第323話 愛した者と憎んだモノ
「準備ってまだです?!」
サルースが飛んできた大木をリンボーで躱しながら怒鳴る。
「まだ連絡は来てない!」
横から迫る腕に掴まれないよう、アレーナを駆使して宙に逃げる。着地したのは奴の伸びきった腕だ。ゾンビの体を踏みながら、巨人の体を駆けのぼる。
『無礼な!』
巨人の背中から更に腕が二本生えた。
「はぁっ?!」
いくら何でも無茶苦茶すぎるだろうが!
まずい傾向だ。巨人という認識でいたから二足歩行の両手両足でいるのが当たり前だとエレテは無意識に考えていた。人間というカテゴリにはめ込んでいたともいえる。だから巨人も人の形を取っていた。
しかし、四つん這いになり、その体勢の方が私たちを仕留めるにも、バランスを取るにも適しているとエレテは認識した。生物の進化と同じで、適している方へと巨人の体が変形したのだ。好きなように体を変形できると認識してしまえば、腕は二本でなければならないという人間という型にはめ込まれたカテゴリから簡単にはみ出せてしまう。ゾンビの複数の頭を並列で機能させているくらいだから、時間の問題だとは思っていたが、もう少し先であってほしかった。
『私を足蹴にするなど、許さん、許さんぞ貴様ぁ!』
「許されようとは思わないわよ!」
巨人は体をよじり、かつ腕がバン、バンと私に向かって手のひらを振り下ろしてくる。人の事を虫か何かのように扱いやがって。こっちこそお前を許さない。
『もらった!』
四本の手が、宙に浮いた私を前後左右から叩き潰さんと迫る。このままではプチッと潰されてしまう。
「手を伸ばせ!」
下でサルースが叫んだ。見下ろし、彼の方へとアレーナを伸ばす。アレーナの伸びる軌道を予測していたのか、向こうからも縄の様な物がアレーナに延びて絡めとる。ぐいと引っ張られる。落下速度が加速し、四枚の手の壁をあわやというところですり抜ける。頭上で手同士がぶつかり合い、派手な拍手を打った。
「ありがとう、助かったわ」
「ゾンビに囲まれたときの借りは、これで返せましたかね」
礼もそこそこに、巨人を見上げた。
「そろそろ、きついんですけど」
「言われなくても百も承知よ」
二人並んでゼイゼイと荒く、息をする。もっと酸素が欲しい。体が酸素を持って来いと叫んでいる。
『そろそろ、貴様らとの追いかけっこも飽いてきた』
ずん、と巨人が目の前に立ちふさがった。私の左右後方に奴の長い手が伸びていて、いつでも挟み潰す事が出来る。万事休すだ。
『これで終わりだ』
何とか突破口を見出そうと辺りを見渡していると、突如、巨人の上を何かが飛んでいった。長い尾を引いて飛んで行ったそれは、カテナか?
最初の一本の後を追うように、二本目、三本目と順に飛ぶ。時折交差するようにして二本、三本と飛んで行く。合計六本が、巨人を絡めとった。
『本当に、傭兵とは頭が悪いのだな』
エレテが呆れ混じりに言った。
『そんな物に効果がないのはさっきも見たのだろうに。学習しない奴らだ』
張られた鎖がずぶずぶと巨人の体に沈んでいく。たった六本では身動きを封じれないことはエレテもわかっているだろうに、私たちの無駄な努力をあざ笑うかのように先ほどと同じ方法で鎖を解いていく。これではさっきの二の舞だ。いや、チャンスか。鎖が沈んでいる間は防壁が張られていないはず。接近しようとして。
『そう考えるのもお見通しだ!』
ついに頭から腕が伸びてきた。アレーナを盾状に展開しながら横に飛ぶ。何とか弾いて逸らすが、距離はさらに広がった。くそ、打つ手なしか。
「いいえ、学習はしたわよ」
巨人の声に誰かが応えた。私でもない。サルースでもない。
『王妃!』
エレテの言う通り、応えたのはアルガリタだった。彼女の姿を認めたエレテがいやらしく嗤う。
『どうしたね王妃。逃げるのに疲れたかね。良いでしょう。私の一部にして差し上げよう。そして、共に私たちを使い捨てた、憎きプルウィクスに復讐しようではありませんか!』
「復讐? 使い捨て? 何を勘違いしてらっしゃるのかしら。私はプルウィクスを憎んでなどおりません」
『憎んでない、だと? これは異なことを。嫁いだ頃より敵国のスパイだなんだと敵視され、連合が出来れば用無しとばかりに命を狙ってあなたを切り捨てた、そんな奴らを憎んでないと申すのか!?』
「そんなその他大勢のくだらない感情など、私の心を傷つけるどころか届きもしないし夜風ほども体に障らないわ。命を狙われはしたものの、それは私も狙ったからおあいこだし、何よりまだ生きているもの。それに、私の愛した人が愛した国よ。憎むことなど万に一つもありはしない。己が私欲に走り罪を犯し、その罪を贖うどころか自覚すらせず逃げ出して逆恨みを募らせた貴様と一緒にしないで頂戴」
『・・・そうか、そうくるか王妃。黙って素直に受け入れれば、ピウディスを成長させた礼として、私がプルウィクスを滅ぼしてから新たに築く国に王妃として招き入れてやろうと思ったが、気が変わった。巨人の一部にもしてやらん。薄暗い樹海の中で腐って朽ちろ。この薄汚い売女が』
「こっちだって貴様の国の王妃など死んでも御免よ。それに、プルウィクスは滅びないわ。あの人の意思が受け継がれている限りね」
アルガリタがこちらをちらと見て、声を発さず口を動かした。
く る わ
何が来るかなど、わかりきっている。向こうの準備が整ったのだ。それに備える。
『王妃ぃいいいいいいい!』
激高した巨人が体を跳ね起こした。何本もの腕を重ねて、体重も乗せて振り下ろす気だ。巨人が力を溜め、放たれる、その直前。
六本の細い雷が、巨人に流れ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます