第302話 仮説は実証してこそ

 医者の一団が城の中を駆ける。目指す研究所は城の奥まった場所にあり、また辿り着くためには何度も似通った道を通って扉を潜り、階段を昇り降りする必要がある。研究所までの道のりは、城が攻められてもここだけは落とされないよう迷路状になっていた。王が死んでも代わりはいる。しかし、国を生かしている魔道具を奪われれば国が亡ぶ。その理念のもと城は作られているからだ。

「こっちだ!」

 階段では担架ごと王妃を抱え上げ、ようやく研究所に到達する。ドアを開け、アルガリタを部下たちが運び込む。一緒に来ていた警備兵たちが続けて入ろうとしたのを、医者が止める。

「ここからは私たちに任せてもらおう。なにぶんデリケートな処置があるでな」

「いや、しかし」

「心配はいらぬ。それとも、貴殿たちは婦女子の裸を覗くつもりか?」

 それは、とたじろぐ警備兵たち。その隙をついて篭手の医者は彼らを締め出す。

「あなた方は他の王族の皆様の警護に戻られよ。彼らも狙われているやもしれんからな」

 そう言葉だけ外に放り出してドアを閉じ、医者たちはすぐに準備に取り掛かる。

「大事なのはメリトゥムの処置よ」

 ひげ面の医者が、突然女性の声でしゃべり、ピウディスは仰天した。

「おっと、王子様。お静かに願えますか」

 彼を抱え上げていた部下の一人、白衣の男が、ピウディスの口を塞ぐ。その間も医者たちの話は続く。

「本体は安置場所に収納した。これで爆発は防げる。でも、こいつがある限り王妃はプルウィクスから逃げられない。欠片が心臓に埋まったままだからね。こいつを取り外さなければ」

「どうするつもりですか?」

 もう一人の医者も、しゃがれ声から一転、凛とした女性の声に変わった。

 こいつら、医者に化けてる! ピウディスは暴れたが、男にしっかりと抱えられて身動きが取れない。

「こっちも研究所でただ黙って妬み嫉み僻み嫌味のサンドバッグだったわけじゃないのよ。いずれメリトゥムを超えるものを作ってお前らの口に突っ込んでやると憎しみを込めながら研究を続けてきた。そのためにメリトゥムの構造を調べられるだけ調べておいたの。調査の結果、メリトゥムが爆発する仕組みは心拍に加えて、体内に流れる微量な電流が関係している。心拍が停止し、電流が途切れる。この二段階で爆発するの」

「爆発の仕組みは後で良いですから、今は除去の仕組みをお願いします」

「まあ聞きなさいよ。亡くなった王族の体からメリトゥムは先に行った二段階を経て爆発する。けれど、この安置場所に本体があれば、体が行っていた二段階を代わりに行っているわけ。で、安置場所ごと遺体の近くに置くと、体の中から剥離し針状に変化した欠片が飛び出してくる。ただし、通常であれば飛び出すのに十日ほどかかる」

「それが、十日後に計画が実行されるという話につながってきたわけですね。合点がいきました。気になるのは、遺体であれば問題ないですが、王妃はまだ生きています。確か、メリトゥムの欠片は心臓に引っ付いているはずですよね。無理やり引きはがしても大丈夫なんですか?」

「その問題と体からなかなか出てこない問題をまとめて解決する方法がこれ」

 ひげ面の医者が巨大な杭みたいなものを取り出した。

「トニトルス? さっき王妃を気絶させるのにこっそり使いましたけど、また電流を流すんですか?」

 気絶させた?! 男に抱きかかえられたままのピウディスはショックを受けていた。てっきり、胸の傷のせいで気を失ったと思っていたが、医者たちの話ではアルガリタは生きていて、気を失わせたのは彼女たちだった。何がどうなっているのかさっぱりわからず、目の前の成り行きを見守ることしかできない。

