第305話 国境付近にて

「協力者は、コルサナティオ王女だったの?」

 移動の馬車の中で、プラエが変装用の付け髭を外しながら私に尋ねてきた。

「おそらく」

 こちらもカツラを外し、事前に調達していたプルウィクス兵の制服をしまいつつ答える。

「アンからの情報には、当日の警備の配置や、城内の見取り図、そして王妃がどの馬車に乗るかまでありました。そんな情報、葬儀関係者、それもかなり上位の権限を持つ人間にしか手に入らない。また、近くにいた彼女なら撃たれたはずの王妃の胸には傷がなく、流れたのが彼女の血ではないとすぐに気づいたはず」

 何より、すぐに運び出せだの、困ったら自分の名前を出して良いだの、こちらが欲しい反応をしてくれた。普通であればあの警備兵のような反応をしているだろう。台本でもあるかのような彼女のセリフを聞いて、協力者は彼女ではないかと推察した。

「協力者、情報提供者本人でなくても、その関係者であることは間違いないはずです」

「自分を殺しかけた相手を助けるものかな?」

 かつて暗殺者を雇い、王妃アルガリタはコルサナティオ王女を亡き者にしようとした経緯がある。未遂に終わったとはいえ、今なお後継ぎ問題が残るプルウィクスでは敵同士のままだとは思うが。

「さて、そこばかりは彼女から話を聞かないとわかりませんが、彼女には頼りになる側近がいます。そこから話が来たのかもしれません」

 あの義手の男なら、情ではなく理で動くだろう。王妃が暗殺された場合のメリット、デメリットを読み、最も大きな利益、もしくは被害を最小限に抑えるために画策した結果が暗殺阻止に傾いたと考えられる。もしかしたら、後継ぎ問題を解消するために利用したのかもしれない。彼ならきっとそうするだろう。

「それに、彼女は賢い。話はなくとも、王妃が暗殺された場合の影響を考えたのかもしれません。十三国連合の橋渡しをしている彼女は、現在の連合の内情をよく知っている。この状況でアウ・ルムと事を構えるのはマズイと考え、暗殺を阻止しようと動いていた」

「なんともまあ、簡単に自分の命を投げ出そうとしたお姫様が、したたかに育っちゃって」

 嬉しそうにプラエが言った。全くです、と同意する。

「私たちの推測が正しければ、プルウィクスの追手についてはコルサナティオ王女が押さえるでしょう。こちらの依頼が完了し状況が落ち着けば、プルウィクスにとってもアウ・ルムにとっても妥当な発表をするに違いありません」

「じゃあ、王女のためにもさっさと依頼を片づけないとね」

「ええ」

 とはいえ、最も困難であろうプルウィクスさえ脱出できてしまえば、後はアウ・ルム領内に逃げ込むだけだ。

 まもなく関所、というところで「うん、ん」と荷台の後ろから声がした。もぞもぞと体を捩り、ゆっくりと彼女が目を覚ます。

「ここは・・・」

「お気づきになられましたか? 王妃様」

 覗き込み、声をかける。うつろな目の焦点が、徐々に定まり始め、私を捕捉した。

「あなた、いつかの傭兵?」

「まさか覚えていただいていたとは、光栄ですね」

 言葉を返しつつ、驚く。通常、こんな状況で目を覚ませば混乱し取り乱すものだ。なのに、彼女は平然とした様子で自分の状況把握に努めている。並みの胆力ではない。ゆっくりとあたりを見渡し、自分の傍に眠るピウディスを見て少しほっとしていたが、それ以外は落ち着いた様子を見せた。危険は無いと判断したか、ゆっくりと体を起こす。

「悪いけど、状況を教えてもらえる? どうして私たちはここにいて、あなたたちに連れまわされているのか。気を失う前は、確か葬儀に参列していたはずなんだけど」

「もちろんお教えしますよ。騒がないでいてくれれば」

「この状況で騒ぐほど若くもなければ馬鹿でもないわよ」

 皮肉っぽく口を歪めてはいる。確かに騒ぐつもりも、抵抗する様子もない。かといってどうぞ好きにしてくれ、などという投げやりな印象や諦めた様子もない。自分がどういう立場にあるのか、相手である私たちの目的が何なのか、それら全てを把握し、秤にかけて、最善手を打とうという覚悟が見えた。

 油断はできないが、条件次第では協力できる相手。私はアルガリタをそう判断した。

「結論から申し上げますと、王妃様とピウディス王子は、命を狙われておりました。私たちはそれを防ぐために依頼を受け、王妃様たちをプルウィクスから脱出させたところです」

「狙われる理由については、心当たりはいくつかあるけど。実際に狙ってくる馬鹿がいるとは思わなかったわ。犯人については何かわかっていて?」

「いえ、そこまでは。ただ、計画を阻止し混乱を引き起こしてきましたので、犯人の尻尾はポロッと出たのではないかと思います」

「残った連中が尻尾を掴んでくれるのを祈るのみね。頼もしく成長した娘がいるからそれに期待しましょうか。それで? あなた達は私たちをどこへ連れていくつもりなの? それとも、殺してどこかに埋める気?」

