第322話 矛盾を力づくでねじ伏せるために
後ろに飛び退りながら閃光手榴弾を巨人の面前に投げつける。たとえ効果は薄くても、少しでも時間を稼ぐ。この近距離で、もちろん私たちではなく巨人にとって手の届く範囲の距離のことだが、暴れられたら回避できない。
『何度も同じ手を喰うと思うな!』
巨大な手のひらが上から降ってきた。蚊でも叩き潰すかのように、閃光手榴弾が巨大な手の下敷きになった。微かに開いた隙間から光が漏れて、それだけだ。
もう片方の腕が横薙ぎに振るわれる。出雲大社のしめ縄もかくやの太さの鞭が、しなって暴風を巻き起こす。巻き添えを食った木々が折れ、千切れて悲鳴を上げる。地に伏せ、五体投地の体勢でやり過ごし、通り過ぎたらすぐに跳ね起きる。のんびり寝転んでいる暇はない。
「イーナ、皆、無事?!」
近くにいたはずの彼女たちに声をかける。首を巡らせて安否を確認する余裕がない。返事がなければやられたと判断、するしかない。彼女たちはカテナを引いていたから、私よりも後ろ、巨人から離れていた。だから躱しているはず。そう切に願う。
「何とか!」
イーナから返事があった。
「しかし、数名が弾き飛ばされて負傷! うち一人は意識を失っています!」
歯を強く噛み込む。ぎりと頭の奥で音が鳴る。命に別状がないかまでの確認する時間はない。
「負傷者を連れて引いて!」
「了解! 団長は!?」
「奴の注意を引き付ける!」
「引き付けて、そこからどうするんです?」
隣で、同時に体勢を立て直したサルースが問う。
「鎖で縛ることもできない、巨人を構成するゾンビ一匹一匹潰してもらちが明かない。その間にこっちが体力切れのじり貧です。わかってるとは思いますが」
「なら、今聞かないで!」
倒す方法はある。巨人が胸を開いた時、球体から胴体にかけて何本もの管がつながっていた。あの管が全身に魔力を流し込む為の仕掛けだろう。大本さえ破壊してしまえば、ゾンビの集合体を自由に操ることができなくなり、燃料切れで動けなくなるはずだ。
だがそのためには相手の動きを封じ、かつ胸部のゾンビ装甲を剥がさなければならない。巨人はその身に魔力を流すことで表面に膜を張ってコーティングする。拳に魔力を流して攻撃に活用すれば。
「また来ますよ!」
サルースが叫んだ。魔力が流され、コーティングされた巨人の拳が光り輝く。
『潰れてしまえぇええええええ!』
隕石が落下した。そう見紛うほどの一撃が大地を抉る。爆心地から離れていても、衝撃の余波が体を飛ばす。咄嗟にアレーナを伸ばして近くの木にしがみつく。巨人の拳の周りは新たなクレーターが生まれていた。
『こそこそと、逃げ足だけは早いなぁ』
ぐりんと巨人の穴のような目と、奴を形成するいくつものゾンビの目が私を見た。怖気が走る。数百の生気のない瞳に一斉に睨まれたら、トライポフォビア、小さな穴の集合体を見たら気味わるく感じる恐怖症の人でなくても、気分を害するのではないだろうか。
カンッと巨人の頭で小さな火花が散った。その後も断続的に巨人の体から音と火花が散る。
「全然効きゃしねえな!」
遠くでジュールが愚痴っている。彼らが銃で狙撃しているのだろうが、人やゾンビを貫いていたはずの銃弾が、きれいな花火を咲かせるだけになっている。魔力を防御に回せば、銃弾も矢もはじき返してしまう。かといって、カテナのように鎖で身動きを封じようとしても、今度はゾンビ同士の結合を解除して拘束を解いてしまう。
『無駄無駄ァ! 私の有難い話を聞いていなかったようだな! 愚かな傭兵は脳まで小さいのか。貴様の頭はいらんな!』
「誰がてめえみたいなキチガイの話なんぞ覚えとくもんかよ。脳みその容量がもったいねえわ!」
巨人の視線が私から外れる。その時間を使って考える。
サルースの言う通りだ。引き付けて、どうする。その次が、打開策の持ち合わせがない。
私には。
『アカリ、聞こえる!』
