第314話 銀の腕、再び

「何も・・・」

 エレテたちが振り返るよりも早く、第三者が間合いを詰める。相手が驚愕から立ち直る前に仕掛けた。ゾンビたちの持つ松明の赤が、薄闇の中から第三者を浮かび上がらせた。

 なぜ彼が、サルースがここにいる。驚く私たちの前で銀の腕が躍動する。

 魔力が流れ回路に流れると、魔導義手は内蔵された機能を十全に発揮した。以前は馬上での戦いのため槍へと変化したそれは、木々が生い茂る樹海では両刃の剣になった。奇妙な剣で、剣幅もあれば厚みもあった。漫画で見たことのある、手甲に剣が付いたような武器、ジャマダハルに似ているだろうか。大きく踏み込み、体重を乗せた刃が、アルガリタを担いでいたゾンビの首に突き刺さる。ゾンビはのけ反るが、まだ死には至らない。

 しかし、サルースに焦りはない。さらに刃に魔力を込めた。パン、と軽く何かが弾けたような音がして、同時にゾンビの首が千切れ落ちた。見れば、幅広の刃が三つ又に枝分かれしていた。首に刺さった刃が扇のように開き、首と胴体の繋がっていた残りの部分を切断したのだ。

 頭を失い、ただの死体となったゾンビから力が抜けた。担いでいたアルガリタが落下する。

「おっと」

 落下寸前、サルースがアルガリタを抱きかかえた。その勢いのまま隣のピウディスも救助しようと動くが、みすみすそれを許すほどエレテは甘くなかった。ピウディスを抱えていたゾンビが下がり、入れ代わりに鍬や斧を持った住民ゾンビが彼に襲い掛かる。

「逃がすな! 王妃は生け捕りにせよ! そいつは殺しても構わん!」

 エレテの指示で横からもゾンビが迫り、サルースを包囲した。一対多数では掴まれたら終わりだ。アルガリタを抱えたまま彼は飛び退く。退きながら、小型のナイフのようなものを投げた。ピウディスを抱えていたゾンビの腹に突き刺さるが、急所でなければナイフでは殺しきれないのはわかっているはずなのに。爆発、することもなかった。ただのけん制みたいなものだろうか。

「サルースを援護する! 狙撃部隊は準備を! 狙いは彼と私たちの最短距離上にいるゾンビの群れ! 接近戦部隊は狙撃部隊の護衛をお願い!」

 突然の出現に驚いたが、劣勢だった戦況において突発的な混乱ほど起死回生を図れる機会はない。団員たちに指示を出し、自分も援護のために行動を開始する。

 ナトゥラの柄の部分をひねる。長い柄の下半分はダイヤルになっており、捻ることで形態が変化する。

 ダイヤルⅡに合わせる。ダイヤルⅠの剣モードからナトゥラが変化した。

 これまでの私の戦い方は、接近戦と遠距離からの狙撃だ。相反する戦い方を可能にしていたのが風を纏う剣ウェントゥスだった。それを失った今、私も接近戦主体にするか、遠距離戦を主体にするか決めなければならないと考えていた。ウェントゥスのような魔道具は二度と出会えないと思っていたからだ。

 だが、プラエは今までの私のスタンスを維持できる選択肢をくれた。

 形状が変化し終えたナトゥラからでた、少し長めの『三脚架』を地面に設置させ、構えた。ナトゥラの刃だった部分は変形し、細長い円柱、ライフリングの刻まれた銃身へ。コアがセッティングされている鍔の部分は銃弾を詰めるチャンバーへ。長い柄は銃床、グリップ、トリガーからなるストックへと変化する。

 ダイヤルⅡ、ライフルモード。

 銃把を握りこみ、狙いを定める。三脚架があるおかげでウェントゥスの時よりブレが抑えられてありがたい。コアのあるチャンバーの右下側には切り替えメモリがある。マシンガンやアサルトライフルだとオート、セミオートなどに切り替えたりする機能だと思うが、ナトゥラの場合は一発の弾丸に魔力を込める量、威力を切り替えるための機能となる。一番小さいメモリは他の銃と同程度の威力だ。最大メモリは、まだ試したことはない。根こそぎ魔力を奪うのは間違いないだろう。

