第306話 蓄積する不安

「一体、どういう事でしょうか?」

 ムトが取り囲む兵士たちの真ん中にいる、この部隊の隊長らしき男に尋ねた。

「悪いが、荷台を調べさせてもらう」

「こちら急いでるんですが・・・、あ、ちょっと!」

 ムトの返事を聞く前に、部隊長は部下に指示を出した。兵士たちが御者台にいたムトを突き飛ばす様にして下ろし、中に入っていた私とプラエも外に連れ出される。私たち三人は荷台の前に整列させられた。取り囲む兵士たちは、武器こそ突き付けていないが、いつでもこちらを取り押さえられるよう警戒しているのがわかった。

「荷は何だ?」

「魔道具やその媒体よ。プルウィクス産の魔道具は高く売れるからね」

 ぶっきらぼうにプラエが答えた。彼女の目の前で、乱暴に箱の中身がぶちまけられる。

「丁寧に扱ってよ。傷つけたり、爆発したら弁償してもらうからね」

 尖った声で釘を刺された兵士が爆発という単語に一瞬たじろぎ、中身を慎重に取り出す。その間、私は彼らの動きを観察する。彼らが何を探しているのか。私が持っているリュックやプラエの魔道具入れ用の袋は見逃された。荷台の中の箱も、比較的大きなものをメインに探り、小さいものは後回しか、手をつけようともしない。比較的大きなものを探している・・・まさか。

「一つお聞きしても?」

「なんだ」

 部隊長が兵士の作業から目を離さないまま応えた。

「何をお探しなんです?」

「答える義務はない」

「そこを何とか教えて頂けませんか。私たちがアウ・ルム領からプルウィクス領に向かうときには、こんな強引な検査はされませんでした。私たちがアウ・ルム領から出た時と今とで、何かあったんですか?」

「答える義務はないと言っただろう。大人しく待っていろ。こっちだって仕事が増えて大変なんだ」

 苛立った口調だった。急に増えた、ということだろうか。私たちがアウ・ルム領から出た時と今の間に起きた事と言えば、当然のことながら王妃暗殺未遂があるが、それが原因なら少し引っかかる。

 もし犯人を捜しているのなら、調べるのは人間であって積み荷ではない。その場合取り調べられるのは私たちになるが、その気配がない。では荷物を探っているのは証拠を押さえるためなのか?

 仮に犯人探しのためだとして、ここに検問を張るよう指示がいつ届いたというのか。

 暗殺事件の犯人が逃亡し、国外逃亡のため国境を越える恐れがある、犯人を見つけたら取り押さえてほしい、とプルウィクスからアウ・ルムに対して交渉が行われる。この手続きを踏んでようやくオリオの彼らに指示が伝わる。伝書鳩やそれに類する魔道具を用いたって、少なく見積もっても二日以上はかかるはずだ。想定よりも早すぎる。

 ならば違う理由か、と言われれば、それもまた首を傾げざるを得ない。他にどういう理由でこんな厳戒態勢を敷くのか答えが思いつかないからだ。王妃暗殺未遂事件が関係しているのではないのか。

 先にオリオに入ったジュールたちから検査があったという話は届いていない。

 彼らは検査を受けなかった? であるなら彼らと私たちの違いはなにか。馬車、荷物を積むことができる台を使っていたか否かだ。彼らは徒歩、もしくは馬で入っている。逃げるのを最優先にしたために荷物は最小限にした。人が入るような箱もリュックも袋も持っていない。そして今目の前で探られているのは、人が入りそうな箱や袋だ。

「団長。もしや、彼らは」

 ムトも気づいたらしい。小声で私に耳打ちしてきた。頷きだけを返す。

 彼らが探しているのは、おそらく王妃たちだ。

 だが、もしこの仮説が正しければ、疑問が一つ解消される代わりに新たな疑問が多数浮かんでくる。なぜ彼らは『王妃が亡命した事』を知っているのか。王妃の亡命にアウ・ルム貴族が関わっているとして、彼らにとって王妃は身内のはずで、無事に生還してほしいのではないのか。むしろ、黙って通過させるように計らうのではないのか。

 王妃の嫌な予感が私にも伝染した。以上のことから推測できることは、私たちが王妃暗殺未遂を防いで亡命する前から、この検査は行われていたということになる。これが意味するところは・・・。

「おい」

 部隊長が私を手招きした。

「何でしょう?」

「貴様ら、何か隠していないか?」

「何か、とおっしゃいますと?」

 幌の方へ視線を向けると、兵士の一人が顔を出していた。

「あちらの兵士さんがもう調べられたのではないのですか? 何かあれば、報告があったでしょう」

「部下からは、特に報告はなかった。だがな、少し気になるんだよ」

「何が、でしょうか?」

「この馬車、ちょっと大きくないか」

「そう、ですかね? 普通だと思いますが。まあ、金がないから廃材で自作したので、他人の馬車よりサイズが違うこともあるかもしれません」

「なるほど、自作か」

「ええ、自作です」

「じゃあ、床板が分厚いのは使った廃材のせいか?」

 部隊長が幌の中の部下を指さす。

「幌の中に立っている部下と、幌に立てかけてある槍が見えるな。普通の幌なら、大体あいつの頭が槍の穂先くらいに相当する。だが、貴様らの幌の中で立つと、見ろ。あいつの頭は穂先を超えている。車輪の大きさや幌の底部分の位置は他の馬車と変わらない。そして、あいつの身長から見て、荷台の大きさもさほど他のものと変わらない。つまり、床が槍の穂先の長さほど分厚いってことだ。三十センチ以上床を分厚くした理由はなんだ」

