第320話 人とのつながり

「ピウディス!」

 アルガリタが悲鳴を上げる。

「貴様、ピウディスに何をした!」

「そう騒ぐものではないぞ王妃。安心しろ。死んではいない。死んでもらっては困るからな」

 エレテの言葉を証明するかのように、球体の中でピウディスが目を覚ました。こちらに気づき、近づこうとする。が、球体の壁に阻まれて外には出られないようだ。壁に両手をつき、こちらに向かって何事か叫んでいるが、口から出てくるのは気泡だけだ。

「特殊な溶液の中に入ってもらっているだけだ。液体だが、中で呼吸ができる。苦しむことはない。ほら王子。王妃に聞きたいことがあるのだろう? 聞いてみたらどうだ?」

 エレテが巨人の頭に突っ込んだままの手を、ぐりっとひねった。とたん、巨人の頭部、両目と口の位置に三つの穴がぽっかりと開いた。

『母上』

 口の部分がピウディスの口元と連動するように動いた。だが、放たれた声は何人もの人間の声が重なり合った、エコーがかった合成音声で、聞く者に違和感を与えた。

『僕は、母上の子ではないの?』

 アルガリタが息をのんだ。普段の彼女であればすぐさま持ち直し、言葉をかけるだろう。しかし相手が息子であり、今にも泣きだしそうな様子に、一瞬動揺し言葉を詰まらせた。ピウディスにとってその一瞬こそが全ての答えとなった。

『そうなんだね。僕は、父上と母上の本当の子じゃない』

「そこにいる男から何を聞いたか知らないけど、あなたは私の子。賢王シーバッファの最後の子に相違ないわ」

『じゃあどうして皆、僕の事を偽りの子と呼ぶの?』

 ピウディスの置かれていた環境が、この一言で理解できる。生まれてすぐに権力争いに巻き込まれ、義理の兄弟たちやその取り巻きから心無い言葉を浴びせられ続けていたのだろう。それでも耐えられたのは、近くに必ず母親がいたからだ。

 だが今回、その防波堤はなかった。ピウディスは自分に向けられた悪意ある噂全てをエレテから聞き、自分で受け止め、自分で判断せざるを得ない状況に陥った。人生経験のほとんどない五歳児には、これはやっかみ、これは妬みなど、理解できるはずがない。全てダイレクトに彼の心に届いてしまう。

『やはり僕は、存在してはならないんだね』

「そんなわけないでしょう! 話を聞いてピウディス!」

 すうっとピウディスの瞳が閉じていく。同時に体からも力が抜け、弛緩して赤い球体の中を揺蕩う。

「ピウディス!」

 アルガリタの呼びかけにもピウディスは応えず、開かれていた巨人の胸が閉じていく。このまま取り込まれてしまうのはまずい!

「ジュールさん!」

「あいよ!」

 発砲音が響き、ジュールが放った銃弾がエレテの頭部を撃ち抜く。顎に着弾した弾丸は、頭頂部から脳しょうをまき散らしながら飛び出した。ピウディスの居場所が判明した今、奴を生かしておく理由はない。むしろアルガリタたちにとって害悪だ。

 銃弾を受けたエレテが仰け反り、しかし、倒れない。それどころか。

「無粋な連中だ」

 ケタケタと気味の悪い笑い方をしながら、姿勢を戻した。血に染まった頭部が、こちらを見下ろしている。馬鹿な。致命傷のはずだ。ゾンビだって死ぬような傷だぞ。

「凡人には理解できまい。何故私が生きているのか」

 そう言うエレテが、ゆっくりと巨人の頭部の方へと近づいて、突き入れた腕のところから足、胴体と、ずぶずぶ飲み込まれていく。

「パラシーは人の脳に寄生し、疑似的に電気を神経に流して体を操る。つまり極論を言えば、自分から発する電気が他人に繋がれば、他人を自分のように操ることができるわけだ。もちろんこれには様々な障害が存在するわけで、一番の障害は生きている相手もまた電気を発しているから、幾ら指示を流しても混線してしまう。私の研究は、それらの障害を一気に取り除くことに成功した!」

