った球体の中心があるから、そこから七十九センチ上を狙って」
「細かいな!?」
「それより中心に近いと王子が一緒に吹っ飛ぶ。外側だと意味がない。外せば、第二射を撃つまでかなりの時間を要する。それまでアカリたちがもたない」
「この距離で一発勝負で、センチ単位で狙えってのか。団長の方が得意分野だろ、こういうのは」
「アカリには、その後に暴れる巨人から王子を引っ張り出す作業があるけど、どっちが良い?」
「くそ、最悪の二択だな・・・」
愚痴りつつ、ジュールが寝そべって銃を手で包むように握る。
「大丈夫、あんたならやれる」
プラエがバンと彼の背中を叩いた。
「動く獲物を狙うのは、確かにアカリや猟師のテーバの方が上手い。けれど、静止物を狙う訓練の時は、あんたの方が上手かった。自信を持て」
「自信持てったってなあ」
人生初めての長距離射撃だ。彼女たちの技術は信頼している。自分も、それなりの経験を積んできたつもりだ。しかし、流石に初めて行う長距離射撃に加えて、ミスが許されないときた。
「足りないんだよなぁ」
ジュールの中には成功に至るまでのメモリがある。そのメモリが満たされればなんとなくできる気がするし、満たなければちょっと遠慮したい、そういう判断基準になる成功率メモリだ。これもまた自分の経験則が元になっているから、無視できない。
プラエたちの技術足すことの自分の経験と技量、引くことの初めて使う武器と初めて狙う距離に一発必中。
自分の体力と精神力のコンディションを加味して、メモリは六割、良くて七割までしか満たされていない。後三割、何か確率を上げるための要因が欲しい。命中率が上がるとか、当てなきゃいけない範囲が広くなるとか、体力が回復するとか。後は運だ。結局のところ、成否も生死も分かつのは運の要素が大きい。
「せめて、幸運の女神の祝福でもありゃあな」
備え付けのスコープを覗き込んでいたジュールの顔を、肉刺だらけの硬い手のひらが挟み込んだ。ぐいと意図せぬ方向に曲げられた首に驚くジュール。その唇に、唇が触れる。ひゃあ、とゲオーロとティゲルの素っ頓狂な声が聞こえた。
感触はすぐに消えた。代わりに、目の前にプラエの顔がある。
「これで足りる?」
「ああ。充分だ」
メモリは二百パーセントを突破した。呼応するようにジュールの魔力が銃へと流れ込み、銃床から固定のための杭が四本地面に突き刺さる。
「成功以外のイメージができなくて、つらいぜ」
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