「それは・・・」

「それは?」

 私の言葉を、部隊長は勝ち誇った顔で待っている。

「いえ、説明するよりも、見てもらった方が良いでしょう」

「何?」

 肩透かしを食らった部隊長を手招きし、私は幌に上がる。

「ここを見てください」

 私は床に彼らの視線を誘導する。

「ここに、床下収納があります」

「・・・なぜ、そんなものを?」

「アウ・ルムの方に言うのは憚られるのですが、我々はラーワー特産の味噌や醤油を運搬することがあります。それらの商品は、暗所で保存する方が良いと聞きましたもので、その為に改良しました」

「味噌、醤油だと?」

「ええ」

「では、開けて見せろ。味噌や醤油なら、見られて困ることもあるまい!」

「わかりました。どうぞ」

 私は床下を開ける。部隊長が率先して中に頭を突っ込む。彼が目にしたものは。

「・・・馬鹿な」

 彼の目には、床下の木の木目が映っていることだろう。部下からランタンをひったくって、周囲を照らすも、同じ光景が写るのみだ。

 種を明かすと、入れた物が消える箱のマジックと同じトリックを使った。アルガリタ達に床下に入ってもらった後、入り口と彼女らがいる場所を仕切るようにして鏡を斜めに差し込んだ。部隊長が見たのは、鏡が反射した床下だ。暗がりというのも功を奏した。ランタンの炎が揺れる明かりでは、ライトのように鮮明に見えることもない。

「何も、無い・・・」

「売り切れてしまったので」

 肩をすくめる。歯噛みする部隊長が、ゆっくりと体を起こした。

「そんなに欲しかったんですか? 申し訳ありません。次回、隊長さんの分をキープしておきますよ。ですので、もう行っても?」

 部隊長は頬を引きつらせながら、部下に包囲を解かせ、門を開かせる。ムトとプラエが「すみませんねぇ?」と兵士たちの前を手刀を切りながら進み、馬車に戻ってくる。

「行きましょう」

 ムトが頷き、馬に鞭を入れる。ガタンと振動が体を伝い、ゆっくりと進み始めた。やれやれ、どうなる事かと思ったが、何とか切り抜けられそう・・・

『う、ううん』

 びくりと体が固まる。よりにもよってこのタイミングで!

「おい、今、何か声がしなかったか?」

「ああ、何か、子どもの、声みたいな?」

 近くの兵士が怪訝な顔でこちらを見ている。

「ううん! ああ、長旅疲れたぁ! 早く休みたいなあ!」

 プラエが下手くそな演技をした。

「おい、止まれ」

 小走りで兵士の一人が追ってくる。ムトは聞こえなかったふりをして馬を止めずに進ませる。

「聞こえないのか、おい! 止まれと言っている!」

 ムトの視線がどうする? とこちらに尋ねている。強行突破するか、大人しくするか。後々のことを考えれば、ここで強行突破すればお尋ね者になり、アウ・ルム内で活動し辛くなるだろう。だが、ここを超えなければ活動どころか生命活動が停止してしまう。

 兵士の人数を思い出す。突破するだけなら手持ちの魔道具でもできないことはない。やるしかないか。新たな相棒ナトゥラを握る。私の様子を見ていた二人も、覚悟を決めた顔をして・・・。

「その馬車、止まりなさい!」

 馬車を止めた。馬車の前に新手が現れたのだ。門を塞ぐようにして現れた新手の中から、一人の女性が進み出る。長くウェーブした金髪にチョコレート色の肌をした、眼鏡をかけた三十代くらいに見えるスレンダーな女性だった。

「あなたは?」

 馬車に追いついた部隊長が女性に身分を尋ねた。

「私はさるお方より密命を帯びた者です。そこにいる者たちを追ってまいりました」

 女性はそう言いながら部隊長に手のひらサイズの板を見せた。

「これは、アウ・ルム憲兵部隊章。もしやあなた方は・・・」

 女性が板を懐にしまいながら頷く。

「申し訳ありませんが、そこの者たちを私どもに引き渡していただけますか。任務の特性上詳しくはお話しできませんが、そいつらはある犯罪にかかわっている可能性がある重要参考人なのです」

「はっ、かしこまりました!」

 部隊長が敬礼で応える。

「ひっ捕らえろ! 一人も逃すな!」

 女性が後ろに控えていた男たちに指示を出す。男たちは続々と幌に乗り込み、私たちを取り押さえた。

「チクショウ、離せ、離せよ!」

 後ろ手に拘束されながらも、私は身を捩り逃げようとする。

「観念しなさい! これから、あなた方のアジトに案内してもらいますよ!」

 私を見下ろしながら女性は叫んだ。観念し、私は項垂れる。抵抗の意思が無くなったのを見て、女性は部隊長たちに向き直った。

「皆さんの働きのおかげで、国家を脅かす犯罪の芽を摘み取ることができました。感謝いたします」

 笑みを浮かべ、女性は優雅に一礼をして見せた。麗しい女性の笑顔と感謝の言葉に、部隊長たちは誇らしげに胸を張り「当然のことをしたまでです!」と女性に敬礼した。

「頼もしい限りです。あなた方のような誇り高き兵士たちが守ってくれているからこそ、民は安らかに過ごせているのだということを再認識しました。これからもお互い頑張りましょう」

「ははっ! もったいなきお言葉であります!」

 兵士たちの敬礼を受けながら馬車はUターンし、オリオから離れていった。

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