第301話 オズワルドは誰?
葬列のパレードが始まる。騎乗した儀仗隊が二列編成で城から出発、次に王の遺体を運ぶ最も大きく煌びやかな四頭立ての馬車が進み、その後ろを王妃や王子、王女たち王族を乗せた四人乗りのホロのない馬車が続く。アルガリタとコルサナティオ、王妃の五歳になる息子ピウディスは二台目の馬車に乗っていた。通常王妃が一台目に乗るものだが、第一王子リッティラたちが彼女を押しのけて一台目を占有した。こういった強引さがまかり通るのも、今の王城内のパワーバランスを物語っていた。
大通りは多くのプルウィクス国民で埋め尽くされていた。皆が王との別れを惜しんでいる。彼らに見送られるという、最後の仕事を王は立派に勤めていた。
「愛されていたのね」
誰にも聞こえないように小さな声で、アルガリタは呟いた。
「母上?」
隣に座るピウディスが彼女の顔を見上げる。何でもないわ、と息子の髪をなでる。馬車はまもなく大通りの中間地点である広場に差し掛かろうとしていた。
チカッとアルガリタの目が一瞬眩む。何かが光を反射した。何だったのだろうかと訝しむ彼女の思考を、劈く絶叫が遮った。
「王妃!」
正面に座っていたコルサナティオが立ち上がり、アルガリタを抱きかかえた。
「大丈夫ですか王妃! しっかり! しっかりなさってください!」
一体何が? 疑問がアルガリタの頭を埋め尽くす。なぜ自分はコルサナティオに心配されているのか。ふと、頬に何かが張り付いているような感覚がして、指を這わせる。ぬるりとした手触りが返ってきて、見れば触れた指先は真っ赤に染まっていた。
「・・・え?」
視線を指先から下へと向ける。ドレスが真っ赤に染まっていた。
「誰か、誰か医者を!」
馬車を止め、アルガリタを強引に横にさせたコルサナティオが叫ぶ。
「我々は医者です!」
広場の方で声が上がる。どけオラ! と少々野蛮な言葉遣いをして、人垣や、闖入者を捕らえようとする警備兵をも押しのけて、馬車に二つの人影が乗り込んできた。
「失礼、王子に王女」
医者の一人が泣いて母親に縋りつくピウディスとコルサナティオを押しのけ、アルガリタに覆いかぶさる。医者が来たのを待っていたかのようにアルガリタの首に痛みが走った。コルサナティオの驚いた顔を見たのを最後に、アルガリタの瞼が閉じられる。
「マズイ! 王妃の意識が途絶えた! すぐに移動させなければ!」
医者が叫ぶ。随分としゃがれた声だ。白い布で鼻の下まで覆っていた。顔の右上から左下へと伸びる大きな切り傷の跡があり、髪は前髪が白く後ろ髪が黒い、特徴的な風貌をした医者だった。なぜか右手に篭手を装着している。もしかしたら魔導義手で、治療の時に使うのかもしれないとピウディスは思った。事実、右手を母親の首や胸に当てていた。
「担架をよこして! それに乗せて運ぶ!」
篭手の医者が合図すると、人垣をかき分けて部下らしき白衣の集団が現れた。人が一人乗れそうな台に車輪がついている。これに王妃を乗せて運ぼうというのだ。
「貴様、何様のつもりだ! 王妃をどこへ移動させようというのか! 医者風情が、勝手な真似をするな!」
警備兵の責任者が篭手の医者に剣を突き付けた。すると、もう一人が怒鳴り返した。こちらは口元が真っ白なひげで覆われ、頭頂部が剥げているのに側頭部からは白髪が雑草のようにぼうぼうと茂っており、分厚い眼鏡をかけている。
「警備兵風情が馬鹿抜かすんじゃあない! お主こそ王族の警備してるくせにメリトゥムを知らぬのか!? すぐに王妃を城内の魔導研究所に戻さねばならぬ!」
「し、しかしだな。そもそもメリトゥムとは何だ?」
メリトゥムは王家の秘密でもあるため、ある一定以上の階級でなければ知らされることはない。かぁー! とひげ面の医者は嘆いた。
「こんの緊急時にお主と問答してる暇はない! 王妃の命がかかっとるんじゃ! それ以上に大事なもんがここにあると申すのか! そっちこそ、何かあったら責任を取れるのか! どうしてもというなら責任者呼べ! すぐ許可取れ! 十秒やる!」
責任者がどうしていいか困り果て、パニックに陥る一歩手前。救いの手が現れた。
「十秒もいりません」
コルサナティオが医者たちに向かって指示を出す。
「すぐに王城へ運び、処置をお願いします」
「しかしコルサナティオ様、こいつら見るからに怪し・・・」
「黙りなさい!」
コルサナティオが一喝した。
「王妃の命が最優先です! 責任は私が取ります! 城までの道を開けさせよ!」
「は、はは!」
指示さえあれば動くことができる。警備兵たちは野次馬になりかけた民を押しのけ、道を作る。
「さあ、早く! メリトゥムを知っているのなら、この者たちは医者であり、国家魔術師であり技師に違いありません。研究所の場所はわかりますね? 城の者には、私の名前を出しなさい」
コルサナティオが医者たちを急かした。
「感謝しますぞ王女」
にやりとひげ面の医者が頭を下げる。
「僕も行く!」
馬車から飛び降り、泣きべそをかいているピウディスが担架に掴まった。無理やり引きはがすのも時間の無駄と考えたか、篭手の医者は一つ頷き、言った。
「急ぎます故、手荒な真似はご容赦を」
部下に指示を出すと、白衣の一人が「しっかりおつかまりください」とピウディスを抱え上げた。
「急げ!」
出来上がった道を、王妃を乗せた担架が走っていく。王妃たちが戻るのを見届けた後、コルサナティオは周囲に視線を走らせた。特に、前を進んでいた馬車の動きを睨むようにして注視していた。
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