第313話 空耳アワー

「プラエさん、ティゲルさん、王妃たちは?!」

 近くにいたはずの彼女たちに尋ねる。だが、二人とも私が声をかけるまで王妃たちがいなくなったことに気づかなかったようだ。

「何で? ついさっきまでそこにいたのに?!」

 プラエもティゲルも壁を塞ぐのを手伝うために、一瞬王妃たちから目を離したらしい。何か手がかりがないかと二人がいた空間に移動する。ぎい、と足元の床が軋んだ。

「団長ぉ~!」

 ティゲルが何かに気づいた。指で下を示している。

「足、足元です~!」

「足元?」

 首を傾け、下を向く。

「今、団長が踏んだ場所の床板が、不自然な軋み方しましたぁ!」

 プラエと顔を見合わせ、床を踏み込む。あっ、とプラエが声を上げた。ティゲルの言う通り、軋み、少し曲がった際に、切れ目のような部分が見えた。プラエに床から離れてもらい、ナトゥラを何度か叩きつけ、床に手のひらほどの穴を開ける。覗き込むと、床の真下には地面がなかった。

「落とし穴か!」

 私たちが四方の壁に気を取られている隙に、二人は罠に引っかかって落ちたのだ。

 床下から光が漏れていて、二人、アルガリタとピウディスが倒れているのが見えた。気を失ったのかその場から動かない。その二人にゾンビが二体近づく。ゾンビは二人を襲うでもなく抱えて、穴の奥へ運んでいく。

「まずい、攫われる!」

 ナトゥラを割れた隙間に突っ込み、てこの原理で床板を剥がす。

「プラエさん、ここの指揮をお願いします!」

「はぁ!? 指揮って、ちょ、アカリ!」

「何かあったら連絡ください!」

 プラエが止めるのも聞かず、穴に飛び降り、ゾンビが向かった方へと視線をやる。

「ここにもいるのか」

 ゾンビがいた。数は四。手前にいた奴が私に気づいて唾液を飛ばしながら何か叫んだ。

「あり・・・は? えん、な、ぺら・・・ぺら・・・、何? そーす?」

 そう聞こえた。聞き間違いかもしれない。どうでも良いか。

 掴みかかってきた腕を躱し、ナトゥラを眉間に突き入れる。後ろに気配を感じ、真横にすり足で移動する。つんのめった二体目をアレーナで引き倒し、後頭部に刃を突き刺す。

 振り返ると、王妃たちを担いだゾンビたちが、奥の扉をくぐろうとしていた。

「待て!」

 追おうとする私の前に、三体目、四体目が体で道を塞いだ。狭い通路上に並ばれれば、横からすり抜けることはできない。目をすがめ、相手との間合いを図る。ゾンビどもが同時に、意味の分からない単語を叫びながら襲い掛かってきた。

「リムスの共用語がわからないなら、死ね」

 いや、もう死んでるか。間合いに踏み込んできた三体目の足を切る。体勢を崩し、四体目の前に転倒し動きを阻害する。二体がちょうど重なった。ナトゥラに魔力を込める。コアに魔力が流れ込み、刃に炎と熱が宿る。

「ちいぃえぇぇっ!」

 上段からまっすぐ振り下ろす。頭に至るまでの軌道上に体の別の部位があるが、関係ない。刃の通過線にある全てを焼き切るのみ。大した手ごたえもなく、二体のゾンビの頭が二つに解体された。

 残心もそこそこに閉じたドアへと走る。ドアは鉄製で分厚く、押しても引いても叩いてもびくともしない。ナトゥラのパイルバンカーモードならこじ開けられるかもしれないが、そんなことをすれば魔力の使い過ぎで私が動けなくなる。それに、地盤が崩れて生き埋めになったら洒落にならない。舌打ちだけ残してすぐに家の中に戻る。護衛対象から目を離し、どころか連れ去られるなんて傭兵にあるまじき、信じられない失態だ。

