第304話 かつての問いに対する答え

「一体どういう事なんだ!」

 プルウィクス城の一室、明かりも点いていない薄暗い中で戸惑いが反響する。

「計画と違うではないか。あのような、多くの民衆がいる前で殺せば、自殺だと言えないではないか!」

『そ、それが、我々にも何が何やらさっぱりで』

「言い訳は聞かん! どう責任を取るつもりだ!」

「責任?」

 慌てた様子で振り返ると、部屋の前に一人の女性が立っていた。美しいドレスの前面を真っ赤に染めた、プルウィクス第二王女、コルサナティオだ。

「一体誰が、何について、どう責任を取る、というのでしょうか。お教えいただけますか。リッティラ王子」

 彼女の愛らしい唇が目の前の男の名を告げる。

「いや、コルサナティオ。これは、お前には関係のない話だ」

 リッティラはすぐさま取り繕い、言葉でけん制する。するとコルサナティオはわざとらしいくらい明るい声を出した。

「まあ、王子ったら。酷い汗をかいてらっしゃいますよ」

「ん、ああ。そのようだ。着替えてくる」

「その前にどうぞ。お飲み物です」

 彼女の手には透明の液体の入ったグラスがあった。差し出されたそれを受け取り、リッティラは喉に流し込む。確かに喉は渇いていた。しかし、流し込んだ液体は更に喉を焼いた。リッティラは顔をしかめ、思わず口元に手を当てる。

「これは、酒か?」

「ええ。シーバッファ王の墓前で王妃が別れの盃として飲むはずだったものです。良いお酒ですから、もったいなくて」

 コルサナティオの話を、リッティラは最後まで聞けなかった。激しくむせ込み、それどころか指を口に突っ込んで吐き出そうとしている。

「どうされたのです王子。はしたないですよ」

 リッティラの行動を訝しむどころか、楽し気にコルサナティオは声を弾ませた。

「お、お前、お前は、何という物を俺に!」

「どうしてそんなに動揺されているのです? ただのお酒ですよ?」

 それとも、とコルサナティオの目が鋭く光った。笑顔は消え、代わりに現れたのは怒りを含んだ無表情だった。

「毒でも入っていると?」

 ご安心を、とコルサナティオは告げた。

「毒は入ってません。そもそも毒なんて、リムス中でご禁制の品なんですよ? 持っているだけで王族ですら罰せられるんです。そんな危険な物、私が使う訳ないじゃないですか。あなたじゃあるまいし」

「コルサナティオ、貴様ァ」

 口元を拭いながら、リッティラは妹をねめつける。

「先ほどの通信機の相手、あなたが雇った暗殺者ですね。王妃を自殺に見せかけて殺し、その後王妃の部屋からアウ・ルムとの内通の証拠が出てくる。そんな筋書きでしょうか」

 愚かな、とコルサナティオは嘆く。

「その結果が何を生むか、わからないのですか。プルウィクスとアウ・ルムの戦争ですよ?」

「だからなんだ」

 リッティラは開き直った。

「我らは、すでにアウ・ルムを超えた。今こそ積年の恨みを晴らす時だ。プルウィクスを内側から瓦解させようとした王妃の悪行が世に知れ渡れば、通じていたアウ・ルムは悪となる。大義は我らにあり、他の同盟国を動かす理由にもなる」

「本気で超えたと思っているのですか。同盟国が動いてくれると思っているのですか」

「貴様のような弱腰がいるから、いつまでも戦乱が長引くのだ。今こそプルウィクスは俺の下に一丸となり、我らを虐げてきたアウ・ルムに正義の鉄槌を下す。悪を滅ぼし、平和を手に入れるのだ」

「ふざけないで!」

 掴みかからんばかりにコルサナティオが激昂した。

「何を酔っているのですか! 何が正義の鉄槌ですか! あなたが言っているのは、プルウィクスの民を戦場に送るという事、彼らに血を流させるという事に他ならないのです! シーバッファ王の言葉を忘れたか! 民あっての国、民あっての王族だ、と! 彼らに無駄な犠牲を強いることなど、断じて許されることではない!」

