第315話 名前のない女

「で、どうだった? ナトゥラのダイヤルⅡは」

 ラックンアブレア村のゾンビから逃れ、樹海奥地にて野営の準備をしていた時だ。これからどうピウディスを取り戻すか、とか、エレテの目的は何か、とか、そういう事を話し合うその前に、プラエが気になったのは実践初投入のライフルモードの使用感だった。

 まだ皆野営の準備をしているし、アルガリタも目を覚ましていないので、全員の準備ができるまでに擦り合わせをしておくべきだろう。ナトゥラの性能は、私の生存確率に直結する大事なことだ。

「弾数を気にしなくていい点、他の銃に比べて次弾を撃つまでの時間が短い点は素晴らしいと思います」

「そうね。弾はあなたの魔力が保つ限り何発でも撃てる。通常の銃だと撃って、銃口に弾を詰め直し、撃つ、この三ステップが必要だけど、ナトゥラの場合は引き金の上にある小さなハンドルを引く・・・ええと、なんていうの、あなたの世界風に言うと」

「ボルトアクション」

「そう、ボルトアクション。あなたの世界の銃なら薬莢とかいう、弾のカスを排出して次の弾を込めるためのものらしいわね。ナトゥラの場合は放つという設定の魔導回路を溜めるに切り替えるための手順にあたる」

 大きなメリットとしてはこの二点、弾数と手順の簡略化が挙げられるだろうか。

「で、修正点は?」

 プラエが尋ねる。彼女にとっても私にとっても、こちらが本題だ。

「一番は、やはり威力の減衰でしょうか」

「そこかぁ」

 頭を掻きながら彼女が顔をしかめた、やはり、という感じだったので、事前に懸念していた部分という事だろう。ナトゥラの弾丸は他の銃と違い、内蔵されているコアが発揮する効果、例えばインフェルナムのコアなら炎を圧縮し弾丸として発射することになる。魔力を流すことで炎を作り出すからこそ、弾は理論上無制限に作り出せるのだが、だからこそ魔力が切れれば炎も消える問題があった。燃えている間の燃料に魔力を使ってしまうのだ。距離に反比例する形で威力が減衰し、空気抵抗などが拍車を掛ける。通常の弾丸と同程度の威力を保てるのは三十、四十メートル程度だ。事実、サルースを援護した時に狙撃したゾンビは、頭部に命中したにもかかわらず起き上がった。

「やっぱり一発の弾丸に込められる魔力には限りはあるよねぇ。ウェントゥスと同じようにはいかないか」

「あれは弾丸のような飛び道具ではなく、あくまで刃の延長線上ですから。魔力を流し続けられるからこそ威力を保てていました」

 もちろんウェントゥスはその分魔力消費量も多かったため、遠距離狙撃は多用できなかったわけだが。

「ううん、困ったわね。他の銃同様弾丸を用いれば威力の問題は解決できるけど、せっかく減らした手順が台無しになる。むしろボルトアクションを行う分手順が増えてしまうし」

「メモリを上げて、溜める魔力量を変更するしかないですかね」

「威力減衰に関して最も早い解決方法はそうなるけど、今度はあなたの魔力が枯渇するわよ?」

 あちらを立てればこちらが立たぬ、か。動けなくなったら意味がない。一発勝負で決まるならまだしも、その後戦うことの方が圧倒的に多いのだから。

「ごめん。ちょっとすぐには解決できそうにない。考える時間を頂戴」

 プラエが両手を上げた。

「謝る必要はないですよ。これでも充分戦えますし」

「駄目よ。あなたの長距離狙撃はあらゆる場面で効果を発揮する。どこから狙われているかわからないという不安は敵の足を止めるし、敵将を撃てれば大軍すら瓦解させられる。それになにより、私がこの仕上がりに納得できない」

 後半の方が本音のようだ。彼女の向上心に敬意を表し、依頼する。

「わかりました。改善をお願いします」

「任せて」

 プラエがゲオーロとティゲルを集めた。二人の力も借りて、改善策を模索するだろう。ナトゥラに関しては彼女たちに任せておけば問題ない。問題は私たちのこれからだ。ポンと柏手を叩いて注目を集める。

