第307話 進路変更
「危ないところでしたね」
馬車がかなりの距離を移動し、停車した。外を監視していた者から「もう大丈夫だ」と声がかかったところで、私たちの拘束が解かれた。肩をほぐしながら体を起こす。同じようにプラエとムトも体を起こした。
「ありがとう。助かったわ」
目の前に座る女性に頭を下げる。「みんなも、本当にありがとう」と馬車の内と外を囲むアスカロン団員たちに礼を言う。
「いえ、ご無事で何よりです。間に合ってよかった」
「しかし、随分と雰囲気が変わるのね。最初に見た時はわからなかった。魔道具を使っているわけではないのでしょう?」
「ああ、これですか? もちろんです」
女性はそう言って自分の金髪を掴むと、ずるりと金髪が抜けた。代わりに現れたのは豊かな赤い髪だ。女性は同じ調子で口から綿を抜いたり化粧を落としたりと、次々と変装を解除していく。後に残ったのは見知ったイーナの顔だ。
「どう化粧を施せば人からどう見えるのか、自分の印象を操作する術を、オーナーから最初にみっちりと学びますので。実年齢から十歳前後はカバーできます。視界が悪くなる夜という状況も有利に働きました」
英才教育を施した友人に感謝しつつ、早速作戦会議を、というところで。
『そろそろ出してくれない?』
床下から声が響く。私、プラエ、ムト以外の全員がぎょっとして馬車の中で立ち上がり、荷台がバランスを崩しかけた。
「申し訳ありません。すぐに開けます」
団員たちに荷台から降りてもらい、床板と床下を区切っていた仕切り板を外す。差し伸べた手が掴まれたのを確認して、ゆっくりと引っ張り上げる。
「息が詰まるかと思ったわ」
外に出てきたアルガリタがパン、パンと服の埃を払う。そして体を屈め、床下に頭を突っ込んだ。
「ほら、もう大丈夫だから出てきなさい」
彼女が呼びかけると、床下から小さな手が出てきた。アルガリタに支えられながら、にゅっとピウディスが顔を出す。怯えた顔でこちらを眺め、視線が自分に集まっているのをみるやアルガリタの影に隠れてしまった。
「御免なさいね。少々人見知りなのよ。さ、こちらは気にせず、作戦会議をはじめてちょうだい」
「それでは、お言葉に甘えまして。・・・まずは状況の整理から」
現在アスカロンがいる位置はオリオとプルウィクスの間にある街道沿いだ。
「イーナ、教えてもらえる? どうして突然検問が始まったの?」
「それが、私たちにもわかりません」
彼女たちは、私たちがプルウィクスに行っている間、セーフハウスやアンたちを通じてアウ・ルム貴族たちに働きかけるなど、アルガリタ達を受け入れる準備を進めてもらっていた。だが、情報を集めるにつれてアウ・ルム軍内部で妙な動きがあることを察知し、オリオで私たちを待っていたようだ。
「私たちの調べた限りでは、オリオだけではなく、アウ・ルム領に入る全ての馬車の荷台が調べられているようです」
「いつ頃から?」
「おそらく、ですが、団長たちがプルウィクスに向かった日の前後からだと思います」
「これまで、あんなに調べることってあった?」
「いえ、ありません。これほど検問が強化されたのは初めてです」
彼女の話は、私の推測を補強していく。
「ねえ、それ何かおかしくない?」
プラエが言った。
「さっきの荷台の調べ方もそうだったけど、まるで誰かを探してるみたいだった。誰かは、多分王妃のことだと思うんだけど。でも、私たちは事件発生からかなり急いでここまで来たのよ? しかも表向きは、王妃の安否はまだ不明のはず、でしょ?」
「そうですよね」
ムトも頷く。
「暗殺事件があったことすらまだ届いてないはずです。プルウィクスのコルサナティオ王女が協力者であるなら、その情報も僕たちが王妃を亡命させるまでは公開しないでしょう。事件すら把握していないのに、アウ・ルム側が王妃の亡命を察知することなど不可能です」
そう、不可能のはずだ。だが、現実は強化された検問が物語っている。
「情報が漏れていたのではなくて?」
アルガリタの声が絡まった疑問の糸を断ち切った。シンプルに、最も可能性が高いのは、やはりそういう事になるか。
「素人が口を挟んで申し訳ないのだけれど、そうとしか思えなかったもので、つい」
「いえ、王妃のおっしゃる通りだと思います。情報が漏れていなければ、こんな、事前に準備していたかのような検問は実施できません」
「問題は、どこから漏れたか、ということかしら?」
彼女の察しの良さに改めて感心しながら頷く。
