第319話 鳴り物入り

「王妃、何が妙なんですか?」

 サルースが尋ねた。

「あなた、さっき樹海で研究していたのは、非人道的な研究をするためだと話していたわよね」

「ええ。だから、王都ではなくここに居を構えたのではないかと」

「でも、ベルリーはもしかしたら、捕らえられた犯罪者を提供しているかもしれない」

 そうか。ベルリー王家の協力があるなら、いくらでも人目につかないところを提供してもらえるはずだ。犯罪すらもみ消してもらえるかもしれない。

「その研究に必要なパルシーは樹海でしか採取できないから、ではないのですか?」

 樹海で研究していたもう一つの理由を口にした。

「その研究は、結局のところ副産物です。奴の本来の研究ではない」

 全員が唖然として口をあんぐりと開けた。彼女の言う通りだった。メインは魔力の高い人間を作ることだ。そしてピウディスのように胎児を実験に用いるなら、それこそ人の多い街で行う必要がある。それに、とアルガリタは続けた。

「生きた人間にパルシーを強制的に寄生させ、操ることまでできるのなら、その研究はほぼほぼ完成、終了したと言えるのではなくて? またそこまで完成しているなら、パルシーが欲しければ、寄生させるなりして生きたままの運搬も簡単に出来るでしょうし。であるなら、研究者としては次の研究に着手するものでしょう?」

「王妃の仰る通り、それが研究者って生き物よ」

 プラエが言うと妙な説得力がある。

「では、なぜ王都に戻らず、不便なはずの樹海で研究を続けていたか、ってことですか?」

 サルースがまとめた問題の本質に、アルガリタが頷く。王都ではなく、樹海でなければならない理由。パルシー以外の、研究者が憑りつかれるような研究対象。そこに魔力の高い王子が加われば、一体何ができるのか。

 研究、ここでなければならない理由、道具・・・

 待て。最近、それに類似した話を聞いたことがあるようなないような。

「ティゲルさん」

 声をかける。はい~? とこちらを振り返った彼女に尋ねる。

「この辺りに、何らかの逸話、伝承、伝説は残っていませんか?」

 そうですねぇ、と顎に手を当てて記憶を探る事しばし。

「私が知っているのは、『森になった巨人』です」

「森になった巨人?」

「はい。物語として図書館に保管されていました。遥かな昔、この辺りは荒野でした。わずかな水、食料を求めて争いが絶えないこの地に、心優しき巨人が降臨しました。巨人は地上の醜い争いに心を痛め、涙しました。涙は湖となりましたが、もとより荒れ果て、ひび割れた大地。湖から流れた水はすぐに枯れてしまいます。水を受け止める大地を改善しなければならないと思った巨人は、自らの体を大地と融合させました。巨人の血肉は栄養価の高い豊かな土壌となり、植物や小さな生物が生まれました。その植物や生物を餌にする大型の動物たちがこの地に集まり、やがて死ぬと、巨人と同じように大地の栄養となりました。そこからさらに植物が生まれ、それを食べに動物が集まり、死んでは大地に還る。その繰り返しによって生命溢れる樹海が広がっていきました。水、食料が溢れ、この地から争いはなくなりました、という話です。ですので、この樹海の奥深くには、森となった巨人の遺骨が眠っていると言われています」

 以上になります、と言ったティゲルの言葉が、よく聞こえなかった。その時すでに思考の海に沈んでいたからだ。

 あり得るのか、しかし、ここ最近こんなことばっかりだし、二度あることは、とも言うし、何より、自分自身がリムス中にこんな話が多くあり、そのうちの一つが本当に過去に起こった出来事で、現実に蘇ったことを知っている。

「準備ができ次第、出発しましょう」

 皆に声をかける。勘違いならそれに越したことはない。救出を急いだ方が良いのは間違いないのだから。

「出発するったって、どこにだよ」

 ジュールが言う。急くあまり、最も大きな問題があるのを忘れていた。

「この広い樹海を、何のあてもなく探すのは危険すぎるぞ」

「あてはあります」

 答えたのはサルースだった。

「王子を担いでいたゾンビに、特殊な信号を発する魔道具を取り付けました」

 あの時投げつけたのはそれか。

「元はプラエさんが研究所で作っていた試作品の一つです。前にメリトゥムに反応する魔道具に森の中で追い回された経験から、逆に失せ物探しに役立てようということで開発した物だそうですね」

「ああ、姿をくらました馬鹿に取り付けて、二度と逃げられないようにしようと思って作ってた奴ね」

 こっちを見ながらプラエが言った。聞こえないふりをする。

「半径一キロ以内に入れば、音が出ます。近づくたびに音の鳴る間隔が狭まってきます。音の間隔を頼りに探せるかと」

 サルースが受信機と思われる魔道具のスイッチを入れた。


 ポーン


「早速、反応アリです」

 満足そうにサルースが言う。案外近くにいる。動き回らなくて済むのは、地味に助かる。再び樹海を歩き回らずに済めば、体力を温存でき・・・


 ポーン ポーン


「思ったより、近い、みたいですね」

 サルースが、少し戸惑ったように言った。


 ポーン ポーン ポーン


 音が鳴った。立て続けになり続けている。頭の中の警戒音も鳴り始めていた。びりびりとうなじが逆立っていく感覚。

「皆、すぐに荷物をまとめて」

 指示を出す。勘の良い者はすでに後片付けを始めていた。


 ポーン ポーン ポーン ポーン


「近い、というか、これは、まさか、近づいてる?」

 アルガリタの戸惑う声が、答えを成型した。

「それも、かなりの速度、で?」

 発信機の音に加えて、木々が折れ、葉のこすれる音が樹海の奥から聞こえてくる。同時、ズン、と足元を揺るがす重低音が響く。


 ポポポポポポポポポポポポポポ


 歌舞伎の鳴り物みたいに連続で受信機の音がなり、それは奈落のような暗闇から登場した。焚火の炎に照らされたそれが、私たちを睥睨している。

「なんだ、こいつは」

 見上げながら、ムトが呻く。

 体長は二十メートルをゆうに超えていた。背の高い樹海の大木よりも頭一つ分高いからだ。姿かたちは人型に類似しているが、これを人、と呼んでいいものかどうか。

 剥きだしになった巨大な骨格の隙間を埋めるように詰まっているのは、人だ。いや、人だった物、ゾンビだ。ゾンビの群れがつぎはぎのパッチワークみたいに繋がって、巨人の中身になっている。

「おやおや、皆さんお揃いで。こんなところでキャンプかね」

頭上から声が落ちてきた。見上げれば、巨人の肩にエレテが乗っている。

「エレテ!」

 サルースが叫び、その後ろでジュールが銃を構えた。目線でこちらに合図を求めている。私は待ったをかけた。ピウディスの居場所が確定していない今、奴を殺すのは居場所を聞き出してからだ。

「ピウディスはどこ?」

 巨人の前にアルガリタが進み出た。慌ててサルースが彼女を押し留める。

「はっ、この状況で心配するのは息子の事か? プルウィクスの絡新婦とまで呼ばれたお方が、母性を発揮するなんて。泣かせてくれるじゃないか」

「御託はいいから。さっさとピウディスに会わせなさい」

「そう慌てなくとも、会わせてやるとも。ほれ、感動の御対面だ」

 エレテが巨人の頭に手を突き入れる。すると、巨人の胸のあたりに詰まっていたゾンビの胸板がゆっくりと左右に開いていく。巨人の胸の奥に、半透明の赤い球体があった。球体からは赤い管が何本も伸びて周囲のゾンビたちにつながっていた。その球体の中に、ピウディスが浮いていた。

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