「さて、皆さん。作戦会議の時間です」


「まずはサルースさん、あなたの目的とここに至るまでの経緯を教えていただけますか」

 火を囲み、情報を共有する。相変わらずのフルフェイスが「わかりました」と首を縦に振った。

「さて、どこから話したものか・・・。そうですね。まず話しておくべきは、今回の暗殺事件に関してからでしょうかね。暗殺計画の情報を掴んだ僕たちは、フェミナンのアン様に情報が伝わるようにしました」

「やはり、プルウィクス側から情報を流したんですね。でなければ当日の警備の配置状況など手に入るはずがない」

「僕の主であるコルサナティオ王女は、数少ない王妃擁護派、アウ・ルムと事を構えたくないお方だったので。しかし表立って動けば、今度はアウ・ルムと組んでいるなどと勘繰られて、十三国の同盟関係が悪化するかもしれない。そこで外部に情報を流して、救出してもらうよう働きかけた」

「どうしてアンを、フェミナンを選んだんです? 王妃の親族である貴族筋の方が、動いてくれるとは思わなかったのですか」

 この質問に対し、滑らかに話していたサルースが初めて口ごもった。

「ん、そうですね。色々と理由はあるのですが・・・」

「私が、フェミナンと縁があるからよ」

 助け船を出したのは、アルガリタ本人だった。サルースがすぐさま駆け寄り、支えるように横につく。

「王妃、お体の方はよろしいので?」

「問題ないわ。それに、息子の一大事にいつまでも眠っているわけにはいかないでしょう」

 アルガリタが火を囲む輪に加わる。

「コルサナティオ配下の、サルースだったわね。あなたたちは、どこまで私のことを調べたの?」

「一応、シーバッファ王が知っていた程度のところまでは調べた、と思います。そして、その内容を知っているのは僕だけです」

「あら、コルサナティオにも、上司のファルサ将軍にも話してないの?」

「ええ。必要だったので調べましたが、女性のプライベートを軽々しく話すものではないと思いましたので」

「随分と紳士でいらっしゃること。もしその話が広まっていれば、暗殺などというまだるっこしい手を使わなくても戦争にまでもっていけたでしょうから。そこも加味したというわけですね。知っている者が少なければ少ないほど、秘密が漏れる確率は下がるものだし」

「王妃、フェミナンの縁とは一体?」

 二人だけで分かる話をされているのに焦れてきて、思わず口を挟んでしまった。

「ああ、ごめんなさいね。全部話すと言ったのにほったらかしで。きちんと説明するわ。簡単なことよ。前提として私は、本当はアウ・ルム貴族ではない」

「・・・なんですと?」

 全員が、私と同じようにぽかんと口を開けて、呆然としていたはずだ。彼女の口から出た言葉を理解できず、耳に届いてはいたもののそのまま脳が受信できなかった。いや、ただ一人、私たちとは違う反応を見せた人物がいた。

「あなた、うすうす私の正体に気づいていたわね」

 アルガリタが視線を向けた先にはイーナがいた。フェミナンが育成したスパイである彼女が気づく・・・もしかして、そういう、ことなのか?

「もしかしたら、と思っていました。王妃様の仕草、ところどころ、私たちが叩き込まれる仕草に似ていましたから。それに昔、寮長のウヅメさんが一度だけ話してくれたことがあるんです。どん底でも生き延びてチャンスを待てば、貴族にだって、王族にだってなれるんだと。そう言って落ち込んでいる私を励ましてくれたことがあるんです」

「ウヅメ。はは、懐かしい名前が出たわね。あの野獣みたいに乱暴だった子が、寮長になって、子どもたちの面倒を見てるなんて。私も年を取るはずだわ」

 お察しの通りよ。アルガリタは自分の胸に手を当てて言った。

「フェミナンが生んだスパイ第一号。プルウィクスに嫁入りするはずだったアウ・ルム貴族の影武者。それが私よ」

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