「俺が王だ!」

 リッティラがコルサナティオの胸倉を掴んだ。

「シーバッファ王が死んだのだから、次は俺が王だ! 民は黙って俺の命に従っていればいい! 貴様もだコルサナティオ! ラーワーに媚びていたかと思えば、あの王妃にも尻尾を振りおって。ふん、我が血筋の者らしい尻軽さだ。その手管、早々に役立ててもらおうか」

「どういう意味です?」

「貴様には城塞国家カステルムに嫁いでもらう。連合の結びつきをより強くするためだ。貴様のほざく、民を守るためだ。どうだ、嬉しかろう? 喜べ」

「それが本当に民のためになるならば、私は喜んで嫁ぎましょう。ですが」

 コルサナティオは、自分の胸倉を掴んでいるリッティラの手を払いのけた。

「あなたのような狼を蝕む害虫を残しては、おちおち嫁いでいられません」

「害虫だと。新たな王に向かって、何だその口の利き方は!」

「誰も、あなたを王と認めませんよ。そもそも継承権第一位はピウディスです」

「あんなもの、王妃が賢しくどこかの捨て子を自分の子として用意したに違いない! であるなら、俺が正当な後継者だ!」

「残念ながら、罪を犯した者に継承権はありません」

「罪だと? 俺が一体、どんな罪を犯したというのだ!」

「王妃暗殺です」

 コルサナティオの言葉を、リッティラは鼻で笑った。

「はっ、どこに証拠がある。俺が暗殺を企てたという証拠が!」

「先ほどの通信機での会話、そして、私とのやり取りであなたは暗殺を認める発言をした。充分な証拠です」

 今度こそ、リッティラは大笑した。

「証拠になるわけがない! その話を聞いているのは、ほかならぬ貴様だけだ」

 リッティラは出口へ向かって歩き出す。その背にコルサナティオが声をかける。

「お認めにならないと?」

「認めるわけがない。認める必要がない。立場を弁えろ。俺と貴様、どちらの話を人は信じると思う? この国では俺が白と言えば、黒も白になるのだ。これ以上ごちゃごちゃと御託を並べるなら、そうだな。貴様こそ、王妃暗殺の主犯になるぞ。一番近くにいたのだからな」

 わかったら大人しくしていろ、そう言ってリッティラはドアを開けようとして手を伸ばし、その前に外側から開いた。驚くリッティラの前に、武装した近衛兵と、彼らを従えるプルウィクス将軍、ファルサがいた。

「お、おお。ファルサか。どうした。仰々しい」

「いえ、ここに王妃暗殺の主犯がいると聞きましてな」

 ファルサがそばにいた近衛兵に視線を向ける。頷き、近衛兵たちは機敏な動きで主犯の背後に回り、膝を崩して跪かせた。

「なっ、き、貴様ら! どういうつもりだ!」

「大人しくしろ! この外道が!」

 近衛兵がリッティラの頭を押さえつける。

「貴様、一体誰に向かってそんな真似をしているかわかっているのか!」

「わかっていますとも。国家の安寧を脅かした逆賊に対してですぞ。王子」

 いや、元王子か、とファルサは笑う。

「あなたを、王妃暗殺の主犯として拘束する。この後尋問室にて背後関係を洗いざらい喋ってもらう」

「俺ではない! 奴だ! コルサナティオが犯人だ!」

「潔くありませんな。せめて元王子らしく、神妙になされよ。もはや、あなたの言葉を信じる者は、この国には一人もいませんぞ」

「どういうことだ!」

「これです」

 すっとリッティラの背後から近衛兵のものではない、細い指が伸びる。その指先が何かをつまんでいた。

「あなたの口添えでやってきた、どこぞの国の口ばかりは達者で無能な魔術師が追い出した、私が信頼する優秀な魔術師が考案した魔道具です。これが受信機で、対になる発信機があります。受信機で小さな音を拾い、発信機でその音を大きくします。この受信機の対になる発信機、どこにあるか知りたいですか?」

