第321話 対巨人戦
体が自分の意図しないタイミングで地面から離れた。局所的な地震が、地面に叩きつけられた巨人の腕中心に発生している。空回りしそうになる足を延ばしてつま先を地面にひっかけ、何とか前に進む。
「くっそ、散開、散開だ! 散らばって逃げるわよ!」
指示を出し、団員を四方に散らせる。狙いを定めさせず、少しでも迷いを相手に与えられれば上等、そのまま見失ってくれれば最高だ。私自身も樹海の中へと逃げ込む。
『ははははは! どこへ行こうというのかね!』
細い雑草かと勘違いするほど、巨木を簡単にかき分けて巨人が追ってくる。へし折られ、半ばで千切れて飛んでくる木々すら、こちらにとっては当たっただけで致命傷なのに不公平な話だ。しかも歩幅が蟻と人ほどの差がある。向こうのたった一歩で、こっちが必死になって開けた距離を詰められてしまう。
頭上から影と圧力が落ちてくる。体をひねって無理やり右に飛ぶと、自分が進もうとした場所に巨人の拳が落ちてきた。
「歩幅の違う男女の相性は良くないって言うけど、本当ね」
歩くスピードすら相手に合わせられない、つまりは日常のちょっとしたことでも譲れない、譲るどころか、相手が困っているという考えさえ頭に浮かばないからだそうだが、納得だ。まあそもそも、人体実験を嬉々としてやるようなエレテと相性のいい女など存在しないだろうが。
体勢をすぐさま立て直し、避けた方向へそのまま逃げる。
「では、僕とは相性がよさそうですねぇ」
逃げた方向にいたのはサルースだった。二人並んで木々の間を駆ける。
「どうです? このまま逃避行と洒落こみません?」
「あれを倒してくれたら考えてあげても良いわ」
後ろから地響き立てて追ってくる巨人を親指でくいっと示す。
『逃がすかぁあああああああ!』
サルースはため息をついた。
「またの機会に」
お互い無駄口を止める。ただただ、こちらを殺そうとする化け物を殺すことを考える。まずは、疑問の解消から。そこから相手の正体を、突破口を考える。
なぜ奴は正確にこちらを追ってこれるのか?
樹海はただでさえ視界が悪い。しかも向こうの視点からだと木の枝や葉が邪魔になって、その下を潜る私たちは更に見えづらいはず。だが奴は、私たちが野営していた場所まで一直線にやってきた。以前戦った殺戮兵器マキーナのような特殊な目、人間を検知する能力でも持っているのか、それとも全身が一体一体のゾンビだから、そのうちの一匹の視界に入ると見つかってしまうのか。どちらが正解だとして、これだけ距離を詰めれば見つかってしまうのもやむなしだが、その手前。かなり離れていたはずの私たちを見つけたのはどういう理屈だ?
ふと、隣のサルースを見やる。そういえば、彼はゾンビに発信機を取り付けたと言っていたが。
「サルース殿」
「何でしょう」
「ゾンビに取り付けた発信機の受信機を、貸してもらえる?」
「目の前にいるのに、今更受信機をどうしようってんです?」
不思議そうにしながらも、サルースが発信機をこちらに渡す。今は受信機の音は聞こえない。
「スイッチを切っていますから。目標が見つかれば必要ないですから。音が出ていたらこっちの居場所を悟られますし。ただ、信号の受信は続けているみたいですよ。設計上、一度オフにしてしまうと発信機の方もオフになってしまい、初期化されるとのことです。そうなると、改めて発信機と受信機の設定をし直さないと駄目だそうで」
オン、オフにできるのは音だけか。受信は常に続けている、と。
「サルース殿」
「次は何です」
「お返しします。合図したら、あなたは右へ、私は左へ別れます」
受信機を返し、サルースが何か尋ねてくるよりも前に、私は閃光手榴弾を取り出し、後ろに向かって投げる。
「散開!」
「人使いの荒い!」
背後で閃光が暗闇を白に染める。巨人が立ち止まり、巨大な腕を顔の前で振っている。
『小賢しい!』
巨人が体勢をすぐさま立て直した。やはりゾンビには効きづらいようだ。おそらくだが、視神経からの情報、信号を一瞬切って、網膜に残った光の刺激を強制的に排除し、再び神経との信号のやり取りをつなぎ直してリセットしているのではないかと思う。寄生虫の癖に高度な事をするものだ。
体勢を立て直した巨人は、サルースの逃げた右を向いた。
「やっぱりそうか」
立ち止まり、観察する。巨人は、ゾンビたちの視界か聞かない場合は受信機を追っている。発信機が放つ信号を受信機が捉えているなら、その信号を逆に探知しているのではないかと思ったのだ。さっきエレテ自身も言っていた。脳が発する信号が、あの巨人に詰まっている全てのゾンビに行き渡っている。ということは、発信機が発する信号に奴は気づいていることになる。
「何でこっちにすぐ気づくかなぁ?!」
サルースが戸惑いの声を上げた。このまま彼を囮にして逃げることはできるが、それだとピウディスが取り戻せないし、プルウィクスに被害が及ぶ。それは私たちの望むところではないし、出来れば向こうにも恩を売っておきたい。
