第309話 ゾッとする話

「ラーワーへ向かうとして、問題は何でしょうか?」

 焚火を囲みながら、アルガリタたちをラーワーに運ぶための会議は続く。

「まず考えられるのは追手では」

 ムトが挙手して答えた。

「コルサナティオ王女がどれほど頑張っても、王妃を殺したいプルウィクス側はいずれ亡命に気づくでしょうし、アウ・ルム側もこれほど大規模な妨害をするくらいです。検問で見つからなければ次は捜索隊を向かわせてくるんじゃないでしょうか」

 アルガリタ自身も理由があれば殺されるものだと言っていた。

「追手も面倒だが、ラーワーへの道も厄介だな」

 地図を広げたジュールが言った。

「今俺たちがいる場所はプルウィクスとアウ・ルムの国境付近だ。ここからラーワーに行こうとすると、どうしても十三国連合の勢力圏内を通らないといけない」

 地図を見ると、ラーワーとアウ・ルムの間には、川のように十三国連合の支配地域が伸び、横たわっている。

「プルウィクスは言うに及ばず、他の同盟国にも検問が広がっていると考えていいんじゃないか?」

「可能性は高いかと思います」

 イーナがジュールの話を補強する。

「情報収集時、プルウィクスに隣接する国、ベルリーのフェミナン支店からも検問強化らしき動きがあると連絡がありました。その時は王妃が暗殺された後、アウ・ルムとの緊張状態に備えてのものだと思っていたのですが」

 アウ・ルムの検問と同時期であるなら、とんだフライングだ。十三国連合内でも、王妃暗殺計画は知られていたことになる。プルウィクスに集まっていた同盟国の要人連中は、どういう顔で葬儀に参列していたのだろうか。

 ともかく、彼らにとってもアルガリタには死んでもらった方が良い、という可能性が極めて高いわけなのだが、ここで一つ疑問が生じる。

 どうしてそこまで彼女の命を狙う必要があるのか?

 先ほどアルガリタは、国益を天秤にかけ、有益であればアウ・ルムは自分を殺すだろうと話していた。国益とは何か。

 私たちはてっきり戦争を仕掛けたいのではないかと考えていた。何らかの勝算が、もしくは準備が整った。向こうの不祥事の責任を追及する形でアウ・ルムはプルウィクスを攻め、飲み込もうとしているのでは、と。

 だが、と思考は巡る。戦いを吹っ掛ける方法は、アルガリタの死以外にもある。もちろん彼女の死はわかりやすい外交問題だ。第一次世界大戦も、一国の皇太子夫妻の暗殺がきっかけだった。けれど、固執する必要はない。王妃捜索にかける費用や労力を別のところに回し、違う機会を作ればいい。

 プルウィクスにしてもそうだ。なぜ暗殺を謀った。アルガリタの言う本当に命を狙う馬鹿がいたわけだが、そいつを唆した、狙わせた人間がいるはずだ。一個人の短慮な考えだけで実行できるはずがない。暗殺のための人員の手配など準備がいるはずで、短慮な人間にそんな真似ができるはずがない。逆だ。準備ができてから、馬鹿に持ち掛けたのだ。では馬鹿をけしかけた彼らの目的は何か。

 思いつくのはプルウィクスの弱体化。どう転ぼうと戦端が開けば真っ先にすり潰されるのはプルウィクスだ。弱ったプルウィクスを丸々飲み込もうと同盟国の連中は考えた。プルウィクスの魔道具技術はトップクラスだ。知識や技術、それを保有する人材を取り込むだけでも国力は変わる。連合内で足並みが揃わないなら、自分たちのものにしてしまえと考えてもおかしくない。

 同盟国内だけの話ではなく、『アウ・ルム』側とプルウィクスを折半するよう密約が結ばれていた可能性はどうか。アウ・ルムと話がついているなら、自分たちに被害が及ぶことはないのだから、戦争を起こした方が得策だろう。ただこの考えについても、さっきの話同様彼女の死以外でも理由は作ることができる。

 アルガリタでなければならない、何か他の理由があるのか?

 彼女自身、先ほど一瞬言い淀んだ。自分の命が狙われる、何か別の心当たりがあるに違いない。いつそれを引き出せるかが問題だ。

 無理には引き出せない。相手は二十年間も敵国の中枢で生活してきたスパイの見本みたいな人間だ。覚悟と経験と面の皮の厚さが違う。何らかの譲歩、交換条件を出せなければ厳しいか。

 ちらとアルガリタの方に視線を向ける。疲れてまた眠ってしまった王子を膝枕していた彼女は顔を上げ、こちらに気づいた。にや、と笑みを返してきた。アルガリタが何かを隠しているんじゃないか、と、こちらが疑っていることに気づいている。