通信機からプラエの声が聞こえた。
『時間を稼いで!』
「プラエさん?! 時間を稼いでって、どういうことですか!」
『奴の動きを止めて、ご自慢の魔力による防壁をぶち抜く! ・・・予定!』
「いつもと同じぶっつけ本番ですね!」
『それ以外に方法ある?! 以前に同様の化け物と戦った経験でもあるの?!』
「残念ながら初対面です!」
できればこれで最後にしたい相手でもある。
『なら今は机上の空論にでも頼るしかないでしょうが!』
彼女の言う通りだ。前例がないなら仮説を組み立てて試していくしかない。トライアンド可能な限り最短サクセスが起こることにかける。
「わかりました。準備をお願いします!」
『すぐ取り掛かるからそれまで耐えて! ジュール! 聞こえる! こっちに合流して!』
通信が一旦途切れた。
「どうしたんです?」
サルースが近づいてきた。
「打開策が見つかった」
「それは重畳。僕に手伝えることあります?」
私は満面の笑みで言った。
「囮をお願い」
フルフェイスの奥で、多分笑顔でサルースは言った。
「拒否権は?」
「あると思う? あったとして」
『何をこそこそしている!』
巨人が這い寄ってくる。
「奴が許すかな?」
左右に分かれてその場を離れる。直後、新たなクレーターが私たちのいた場所に生まれた。追いかけっこが再会される。
少し時間を遡って。
プラエたち非戦闘員はアルガリタを連れて、戦場から少し離れた場所に潜んでいた。少し高台になっており、アカリたちが交戦している場所を見下ろすことができた。鬱蒼と茂る木々に覆われ、夜が視界を悪くしようとも、あれだけの巨体が暴れまわれば流石に位置はわかる。
「このままだと勝てない」
通信機から聞こえるアカリの愚痴と悲鳴を聞きながら、プラエが親指の爪を噛んだ。カテナでの拘束が難しいとなれば、取れる方法としては残り一つ。巨人の心臓部にある球体を破壊することだ。それを成すための関門は大きく分けて二つ。
魔力を流し込むことで体表に固い防壁が張られること。
最も固く守られているであろう胸の奥にある球体を破壊し、その中にいるピウディスを救出しなければならないこと。
無理難題もいいとこだ。しかもアカリたちが殺される前に策を出さなければ、策自体を遂行する人間がいなくなってしまい敗北が決定するから時間制限まである。
しかし、魔術師は笑う。無理難題に挑み続けたからこそ、自分たちの技術は生み出され、一歩ずつ積み上げられてきたのだ。
「ゴールは見えてるんだ」
ぶつぶつと呟き、頭の中を整理する。ゴールにたどり着くまでに何を成せばいいかを順番に考えていけばいい。
巨人を倒すには心臓部の球体を破壊すればいい。破壊するためには強力な一撃で相手の防壁をぶち抜けばいい。
防壁をぶち抜く兵器は『二つ』ある。一つはナトゥラ。もう一つは袋の中にある。
「中にいるピウディスはどうする?」
自問自答して、更に考えを煮詰めていく。シンプルに考えるなら、中にいるピウディスを避けて球体だけを破壊すればいい。赤い球体の方がピウディスよりも当然でかいのだから、例えば箱のふたを開けるように、球体の上部だけを掠めるようにして一撃を入れる。球体のある位置も、先ほど見た位置から変わらなければおおよその場所はわかる。そして、ナトゥラに組み込むための試作品として作ったもう一つの兵器だが、一つの武器としての完成度はこっちの方が高い。だが反対に消費する魔力はナトゥラ以上だ。一度の使用で魔力が枯渇する。であるなら、これをアカリに使わせるわけにはいかない。球体を破壊しても、すぐに巨人の動きが止まるとは限らない。巨人の猛攻を掻い潜って球体からピウディスを引きずり出す必要があり、そんなことができるのは彼女だけだ。
では、もう一つの兵器を託せるのは、奴しかいない。
「撃ち抜くのは可能」
ここから可能性を上げていく。一パーセントでも成功の確率を上げるには、どうすればいい?