「殺すつもりならわざわざ危険を冒してまで王城から運び出したりはしません」

「とは言うけれど。目覚めた私にとっては、あなた方が味方かどうかは判別がつかないわ。誘拐、という線も捨てきれないし」

 それなら、とプラエが口を挟んだ。

「証拠になるかわからないけど、あなたの体内にあったメリトゥムは除去したわよ。殺すつもりならそんな面倒なことはしないでしょう?」

 言われ、アルガリタは頭に触れた。メリトゥムの本体がはめ込まれた髪飾りを探しているのだろう。それが見つからないことに、わずかに目を見張った。

「死ぬまで取れないと思っていたのだけど、存外簡単に除去できるのね。こんな秘密を隠されたままだったなんて、二十年いたけどまだお客様扱いだったのかしら」

「いえいえ、私が発見した新しい理論なので、多分王族の皆さんも魔導研究所の魔術師も知らないでしょう」

 プラエの自慢話を聞いて「へえ」と感心した様子でアルガリタは柏手を打った。

「それは素晴らしい。頼もしいわ。頼もしさに免じて、新しい理論の実験台にされたことは大目に見ましょう」

「はは、どうも」

 冷や汗をかきつつ乾いた笑いを上げるプラエと、意地の悪そうな笑みを浮かべるアルガリタのやり取りを見ながら感心していた。今のプラエとの会話だけで、アルガリタは新しい理論なのだからこれまで実施されたことはない、つまり自分が最初に試されたのだ、とすぐに理解した。やはり頭がいい。迂闊なことは彼女の前で喋れないと肝に銘じる。

 誘拐でも、命を奪うつもりでもないと一応の理解を得たところで、話を再開する。

「今現在、我々はアウ・ルムへ向かっています。もう間もなく、プルウィクスとアウ・ルムの境にある関所に到着する頃です」

「プルウィクスから一番近い関所があるのは、アウ・ルム領オリオね」

「はい。そこで先にプルウィクスを脱出していた他の団員たちと合流し、ラクリモサへと向かいます」

「ラクリモサ?」

「ええ。そこに依頼人がいます。それが、どうかされましたか?」

 アルガリタが思案顔をしていた。しばらく考え込んでいたようだが、ふるふると首を振った。

「いえ。何でもないわ。気にしないで」

 それよりも、とアルガリタが続けようとしたところで、御者をしているムトから声がかかる。

「団長、これから関所の順番に並びます」

「了解。・・・という事ですので、申し訳ありませんが、ちょっと隠れていてもらってもよろしいですか」

 荷台の床を開く。底を二重にして作った隠し収納スペースだ。馬車が順番に並んだか、止まった。そのタイミングでピウディスを音を立てないよう注意して運び入れる。

「では王妃もお願いします」

「その前に、さっき言おうとした事なんだけど。オリオに入るの、今からでも止められないかしら」

「何故です?」

「嫌な予感がしてきたからよ。上手く説明できなくて申し訳ないのだけどね」

 どういう意図があってのことだろうか。この期に及んで交渉でもするつもりか? いや、交渉するならもっと別のアプローチがあるはずだ。では素直に受け取って、嫌な予感がするから入るなという話になるが、こちらとしてはオリオの中に先にプルウィクスを出た王妃狙撃犯であるジュールたちがいる。彼らと合流しなければこの先の行動に支障が出る。まだプルウィクス領内にいるというのも落ち着かない要因だ。安全圏にさっさと入ってしまいたいと急く気持ちがある。

 馬車が進み始める。外から声が聞こえてきた。関所の門番たちだろうか。流石に今から引き返せば怪しまれてしまう。

「とにかく、今は隠れてもらえますか」

「わかった」

 床下にアルガリタが入ったのを見届けて、床板を閉める。

 勘には二種類ある。一つは虫の知らせだとか、本能だとか、そういう何もないところから突然現れるもの。そしてもう一つが、その人物がこれまで積み重ねてきた経験や知識が無意識に作用して、勘として現れるものだ。意識上では見逃しているちょっとした違和感が無意識下に積み重なって、説明はできないけれどもやめた方が良い、という勘として表出することがある。アルガリタの勘がどちらかわからないが、無視するのもなんだか、それこそ嫌な予感がしてきた。オリオ領で休むつもりだったが、止まらない方が良いかもしれない。すぐに出ても良いだろう。

「うおっ!」

 ムトが驚きの声を上げ、馬が嘶いた。馬車が急停車する。

「どうしたの!」

 すぐに幌の中から顔を出す。理由はすぐにわかった。私たちの馬車が、武装した兵士たちに取り囲まれていたのだ。

「遅かったかしら?」

 床下から呑気な声が聞こえた。

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