 首を振る。敵の手が迫っているこの時に、その考えにこそ今は固執するべきではない。

「追手を振り切るためにも、待ち伏せを回避するためにも、プルウィクス、ベルリーの人里は通れません。なので、我々が目指すべきはここ」

 地図の一点を指さす。何人かはげんなりと顔をしかめた。気持ちはわかる。こういう場所に、いい思い出が一つもないからだ。

「アルボル樹海を突っ切ります」

「それが一番安全で確実なのはわかっちゃいるんだが、なあ?」

「はい・・・、森には、嫌な思い出が・・・」

 ジュールとゲオーロが曇り切った顔を見合わせた。

「どうしたの? あなたたち、確かコルサナティオをプルウィクスまで護衛する際、森を抜けて来たんでしょう? 得意分野なのではなくて?」

 アルガリタが気やすく言ってくれる。得意なんじゃなくて必要に迫られて越えざるを得なかったのだし、そもそもお前のせいだろうが、という怒りを何とか飲み込んだ。

「森が森のまま、人の手が入らずに存在するには何らかの理由がある、と考えるべきです」

 怒りを平静の下に押し込み、アルガリタに説明する。

「話にありましたコルサナティオ王女と共に横断した森には、サルトゥス・ドゥメイという上位種のドラゴンが生息していました。普通は近づくことすらしません」

「では、このアルボル樹海にも、何かあると?」

「可能性は高いかと。・・・ティゲル」

 サルトゥス・ドゥメイの森を抜ける際にも助けてくれた彼女を呼ぶ。

「はい~、アルボル樹海について、ですねぇ~」

 顎に人差し指の第二関節辺りを当てて記憶を探ることしばし。

「プルウィクス、ベルリー、アウ・ルム、ラーワー。四つの国が接するアルボル樹海は、広さが大体千平方キロメートルです。樹海を囲むようにして、ラーワー南にある連山から流れた雪解け水が流れ込む三つの湖が存在します。ちょうど、三角形の頂点に湖がある形で、樹海は三角形の中にある、そんなイメージでしょうか。なので、湿度はかなり高いかと」

 独特な生態系が築かれていそうだ。嫌でもジュビアの森を思い出す。プラエに、閃光手榴弾を多めに作ってもらおう。光の届きにくい深い森の中、強烈な光は目くらましに最適だ。

「樹海の中に、街や村などの存在は?」

「領土としてはベルリーに属し、川の下流にはベルリーの首都があるのですが、樹海に街や村が存在する、という話は正直聞いたことがありません。樹海出身者の話も同じく聞いたことはないです。ですが、人がいないとは言い切れないですね。犯罪者等、普通の街や村で住めなくなった者、追い出された者が隠れ住んでいる可能性は否定できないからです。元々は海賊が隠れ住んでいた島が、人が集まり、今は国家として機能しているケースもありますので。また、怪我を負った団長がインフェルナムに運ばれた場所のような、隠れ里が存在しているケースはあるかもしれません」

「人が近づかないから、外界から切り離された独自の生活を送っている村があるかもしれない、と」

 アマゾンの原住民みたいな感じか。

「危険な生物に関しての情報はある?」

「強い毒性を持つ生物、植物が多いので、むやみやたらと触れない方が良いかと思います。体は皮膚をさらさないようなるべく覆い、手袋はしていた方が良いですね。また、川に住む魚も危険なものが多い。巨大な人食いナマズ『シルルス』、群れで自分の何倍も大きい獲物を狩る『サルダン』などでしょうか。彼らは非常に匂いに敏感で、特に血の匂いを嗅ぎつけると群がってきます。怪我したまま川には入ってはいけません。ものの数分で骨にされます」

 最後に、とティゲルが続けた。

「このあたりの樹海には『パラシー』に寄生された生物がいるはずです」

「パラシー?」

 私ではなく、プラエがおうむ返しに尋ねた。

「ああ、そうですよね。魔術師のプラエさんの方が馴染みありますよね」

「ええ。傷につける軟膏を作るには、パラシーの持つ性質が必要だからね。この辺りが生息域かぁ」

「各地で売買されるパラシーのほとんどは、ベルリーから輸出されています」

 ティゲルが軟膏とパルシーの昔話を聞かせてくれた。

 昔、他の魚に襲われたか、傷だらけの魚が網にかかった。傷があっては売り物にならんと嘆く漁師の目の前で魚の傷が塞がっていった。驚いた漁師が魔術師に事の次第を伝え、その魔術師がパルシーを発見した。リムス中に普及する、軟膏の誕生である。

「現在では水の中にも存在していることがわかっているので、最も南にある湖にパラシーの加工場を作り、ベルリー王家が厳重に管理していますね」

「湖で? 首都近くの川じゃなくて? 不便じゃない?」

「どうやら、パルシーは川を流れていくうちに弱り、死滅するようなんですよ。昔話の傷が塞がった魚の発見は、かなりの偶然が重なった結果と言われています」

「それじゃあ、川沿いであってもベルリー以外では見つからないってこと?」

「その通りです。パラシーはプラエさんはじめ多くの魔術師の方が媒体として利用していますが、いまだに生態はよくわかっていないのです。なぜ湖から離れたら死ぬのか、傷を塞ぐ性質があるのか。そもそもが、死んだ生物に寄生して操るという特性自体が謎です」

 ・・・ん? まて、ティゲルは何を言っている。死んだ生物に寄生して、操る? それはまるでゾンビではないか。昔、ゾンビがリムスには存在すると聞いたことはあるが、まさか、それが、パルシーだというのか?

 そう尋ねると、ティゲルはきょとんと今更何を、という風な顔をして「そうですよ」と頷いた。

「パルシーに寄生された死骸は、操られ、周囲にいる生物を見境なく襲います。新たな寄生先を増やすためだと言われています。樹海は、おそらくパルシーに寄生された凶暴な死骸『ゾンビ』が徘徊しているはずです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る