「ねえ」
肩を揺さぶられ、プラエは意識を脳内シミュレーションから現実に向ける。
「王妃? どうしました?」
「どうしましたじゃないわよ。何度も呼びかけているのに」
「申し訳ない。少々考え事で忙しくって」
「それは、ピウディスを殺すための考え事?」
「・・・できれば、殺さない方向で考えてはいます」
最悪の場合は、殺すことになる。自分たちが生き残るために。そういう意味を含めて答えた。おそらくアカリも考えの一つに入れているだろう。死んでもらっては困る、と口が滑ったエレテの証言からも、ピウディスの命が失われれば巨人は瓦解すると考えられる。
「今は、最善に近づく確率を少しでも上げる要素を考えています」
「巨人の体内にある、あの赤い球体を破壊する方法は考えついたのね?」
「ええ」
「聞かせて」
力のこもった瞳がプラエを射抜く。頷き、答える。
「高火力による遠距離からの狙撃で、奴の防壁ごと球体を撃ち抜きます。理想としては、球体の上部だけを吹き飛ばして、そこから王子を引きずり出す」
「ピウディスからの魔力供給が失われれば巨人も止まる、そういう算段ね」
「はい」
「撃ち抜くことが可能なら、残る問題は確実に当てるための策?」
「おっしゃる通り」
理解が早い。こういった作戦を練る時、リズムよく話が進むのはアカリ以外では珍しい。
「球体のある場所の見当はどう? 狙いはついてるの?」
「おおよその場所はわかります」
球体の中心は確実にわかる。胸部が閉まる際にこの目で確認した。村で最初に遭遇した女ゾンビの顔が球体の真ん前、ピウディスのへそに重なったからだ。
「あの子の身長から、球体のサイズを推測できる?」
「え、身長わかるんですか?」
「わかるわよ。どれだけ一緒にいると思ってるの?」
そうなると、話がかなり変わってくる。
「ゲオーロ、ティゲル、集合!」
二人を呼び寄せる。アルガリタから聞いたピウディスの身長を元にして、ティゲルには球体の断面図で最も広い円の直径と面積を、ゲオーロには兵器を使用用途に合わせたセッティングにするよう頼む。後もう一つ。確実に当てるためには、相手の動きを一瞬でもいいから止めたい。
「これが一番厄介なのよね」
動いている標的に命中させるのは熟練の猟師でも難しいといわれる。相手の動きを読み、予測しなければならないからだ。なぜなら発射してから着弾までに、相手は動いているから、発射した時と着弾点がずれてしまう。しかも今回は狙いを外せない精密射撃が要求される。相手は拘束もできず、生半可な攻撃は弾いてしまう。いっそ手足を撃ち、動きを封じるか。魔力回復薬を飲ませれば二、三発撃てるだろう。
いや、とプラエは首を振る。回復薬は結局のところ非常手段だ。一度に多量摂取すれば命に係わる、とまではいかないが三日ほど寝込むことになるし、嘔吐、眩暈で動けなくなる。連発はできない。やはり別の方法で動きを封じるしかない。かといって、拘束することはできない。
「一匹一匹は大したことないのに」
所詮はパラシーで無理やり操られているだけの死体だ。パラシーの指示さえなければ土に還るだけ・・・
「そうか」
閃いた。プラエは通信機を手に取り、最前線にいるアカリに呼びかけた。
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