「撃て!」

 銃声が轟く。銃弾を浴びたゾンビが衝撃で横倒しになる。エレテを狙おうとしたが、その前にピウディスを抱えたゾンビが重なってしまった。これでは撃つに撃てない。狙いを変え、撃つ。私が放った弾丸は、彼に掴みかかっていたゾンビに命中した。

「当たるとこでしたけど!?」

 文句を言いながらも、こちらの意図を察したサルースがアルガリタを抱えなおしてこちらに駆けてくる。

「接近戦部隊、退路を作ってあげて!」

「「応!」」

「団長やべえぞ! 倒したゾンビが立ち上がってくる!」

 ジュールがわめいた。倒れていたゾンビだが、何体かがゆっくりと立ち上がろうとしている。

「頭に当たったはずの奴も、まだ何体か動いてやがる。頭を潰したら死ぬんじゃなかったのか?!」

「当たり所の問題だと思います」

 剣よりも頭を損壊できた部分が少なかったのかもしれない。

 パラシーが死体を動かす方法は、頭に寄生し、脳から電気信号を発生させて体を動かしている。電気信号を体に伝えているのは神経だ。体を動かすその神経を傷つけられなかったから、まだ動いているのだ。

「ですが、構いません。目的はゾンビではなく彼らです! 足止めさえできればいい!」

「下手に頭を狙って外すより、命中させて転ばせた方が効果的ってこったな。了解。撃って撃って、撃ちまくってやる!」

 できれば無駄弾は避けていただきたいが、そうも言ってられないか。ケチって失敗するより、出費が痛いと成功して泣く方がましだ。

「早くこっちへ!」

 接近戦部隊の最前線で、ムトが手招きして読んでいる。彼がいるのはエレテと私たちの間を遮っていたゾンビの壁辺りだ。銃弾でひびが入ったゾンビの壁に、彼らは剣を突き立てて亀裂を生み、こじ開けようとしていた。左右から新たなゾンビが湧き、押し寄せて穴を埋め、彼らを飲み込もうとする。

「もうちょっとなんで頑張ってくださ~い!」

 両肩にアルガリタを担ぎ、サルースが隙間目掛けて走ってくる。

「もう少しだ! 踏ん張れ!」

 近づくゾンビを倒しながら、ムトが周囲を鼓舞する。

「右側から新手が出たぞ! 奥からも迫って来てやがる! 近づけさせんな!」

 ジュールが狙撃部隊に指示を飛ばす。

 懸命に退路を保つが、やはり数の暴力には抗えず、こじ開けたはずの隙間はまた狭まり、閉じられつつあった。狙撃をジュールたちに任せ、ナトゥラを再び剣モードに戻して前線に飛び込む。

「ぬぅうほっ、ほっ、ほおおおおとっとっとおっ!」

 倒れているゾンビを飛び越え、サルースが近づいてくる。あと残り十メートルほどという時、倒れていたゾンビが上半身を起こし、手を伸ばした。飛んで躱そうとしたサルースの足に当たる。気づくも時すでに遅く、勢いを殺せず空中で姿勢を崩し、そのままアルガリタと地面に倒れ伏した。倒れた彼らに、ゾンビが覆いかぶさろうと迫る!

「こんのぉ!」

 アレーナを伸ばし、アルガリタを掴んだ。

「しっかり掴まってて!」

 意図が伝わると信じて怒鳴り、一気にアレーナを縮める。

「無茶されちゃってぇええええええ!」

 アルガリタの足にしがみついたサルースが、悲鳴を引き連れて飛んできた。そのまま二人を、ゾンビの壁の隙間を通すように引っ張り込む。

「王妃を保護しました!」

 ムトから報告が上がる。

「全員、目を塞いで!」

 叫ぶと同時、閃光手榴弾をゾンビに向けて投げる。強烈な閃光がゾンビたちの視界を焼く。脳を利用しているなら、獲物を探すのも五感、視力も用いているはず。想定通り、ゾンビにも効果があった。怯み、動きが止まる。だが、常人よりも効果は薄そうだ。すぐに動き出しているゾンビがいる。

「サルースさん、動けますね」

「動けなきゃ運んでくれますか?」

「いえ、尊い犠牲になっていただこうかと」

「それ、巷では餌っていうやつですよね!?」

 これだけ元気なら動けないってこともないだろう。動ける手練れを心配する必要はない。

「アスカロン、撤退!」

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