「ジュールさん、ムト君、聞こえますか? 今どのあたりにいます?」
『こちらジュール。巨人の背後、いや、向き変わったから右側になるのか』
『こちらムト。巨人の左手方向にいます。また、アルガリタ王妃はじめ、非戦闘員は更に後方へ移動してもらっています』
通信機で呼びかけると、すぐさま二人から連絡が返ってきた。
「カテナの準備を。巨人の足元を狙ってください。転倒させ、動きを止めます」
『『了解』』
巨人が体を起こして、こちらを向いた。その視線の先には這う這うの体で駆けてくるサルースがいた。
「アカリ団長! ひどくない?! あなた、これで相手が追ってくるって気づいたでしょう!」
その手にある受信機を振りながら非難してきた。
「いえ、全然気づきませんでした。そうなんですか?」
「白々しい! 滅茶苦茶棒読みじゃないですか!」
受け答えしつつ、タイミングを計る。二足歩行は四足歩行に比べてバランスが悪い。私たちは意識することなく歩いているが、ロボットで同じようにしようとすると重心、バランス、色んな計算が必要なのだそうだ。
狙うは足を上げ、一歩踏み出そうと体重が前に出した足に乗った、その瞬間。
「放て!」
巨人の左右から鎖のついた銛が飛来し、空中で交差する。銛が地面に突き刺さり、ピンと張られた。巨人のつま先に当たる部分がカテナの鎖に引っかかる。
「引けェ!」
ジュールの音頭に応える団員たちの野太い雄叫びが、前に進もうとする巨人の足を押しとどめた。巨人の頭がぐらつく。倒れそうだが、微妙なところだ。バランスを取り戻す前に。
「駄目押し、行ける?!」
通信機に叫びながら、私も前に出る。狙うはぐらつく巨人の頭だ。こちらに逃げてきたサルースとすれ違う。
『行けます』
左の茂みから、イーナが団員を連れて現れた。
「お待たせしました」
「いいえ、タイミングばっちり! ・・・構えて!」
立ち止まり、横並びの団員たちがカテナを構える。
「狙いは頭、肩。放て!」
果たして狙い通り、イーナたちが放ったカテナが巨人の頭や肩に命中する。魔力を流しこめば鋼のごとく体表を固くできるのだろうが、やはり魔力を常時流しているわけではなかった。私もアレーナを伸ばし、可能な限り巨人の上半身に手を伸ばし、掴む。
「引いて!」
「「「せぇのぉおおお!」」」
たるんだ鎖がピンと引っ張られる。前後左右に揺れていた巨人の頭が、前方に傾いていく。もう少しだ。もう少し傾けば自重も加わって、さらに転倒に拍車がかかる。ゆっくりと俯く巨人の頭頂部にむけてアレーナを伸ばし直し、掴む。
「倒れろぉおおおおおお!」
力の限り引っ張る。ゆっくり、ゆっくりと動いていた巨人の頭からの抵抗が、突然緩んだ。体を支えきれなくなった巨人がバランスを崩し、こちらに向かって倒れてくる。両手をつくこともできず、無様に頭から地面に突っ込む。その巨人の体の上をカテナが飛び交う。小人に捕まったガリバーみたいに絡めとってやる。一本一本では捕らえられなくても、何本も重なれば封じ込めるはずだ。動きさえ止めてしまえば、後は胸をくりぬいてピウディスを。
『この程度で封じたつもりか?』
横倒しになった巨人の顔がぐりんと上を、私たちのいる方を向いた。
「強がりはよせ。無様に転倒して、網にかかった魚みたいになっているじゃないか」
息を切らせながら、いつの間にか横に並んでいたサルースが言った。
「大人しくピウディス王子を返せ。貴様に勝ち目はないぞ」
『勝ち目はない、だと?』
エレテが笑う。
『愚か者め。巨人が何でできているのか忘れたのか?』
ぐぐっと巨人が腕立て伏せの要領で体を起こそうとする。カテナの鎖に阻害されて、それは上手くいかない、はずだった。
ぶち、ぶちぶちと嫌な音が耳に入る。見れば、カテナの鎖が巨人に食い込んでいる。胴体は鎖が半分も食い込んで・・・違う。わざと食い込ませているのだ。巨人の体はゾンビの集合体だ。カテナが当たっている部分もゾンビ一体一体で、それらの軽微な犠牲に目を瞑れば網の目もすり抜けられる。
「くっそ、見た目もトリックも美しくない縄抜けね!」
毒づき、全員に離れるよう指示を飛ばす。
『ははははは! 巨人を、私を止められるものなど、もはやこの世に存在しないのだ!』
全ての鎖が地面に落ちる。巨人の千切れた腕や胴は、少し短くなったものの再生した。これじゃあ、幾ら手足を切り落としても再生してしまう。パイルバンカーで急所を狙うにしても、今度はピウディスを巻き添えにしてしまう。わかりやすい急所は、ピウディスが入っている赤い球体なのだから。
どうしたらいい? どうやってピウディスを救出し、こいつを止めればいい?
『さあ、追いかけっこの再開だ!』
私に考える暇を与えず、復活した巨人は二足歩行の時の同じ過ちを繰り返さぬよう、今度は四本足で追ってきた。
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