第303話 使い古されるには訳がある
「火事だーっ!」
突如、悲鳴が城内に響き渡る。騒ぎを聞きつけた従者や衛兵たちが声の方へと向かう。近づくにつれ、視界が悪くなっていく。煙が流れ出ているのだ。彼らの視線の先で、煙が揺らぐ。白衣を着た男が一人、せき込みながら現れた。衛兵たちが彼に駆け寄る。
「助けてくれ!」
「魔術師殿か!? 一体どうしたというのだ! 王妃は無事なのか!」
衛兵の隊長が問いただす。
「わからんのだ! 王妃の治療中、突如研究所にあった魔道具の試作品が暴走し火災が発生した! 他の仲間たちは王妃と貴重な魔術媒体を守ろうと、今奥で必死に作業をしている! 私は人手を探しにここまで戻ってきたのだ!」
「すぐに人を集める。どうすればいい」
「媒体を運び出したい。媒体の中には火と反応する物が多くある。更なる引火を防がねばならない。その後消火作業を行いたい」
「わかった。まずは媒体の運搬だな」
「そうだ。重い物もあるから気を付けてくれ。媒体はそのまま放置すれば駄目になってしまうものもある。城下に研究所に近い設備を揃えた研究所がある。案内するから、そこまで運び出してくれ」
ついてきてくれ、と白衣の男が口元を袖で覆い、再び煙の中へ向かう。隊長の号令の下、衛兵たちも後に続く。進めば進むほど煙の色は濃くなり、視界は利かなくなっていく。煙をかき分けながらなんとか進むと、研究所のドアの前にはいくつかの荷物が運び出されているのがわかった。
「これが媒体の入った箱だ。中にもまだたくさんある」
白衣の男が言う。隊長は頷き、後ろに控える部下たちの気配に向かって言った。煙で見えないが、いつの間にか気配が増えている。従者に兵が到着したら順次人を送ってくれと伝えておいたから、従者に話を聞いた後続が追いついたのだろう。
「部隊を分ける。俺と一緒に来た奴は一緒に中に入り、媒体を運び出すぞ。その後消火活動に移る」
「「「了解!」」」
「後続隊、いるな?」
「「「はっ」」」
随分早かったのだな、と隊長は一瞬頭に浮かんだが、優先順位が低いことだとその考えを頭の奥へ沈める。非常時だ。彼らの危機感が急がせたに違いないと納得した。
「後続隊はここにある荷物を運びつつ、この後に続く兵たちに魔術師殿の指示を伝えてくれ」
「「「了解しました!」」」
「よし、早速取り掛かるぞ! 魔術師殿、運び出す連中のために案内を頼む」
「ああ。こっちだ!」
白衣の男が荷物を抱え、来た道を戻っていく。後続の兵たちが箱を抱える。とりわけ大きな箱は四人がかりで抱え運んでいく。その背中を見送り、隊長は残った兵を連れて研究所のドアを潜る。中は更に煙が濃い。視界はほとんど利かない。前方で怒鳴るような声がする。
「傷口を塞げ!」
「出血を止めろ!」
「何をしている、メスをよこせ!」
「王妃、しっかり!」
「バイタル下がってます!」
「心拍停止!」
「心臓マッサージ開始!」
「電気ショック用意!」
「離れて! 電気ショック実施!」
「心拍再開!」
「よおし持ち直した!」
怒号が飛び交っている。かなりの修羅場のようだ。邪魔にならないよう隊長たちは修羅場をぐるりと避けて媒体を運び出していく。運び出す間中もずっと、緊迫した怒号が続いている。さっきも同じような事言ってなかったか、と思いつつ、隊長たちは汗を流す。
「よし、あらかた運び出したな。あとは消火を・・・?」
隊長の言葉がしりすぼみになっていく。目の前の煙が徐々に薄れてきているのに気付いたのだ。隊長の言葉が途切れたのを不審に思った部下たちも、さっきまで見えづらかった隊長の輪郭がしっかりし始めたのに気づく。手で払うと、さっきまでは新たな煙が払った場所に入り込んでいたのに、今度は煙は消えたままだ。
「勝手に火は消えた、のか?」
隊長が煙を逃がすよう指示を出すと、部下たちは上着を脱いでドアの方に向かって扇ぐ。煙はドアの方へと流れ、代わりに新鮮な空気が研究所内に流れ込んでくる。視界が晴れた時、彼らの目に驚きの光景が映り込んだ。
「王妃が、いない?」
隊長はじめ、衛兵たちは研究所内を見渡すも、王妃はおろか、白衣の魔術師の姿もない。響いていた怒号も、いつの間にか消えている。
「何が、一体どうなって・・・?」
戸惑う隊長の足に何かが当たる。筒状のものと四角い箱だ。ひもで二つは結ばれている。四角い箱の一面には、直径三ミリほどの穴が幾つも開いている。なんだこれは。隊長の胸に不安と焦燥が満ちていく。
「おい、お前ら!」
振り向き、隊長はドア付近の部下を呼ぶ。
「王妃は、いや、お前らが作業中、誰か通らなかったか?!」
「いえ、我々だけです」
「いなくなった者は?」
「全員揃っています」
どういうことだ? 隊長の胸の中の不安がますます拡大していき、気づく。
「・・・おい、これはどういうことだ?!」
「どう、と言いますと?」
「これだ! なぜ媒体や魔道具がここに置いたままなのだ!」
指さした先にあったのは、箱から出され、大きさの順に綺麗に並べられた媒体や魔道具だった。広範囲に展開されており、足の踏み場がない。
「なぜ運び出していない!」
「え、いや、しかし、我々は命令に従っただけで」
「こんな命令出しておらん! 運び出せと言ったのだ! 貴様は何を聞いている!」
「いやしかし、我々が聞いたのは、中身を整理したいので箱から出し、種類や大きさなどで並べ替えておいてほしい、という話です。種類は流石にわからなかったので、大きい順に並べて」
「誰だそんな指示を出したのは!」
「隊長です」
「だから、俺はそんな指示を出してない!」
「間違いありません。隊長の階級章を見ました」
部下が指さしたのは、隊長の胸にある狼の形をした胴色の階級章だ。金、銀、銅とランクがあり、胴は部隊長の証となる。
「視界は悪かったですが、この階級章が何とか見えました。隊長では、ないのですか?」
部下の声も歯切れが悪いものになっていく。彼らの脳内に共通の言葉が浮かんでいた。
「貴様に指示を出した奴は、どこに行った?」
「煙を吸って調子を崩した者を医者に運ぶと言って、外へ。一兵士が緊急でもないのに王室のかかりつけ医にかかるわけにはいかないからと、近くの町医者まで行ってくる、と」
「箱は、そいつら媒体の箱を持ってなかったか?!」
「持っていませんでした。代わりに、人を背負っていました。多分、背負われていたのは二人です。そういえば」
兵士にしては二人とも小柄だったような。
そう部下が言い、隊長の顔は真っ青になった。
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