「私は当初、アウ・ルム側からの依頼だと思っていました。王妃の命を守ろうとするご実家から、そのご実家の関与が疑われないよう人の手を渡って我々のもとに依頼が届いたのだと。もちろん、アウ・ルム側に葬儀の詳細がわかるはずもないから、プルウィクス側から裏で接触があったのは疑う余地もありません」
「コルサナティオ王女が協力的だったのもその為よね。もしかしたら彼女の方から王妃が狙われているって情報がリークされたのかも」
プラエの言う通りだ。コルサナティオがアルガリタの危機を察知し、王妃を守るためにアウ・ルム側へ情報を流し、今回の話が転がり始めた。
「となると、また疑問が生まれます。情報が漏れたとして、プルウィクス側で妨害されるなら話はまだ分かります。ですが、守りたいはずのアウ・ルム側で妨害を受ける理由がわかりません」
アルガリタ達が殺されて困るのは、アウ・ルム側ではないのか。王妃が死ねば彼女とアウ・ルムとの繋がり、機密情報などの漏洩が明るみになり、外交問題へと発展し、ゆくゆくは戦端が開かれることになる。
「殺されて困らないから、こういう状況になっているのでしょう?」
他人事のようにつぶやいたのはアルガリタだった。
「アウ・ルムも一枚岩ではない。私が死んだ方が良いと考える人間はいる」
「そんな馬鹿な。自分の国の貴族を殺されても良いと考える奴がいると?」
プラエの疑問に、アルガリタはむしろどうしてそんな疑問が浮かぶのか、という顔で応えた。
「国家の利益を天秤に賭けて、殺した方が良いと判断されればどんな身分の人間もあっさりと殺されるものよ。それに・・・」
「それに?」
続く言葉を待ったが、アルガリタは首を振った。
「いえ、おそらくは戦端を開きたい人間がいるのでしょう。私の勝手な想像だけど、プルウィクスを含めた十三国同盟をアウ・ルムは目障りに思っている。アウ・ルムが目障りだと思うのなら、当然他の残った三国も思っているはず」
「まさか、ラーワー側とアウ・ルム側で結託していると?」
アウ・ルムがプルウィクスと争うことになれば、最も厄介なのは一番近い大国ラーワーだ。だが、そのラーワーがアウ・ルムのやることを黙認するとなれば話は変わる。
「そこまではわからないけど、どこの国、どこの首脳陣であっても、人間が考えることはどこでも似通ってくるものでしょう。また、コルサナティオの苦労を見るに、最近の連合は上手く協力体制が取れていない。大国からの圧力がなくなり解放された彼らは、欲望のままバラバラに動いている。その隙をつくのは容易い」
もう一度言うけど、あくまで私の勝手な想像よ、とアルガリタは言った。国家間のどろどろした駆け引きが私たちの知らないところで渦巻いている。だが、彼らの思惑など知ったことか。私たちのやることは一つだ。アルガリタたちを亡命させること。
「王妃がアウ・ルムに狙われる理由はわかりました。アウ・ルムには行けません。かといってプルウィクスに戻ることもできない」
「では、どうする気? このまま同行すれば、あなた方にも危険が及ぶ。厄介な荷物である私たちをここで殺す?」
どこか楽し気に、私を値踏みするような目でアルガリタが見ている。
「依頼の放棄はもっとできません。我々のような小さな傭兵団は少しでも信頼を損なえば終わりです。幸いなことに、どこに亡命させるかの指定はありませんでした」
私をよく知る団員たちの脳裏には、きっと嫌な予感がよぎったはずだ。もちろん、私は笑顔で気づかないふりをする。
「あの、団長。それは、言うまでもなくアウ・ルムに亡命するだろう、と依頼人からの暗黙の了解では」
「言われてないという事は、そんな指示はなかった、ということと同じよ。証拠はない。書面作ったわけでもないし、口約束すらもしていないのだから」
イーナの指摘を、私は屁理屈で押しやった。私の中に忖度というものは存在しない。相手の事を気遣う余裕などあるわけない。
「それで、イーナ。アンに対してこれからの予定などを伝えることはできる?」
「もちろんです。・・・オーナーの天を仰ぐ姿が目に見えるようで心苦しいですが」
「私たちが失敗して全滅するよりはましでしょう」
「そりゃそうですけど」
言いつつ、イーナは記録のための準備を行う。
「団長さん。結局私たちはどこに向かうの?」
アルガリタの問いに答える。
「アウ・ルムもダメ、プルウィクスもダメとなれば、第三国に向かうしかない。私の伝手がある場所で、あなたのような大物を匿ってくれそうな人物はただ一人」
縁は結んでおくものだとしみじみ思う。断られる可能性はあるが、その時はその時だ。
「ラーワー随一の鉄鋼の街、ミネラを目指します」
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