「そう。あれには欠片を誤作動させる意味もあったの。体の中の電流と外部からの電流が混ざると、一瞬心拍と電流の信号が確認できなくなる。これを、欠片は死亡したと認識して心臓から剥離する」

「え、それって大丈夫だったんですか? いや大丈夫だったんですけど。なんで爆発しなかったんです?」

「爆発するまでの時間差、つまり通常通りで言うところの遺体から魔力を吸い上げて爆発に変える間に、再び心拍と電流を感知したから収まったの。一度剥離しちゃえばもう一度動き出しても癒着することはない。けど、体内に欠片はとどまったままだからね。癒着していたころより心拍も電流も微弱だけど、流れていれば問題ないってこと」

 説明を続けるわ、とひげ面が言う。

「これから本体の方に電流を流す。詳しい説明は省くけど、魔力が流れていると、本体と欠片は弱い力で引きあっている。その引き合う力をトニトルスの電流で強くし、十日を一瞬に変える。癒着してたら心臓ごと引っ張られちゃうけど、剥離してればその心配もない」

「メリトゥムは磁石みたいな性質を持っていて、強い電流を流すと磁力が上がる、そういう感じか・・・。でも、どうしてこれまでの王族はそれをしなかったんです?」

「知らないからじゃない?」

 ひげ面があっさり言い放ち、他の面々が凍り付く。

「・・・知らない? でも今」

「私が発見して誰にも報告してない、理論上は可能ってやつよ。試したことはない」

「ちょ、ちょっと待ってください。私は、プラエさんが簡単に取り出せるって言うから」

「理論上はね」

 うわあ、と篭手が天を仰いだ。

「この人理論上可能で押し通す気だ!」

「仕方ないじゃない。本物で試すことなんてできなかったんだから。ま、ダメだったら次の手を打つだけよ」

「良かった。プランBがあるんですね」

「物理的に胸を切り開いて取り出す。取り付ける時も開くんだから、取り出す時も可能でしょう」

「・・・それも机上の空論、なんですよね?」

「本物で試すわけにはいかないからね。プランBが嫌ならAで上手くいくよう祈ってなさい。あと、王妃の体をしっかり押さえてて」

 行くわよ、とひげ面が魔道具トニトルスを王妃のメリトゥム本体に接触させた。事ここに至って、他の医者、いや、医者の偽物たちはひげ面を止めることを諦め、素直にアルガリタの体を押さえている。ピウディスだけがふさがれた口からむーむーと声にならない声を発し続けている。

 トニトルスがバチバチと音を立てて放電する。続けてメリトゥム本体も淡く発光する。耳鳴りに似た、思わず耳を塞ぎたくなるような音が全員を襲う。アルガリタの体がエビぞりで跳ね上がった。彼女の胸元、白磁の肌にぷくりと赤い血の雫が浮かぶ。

 いよいよ耳鳴りが頭痛と吐き気すら催し始めたころ、ギィン、と残響音が室内に響き、本体が震えた。血のついた細い針が本体に刺さっていた。ひげ面がトニトルスを本体から離すと、音も不快感も下降していく。

「成功、したんですか?」

 アルガリタを押さえていた篭手が言うと、ひげ面がアルガリタの体をチェックする。特に針が飛び出た胸元を見て頷いた。

「うん、大丈夫。脈も呼吸の乱れも無し。血はもう止まってる。傷も、文字通り針の孔ほどの大きさだからね。すぐ塞がるでしょう」

 ほう、と室内に安堵が広がる。ピウディスの体からも力が抜けた。母親は、よくわからないけど無事。それだけで十分だ。

「後は王妃と王子を連れてアウ・ルムまで逃げるだけ、か」

 篭手が言った。

「また王族をエスコートってわけですね。僕たちくらいですよ。こんなに王族を逃がしてるのは」

 部下の一人が言うと、「新しい事業にしようかな」と篭手が白衣を掴み、はぎ取った。白い裾が翻り、その下から声のイメージ通りの女性が現れる。

「手慣れたものよね」

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