「まさか・・・」

「大通りの広場です。あなたが蔑ろにした民が、私とあなたの会話を聞いています。彼ら全員が証人となります。言い逃れはできません」

 受信機のスイッチを切り、コルサナティオは毅然とした態度で臣下に命を下す。

「逆賊を連行してください」

「「「ははっ!」」」

「ふざけるな! 俺は王だぞ! 貴様らを導く者だ! 逆賊はその女だ!」

 拘束され、連行される間もリッティラの罵声は続いていた。

「情けない。本当に情けない」

 額を手で押さえ、コルサナティオは項垂れる。

「王族にあるまじき男でしたな」

 ファルサが彼女の隣に立ち、苦笑を漏らす。

「いえ、そのことではありません。事ここに至るまで、あの兄の愚かさに気づかなかった私の話です」

「お身内ですからな。情がでても仕方ありますまい」

「その結果がこれです。もっと早く手を打っていればよかった。何とか最悪の事態は避けられましたが」

「ええ。後は彼女たちに託しましょう」

「・・・そうですね。しかし、皆さんはどうやって城から抜け出したのでしょうか? いくら葬儀で城内が手薄になっていたとはいえ、警戒が厳重なのは変わらないですし、何より王妃を連れていたら気づかれないわけがないのに」

「先ほど研究所内で火災の報告があったのはご存じですか?」

「はい。すぐに鎮火したとか」

「それが、火は出ていなかったのです。煙の出る魔道具と、王女が持つ受信機と同時期に開発されていた、音を記憶しておく魔道具が仕掛けられておりました。治療をしているような音が仕掛けられていたそうです。王妃たちは魔道具を入れる箱に入れられて途中まで運び出され、その後は気分が悪くなった兵士に化けさせられて運び出されたようです」

「煙でよく見えないのを利用した、ということですか。相変わらず、とんでもない策を思いつくものです」

「まさに、我らは見事に煙に巻かれたわけですな」

 おどけて言うファルサに、コルサナティオは声を出して笑った。しかし、すぐに気を引き締める。

「それで、暗殺の実行犯たちはどうなりました?」

「申し訳ありません。通信機に仕掛けた追尾機能で後を追ったのですが、発見した時には全員殺されておりました」

「ふん、唆したのはリッティラより頭が回る連中、ということですか」

 リッティラは気づくそぶりもなかった。彼が自分の力だと勘違いした連合の同盟の中で、相手を利用し、飲み込もうとする連中がいる。今や同盟など名ばかりで、連合内の主導権を握らんと静かな戦いが繰り広げられているのだ。リッティラはさぞ利用しやすい人間だっただろう。このまま王になっていたら、どれほど搾取されていたかわからない。

「王妃たちの安否については、事が落ち着いてから発表します。それまでは民には伏せておきましょう」

「かしこまりました。王位についてはどうされるおつもりですか」

「継承権第一位のピウディス王子が行方不明、第二位のリッティラが逮捕され権利をはく奪されています。通常であればクオード王子が即位することになりますが、嫌がるでしょうね」

「おそらくは」

 自国の王の葬儀中、王妃が暗殺されるという失態をプルウィクスは犯している。しかも、大国アウ・ルムの大貴族だ。すぐに抗議が来るだろう。対応の仕方を誤ればすぐに戦争に発展しかねない。そんな抗議の矢面に立つのは当たり前だが王と外交を担う貴族の仕事になる。クオードにそんな技術は期待できない。権利は欲しいが義務は果たしたくないクオードは、事が落ち着くまで王位につくことをのらりくらりと避けるだろう。

「仕方ありません。こんな状況では戴冠式もままならない、というもっともらしい理由で、落ち着くまでは王族と貴族たちの合議制を採用し、臨時で政の舵取りを行うよう皆に掛け合ってみます。ファルサ将軍もご協力ください」

「御意に」

 やることが多すぎて胃が痛くなる。しかし、やらねばならない。それが、己が使命。自分を守ってくれた全ての人々に誇れるよう、積み重ねてきた己の価値だから。

「守るわ。必ず。何が何でも」

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