 戻ってきた私に気づいたプラエが尋ねる。

「アカリ、王妃たちは!?」

「連れ去られました。急いで追ったけど、鉄の門に鍵が閉まっていて途中から追えません」

 こっちの状況は? と尋ねながら視線を巡らせる。ゾンビの侵入はないが、家の壁がボロボロになっていた。団員たち皆の疲労も蓄積している。

「そろそろ持ちこたえられないと思う。外に出たジュールからも何してるんだって怒鳴られた」

 プラエが通信機を手で振りながら答えた。どうする。王妃たちが連れ去られた方向は裏の勝手口方向とは逆だ。護衛対象と離れることにならないか。

「団長。ここはひとまず、逃げの一手かと~」

 珍しく、ティゲルが進言した。

「連れ去るという事は~、殺す以外の目的があるという事ですぅ~。王妃たちはすぐには危険な目に遭わないかと~」

 彼女の言う事も尤もだ。数秒逡巡し、決めた。まだ取り返せる。それを前提に行動する。

「まずはここから脱出します。そして、攫われた王妃たちを追う。ムト君!」

 防衛のためにドアの前に張り付いていたムトがこちらを振り向く。

「非戦闘員を連れて先に行って。ジュールさんと合流して安全確保をお願い」

「わかりました」

 頷き、行き掛けの駄賃とばかりに頭を突っ込んできたゾンビにとどめを刺した。

「プラエさん。爆弾をください。出来るだけ威力の高いものを」

「こんなこともあろうかと、色々準備しておいてよかったわ。必要分の魔力を流し込んだら色が赤から青に変わる。青になったら手から離して。五秒で爆発するわ」

 プラエから赤い筒状の爆弾を受け取る。

「では、後ほど」

 ムトがプラエたちを連れて家の奥へと向かう。壁際で防衛していたイーナたちに声をかける。

「ここを爆破します。合図したら、そのまま奥へ走って」

「「「了解」」」

 爆弾に魔力を籠める。赤い筒の色が徐々に変わり、紫を経て青に変わった。

「・・・離れて!」

 団員たちがドアや壁から手を離すと、脆くなっていたのか壁が障子みたいに簡単に破れた。勢いあまってゾンビ数人が重なり合い、ドミノ倒しになった。

「急げ!」

 最後尾の団員の背中を押して、自分も家の奥へと向かう。爆弾をドミノ倒しの真ん中に投げ入れ、家から飛び出る。

「こっちだ!」

 ジュールが樹海から手招きしていた。被害は無いようだ。ムトたちはまもなく彼らのもとに到達する。ジュールたちが先に倒したであろうゾンビの死骸を踏みながら、私たちも急いで家から離れる。

 一瞬辺りが明るく照らされ、背後から爆風が追い抜いて行った。体が浮き、地面に転がる。立ち上がって振り返れば、家は跡形もなかった。ぼとぼととゾンビの一部が空から落ちてくる。

「皆、無事?」

 倒れているイーナたちを起こしながら声をかける。大した怪我も見受けられず、返事もあることから、心配はいらなさそうだ。息を急き切りながら大木に寄りかかる。

「無茶苦茶だな。人の家を破壊するなんて」

 この声。

「エレテ!」

 振り返ると、家の残骸を挟んだ向こう側にエレテがいた。その横にはアルガリタとピウディスが確認できた。ゾンビたちに担がれている。反射的に引き返そうとしたら、わらわらと樹海からゾンビが現れ、私たちとエレテの間を遮った。

「お前たちが守るべき人間は、いまや私の手の中にある。残念ながら依頼は失敗だな、アカリ団長。失敗したのだから、このまますごすご逃げ帰るがいい。そうすれば、命までは取らないでおいてやる。これから忙しくなるのでな。相手をしてやる暇がないのだ。それとも、気が変わり、大人しく私の部下になるかね? それなら歓迎するが」

「せっかくの申し出だけど、魅力を感じないのでどちらもお断りするわ。二人を返してもらう」

「断る。彼らは大事な私の道具だ」

 彼ら、とエレテは言った。さっきの話でも言っていたように、奴にとって重要なのはアルガリタではなくピウディスの方か。

 状況を把握する。ゾンビ自体はそれほどの脅威ではない。死ににくいだけで、動きは単調だ。アスカロンの団員たちなら一対一ならまず負けないし、二、三体同時に相手取っても持ちこたえられる。だが、相手は住民に加えてゾンビ化したベルリー兵団だ。見える範囲だけでも戦力差は五倍以上ある。しかも、守勢ならまだしも、勝利条件はアルガリタ達を敵陣の最奥から助け出さなければならない。敵の壁に時間を取られている間に逃げられれば、それで私たちの負けが確定する。

「道具だと?」

 少しでも話を伸ばして、策を練る時間を稼ぐ。

「そうだとも。先ほどの話の続きをしようか。王子の出生の秘密についてだ」

 ゲームの悪党よろしく、勝ち誇った顔で語り出した。ゲームでなら、ここで横やりが入って悪党の計画が防がれるところだが、現実では・・・。

「それ、僕も知りたいな」

 エレテたちでも、私たちでもない、第三者が樹海に現れた。

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