第317話 出生の秘密

「もう一つの可能性?」

 尋ねると、サルースは重々しく頷いた。ここからが本番、今の状況につながるという事か。

「先ほどの、当時の研究者を当たっていたという話なんですが、一人所在不明のやつがいましてね。国を追われたその研究者、なかなかに強かで、自分の研究成果の大半を持ち逃げしたようなんです」

「私じゃないわよ?」

 聞かれてもないのにプラエは彼の言葉に対してかぶせるようにして言い、目を逸らしている。まだ何も言ってないんですけどねえ、とサルースが笑った。咳払いで軌道修正し、尋ねる。

「王妃の正体を知っているかもしれないその研究者が、他国にその情報を売り、そこから暗殺計画が持ち上がったのでは、と考えたわけですか?」

 その研究員こそがエレテ、ということにつながるのか。

「流石アカリ団長。その通りです。エレテを追って、樹海に辿り着いたってわけです」

 それがもう一つの可能性。暗殺をけしかけた同盟国がベルリーだったと判明したわけだ。まだ裏に誰かいそうなんで、慎重に事を運ぶつもりですとサルースは付け加えた。

「ただ、話がここから妙な方向へと転がっていきます。奴がここで研究できていた理由は、それらの情報をベルリーに売ったおかげでしょう。いくら樹海の中とは言え、ベルリーに全く知られずに生活することなど不可能です。生きるために街で必ず生活必需品を購入するはずですから。また、ベルリー兵があなた方より先にここに到着していたことも、エレテとベルリーが繋がっていたことの証明になります。さて、ここで疑問が生じます」

 サルースは人差し指を下に向けた。

「なぜここなのか。こんな不憫で危険が多い場所ではなくとも、ベルリーの王都であればプルウィクス程、とはいかずとも機材の揃った魔術工房や研究所があるはず。むしろ王家専属になればよかった。有益な情報と元プルウィクスの魔術師というネームバリューがあれば簡単に地位を手に入れられたはずなのに。にもかかわらず何故ここなのか。答えは奴の研究内容です」

 サルースは断言した。

「奴はひそかに生きた人間を研究材料として使っていました。その一環として死体に寄生し、意のままに操る寄生虫パラシーを研究していたのです。成果は先ほど見た通り。生きている人間に寄生させ、強制的に操る魔道具を作り上げていました。樹海に潜んでいたのはこういった非人道的な実験をするのに適しているから。また、樹海に時々逃げ込む人間は、表ざたにできない理由を抱えていますので、そんな人々が消えたところで誰も気づかない」

「一石二鳥だったというわけね。もしかしたら、ベルリーから犯罪者を輸送してもらっていたかもしれない」

「可能性はありますねぇ。あんなに大勢逃げ込むことなんかないでしょうし」

 大量のゾンビを思い出す。普通あれだけ失踪していたら事件になっている。なっていないのなら、協力している何者かがもみ消しているのだ。

「あ、じゃあもしかして、ピウディス王子を誘拐したのって、王子を意のままに操ってプルウィクスを乗っ取ろうって腹?」

 プラエの推測は、私の考えとも一致する。相手を意のままに操れる人間が、身分の高い人間を誘拐したら、やることは限られている。金か権力か、どちらかを欲するだろう。だからエレテはピウディスを主体にした言葉を使っていた。アルガリタでは権力を握れないとわかっていたからだ。

「『ベルリーの考え』は、そっちでしょう」

 サルースが答えた。ベルリーの考え・・・、エレテは違うという意味か?

「あの時王子の出生の秘密をべらべら喋ろうとしたので、ほぼ間違いないかと」

 力強く頷いてから、サルースが許可を求めるようにアルガリタに視線を向ける。

「ここからは私から話しましょう」

「お願いします。僕ではまた聞きの部分もあって、確証のない部分もありますから」

 ふう、とアルガリタは一つ息を吐いた。

「これより話す事は、国家機密以上に危険な内容が含まれています。聞くあなた方にもそれなりの覚悟と良識を求めます」

 覚悟はわかるが、良識を求めるとはどういう意味だろうか。プルウィクスと関わると、こういう厄介な話ばかり聞かされるな。もちろん口外するつもりはない。団員たちの顔を見渡し、全員が神妙な顔で頷いたのを見て、アルガリタに話の続きを促す。

「先ほどサルースが言っていたように、エレテは人体実験を行っていました。それが元で国を追われた。ここまでは良いですね」

 私たちは頷く。

「寄生虫の研究は副産物です。奴が本来研究していたのは、人の魔力量を増幅させる方法について。魔力は人によって量が違う。同じ魔道具を使用したとしても、人によって使用限界時間があった。当初はあなたたちが持っている魔力を回復させる薬や魔力を蓄積する補助魔道具などを研究していたが、だんだんと根本的な解決策、人の魔力量自体を上昇させる方法にシフトしていった」

「魔力は体力と同じで、訓練で少しずつ上昇させることが出来るけど、そんな感じでしょうかね。筋肉と同じで使えば使うほど鍛えられるから」

 プラエの質問に「奴はさらに一歩踏み込んだ」とアルガリタは答えた。

「生まれつき魔力の高い人間を創ろうとしたの」

「生まれつきって、赤ん坊の時からってことですか?」

「そう。鍛えて魔力量を増やすことも可能だけど、二倍、三倍と膨れ上がるものではないでしょう。それなら多額の費用と時間を用いて過度な訓練をこなすよりも、人を一人増やした方が単純計算で二倍になるし安上がりよ。それよりも、体力と同じで体の成長と比例して魔力も上昇することに着目した奴は、実験対象を子どもに移した」

「子どもを、実験に使ったっての? 本物のクソ野郎ね」

 プラエの眉間にしわが寄り、顔が険しくなった。己の研究のためにあらゆる手を用いる魔術師ですら、嫌悪感を露わにしていた。当たり前だが私たちも同じ気持ちだ。目の前にいたら殺している。アルガリタは頷き「それだけじゃない」と続けた。

「奴はあろうことか、妊娠した母親、母体を誘拐し、胎児まで己が欲望のために利用した」

 吐き気がする話だ。聞いていたティゲルが思わずと言った風に口を手でふさぎ顔を背けた。ゲオーロが彼女の肩を支えている。

「恥ずかしながら、プルウィクスの憲兵隊が気づいた時には既に何人もの被害者が出ておりました。エレテは捕らえられて処刑を待つばかりだったのですが、牢獄から脱獄されました。軍にとって恥なので、放逐したということになっておりますが」

 サルースが肩を落とす。

「実はその事件には、一人だけ生き残りがいた」

 アルガリタは言った。

「血まみれの手術台の上、最後の被害者である母親のお腹の中で、その命は懸命に生きようと足掻いていた。死んだはずの母体が微かに動いたのを、王の腹心であり最も信頼する将軍が気づいた。腹を割くと、小さな命が産声を上げた。王はかん口令を敷き、自らの子として育てることを決心した。当時ラーワー寄りに舵が傾きかけたプルウィクスを中立に戻す非常手段として」

「・・・待ってください。まさか、もしかして」

「その子の名はピウディス。私の息子よ」

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