 エレテが完全に飲み込まれた。代わりに口を開いたのは、巨人だった。

『追いやられた私が樹海で見つけたのは、伝説にある巨人の遺骨と、肉体が滅びてもなお形と機能を失わなかった心臓だ』

 ピウディスが入れられていた赤い球体、あれが心臓なのだろう。言われてみれば、何本もの赤い管が巨人の内側に広がっていた。

『心臓の機能は、肉体を動かすための魔力エネルギーと信号を送ること。肉体の代替が用意できれば巨人を作ることができると私は考えた!』

 そういうこと、とプラエが歯噛みした。

「だから魔力の高いピウディスを欲したのね。そのためのゾンビ、そのためのパラシーってことか」

『察しが良いじゃないか。貴様、私ほどではないが優秀な魔術師のようだな。そうだ。その通り! ゾンビは巨人の中身として、そしてパラシーの用途は心臓から送られるエネルギーと信号をスムーズに流すことだ! またこれは、想定外の別の効果を生んだ! 信号がつながるという事は、私の脳とゾンビどもの脳が神経でつながっているということ。パラシーの効果でゾンビどもにはすでに意識はないから、その脳は私の好きなように使うことができる。どういう意味か分かるか? こいつらとつながることで、私は自分の脳の予備を準備できるという事だ。今しがた頭を吹き飛ばされたとしても、別のゾンビの脳を使うことで頭を撃たれても死ぬことはない。もちろん、この天才の脳と凡人の脳とでは比べ物になるはずがないが、並列して複数の脳を使うことで私と同程度まで頭の回転を高めている!』

 ネットにつないだ家庭用ゲーム機を大量に用いて、スーパーコンピュータの演算能力を発揮させるという話を聞いたことがあるが、あれと同じか。今の話が本当なら、最も複雑な脳ですら可能なのだから、体の他の部位でも同じだろう。腕がもげようが足が千切れようが、代わりの体を用意される。奴の意識はすでに大量のゾンビでできた巨人に移し替えられたという事だ。パソコンじゃあるまいし、簡単にデータの移し替えができるなんて反則もいいとこだ。幾らでもゾンビに意識を移し替えられるなら、理論上、奴は永遠の命を持ったに等しい。

『そしてぇえええ!』

 巨人が吠えると、体の表面が淡く発光し始めた。特に拳部分が強く光る。巨人はその拳を振り上げて。

「全員、退避!」

 私が叫ぶ前に、全員が巨人の前から少しでも距離を取ろうと動いていた。構わず、巨人は地面に拳を叩きつけた。

 振動が体を浮かせ、巻き起こる風が体を押し流そうとする。着地して踏ん張り、腕を前にかざして風を受けた。

 風がおさまり、周囲を確認する。全員逃げられたらしく、幸い被害は出ていなさそうだ。次に視線を巨人の方へと向け、思わずしかめた。

 巨人の腕が地面に突き刺さっていた。その周囲は綺麗な円状のクレーターとなってくぼんでいる。今の一撃が地面を陥没させたのだ。腕力だけなら、この前の殺戮兵器マキーナよりも上かもしれない。

『はは、あっはっはっは! すごいぞ、計算以上だ! これが巨人の真の力だ! 流れる魔力を加工して体を覆い、相手を屠る矛にも、体を守る盾にもなる攻防一体の力! 流石はこの地を平定しただけのことはある! これなら、何万の兵が相手でも恐るるに足らず! 我が野望は成就したも同然!』

「平定だと?」

 さっきティゲルから聞いた話とはかけ離れた巨人の印象だ。

『ああ、寝物語の森になった巨人と違うからか? バカバカしい。よく考えろ。ただ肥沃な土地になっただけなら、この土地を手に入れるために争いはさらに激化するだろうが。争っていた連中を全て滅ぼしてから、巨人が機能不全に陥ったと考える方が自然だ。そして、心臓に残ったエネルギーが自然に変換されたのだ』

 結局真実とははそういう話なんだろうが、この前から天使の正体が殺戮兵器だったり救世主の裏の顔は世界征服だったりと、昔話の裏側ばかり覗いてしまい辟易する。もう少し、子どもの夢とか守ってくれる、心温まる物語はないものかな。

 それよりも。奴はどこでそんな話を知ったんだ?

『プルウィクスを滅ぼす前祝いだ』

 巨人がゆっくりと体を起こした。ピウディスが話していた時と作りは変わらないはずの、巨人の頭に空いた三つの穴。両目と口が、エレテの成分を取り入れて邪悪に歪んだように見えた。

『貴様らを踏みつぶし、巨人の一部にしてやる』

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