第299話 成らざるを得なかった女
「馬鹿じゃないの?」
いつものように食堂にて、食事しながら得てきた情報を共有していた。依頼を受けて来たことを聞いたプラエが、開口一番信じるとは程遠い言葉をセレクトした。私の決断をプラエたちも信じている、というのは私の脳内が見せた都合の良い幻覚だったようだ。
「彼女には世話になってるしギースの嫁でもあるから、出来るだけ力にはなりたいと私も思う。けど何でよりにもよってそんな困難な依頼受けてくるのよ。自分の戦力ちゃんと把握してる?」
プラエが机にコップを置いて、私、ムト、ゲオーロ、ティゲル、ジュールと順番に指さしてく。
「私も入れて六人しかいないのよ? わかってる?」
「ええ」
「しかも、半分は非戦闘員なのよ」
「優秀な、です」
私が間に挟んだ言葉に、プラエが吐き出そうとした次の句を思わず、といった風に飲み込んだ。
「ムト君、ジュールさんも含めて、優秀な傭兵ばかりです。そして、今回は戦闘依頼ではなく、護衛と亡命。情報と作戦次第で充分可能だと思っています」
「・・・くそ、嬉しいこと言ってくれるじゃないのよ」
そんなんでほだされないからね、とツンツンしたことを付け加えつつも、まんざらでもなさそうな顔で彼女は引き下がった。
「で、そこまでしてあの王妃連中を助ける理由、結局聞けなかったの?」
「残念ながら。ただ、ヒントはもらえました」
「ヒント」
頷き、ヒントをくれたアンの顔を思い出しながら答える。
『恐ろしい貴族には二種類ある』
「どういう意味?」
プラエが首をかしげた。
「一つはラクリモサの領主夫人みたいなタイプ。で、王妃アルガリタはもう一つの方だそうです」
「ますますわからない。ラクリモサの領主夫人って言ったら、フウミュ・ラクリモサだっけ。旦那が取られそうだからってフェミナンを潰そうとして、アンオーナーに言いくるめられた」
「言いくるめられたは人聞きが悪いですね。自分たちを売り込み、有益だと思わせたんですよ。事実その通りですし」
「似たようなもんじゃない。まあ、いわゆる自分の欲望に正直な直情型、ってことでしょ。我がままで傲慢、思い通りにならなければ癇癪をおこして周りに当たり、当たられた方のことなど考えもしない、どこにでもよくいる貴族ね。・・・え、王妃もこのタイプじゃないの?」
「アン曰く、違うそうです」
彼女に聞かされてからどういう意味か考え続けた。同時に、王妃アルガリタを記憶から引っ張り出す。時間にすれば十分、ニ十分ほど。プルウィクスで行われた裁判もどきの時のみだ。
わかっているのは大した役者だということ。
どれほど裁判で王子たちから追及されても、周囲を全て敵に囲まれていても汗一つかかずに涼しい顔を貫く胆力。あそこで少しでも狼狽すれば、王子たちに畳みかけられて今頃殺されていただろう。また、自然な振る舞いでコルサナティオに抱きつき、誰にも違和感を抱かせることなく、狙撃のためのポインターを取り付けられる冷静さ。箱入りお嬢様にできる芸当とは思えない。
あの裁判の終わり、暗殺が失敗した時。一瞬だけ彼女と目が合った。裁判の時の余裕の笑みは消え、能面のような無表情が張り付いていた。何の感情も浮かばない、冷徹な目。あれが本当の彼女なのだろうか。
「理由はともあれ、まずは計画を練りましょう。時間がありません」
考えても仕方ないことは一旦保留だ。迫る暗殺の日までに用意をしなければならない。
「そうね。まずは仕入れた情報から作戦立てて、必要な道具を揃えて、それからやっぱり人員は必要よ。どうにかして集めないと」
それも、ただの寄せ集めでは意味がない。考えているいくつかの作戦は、タイミングがシビアなものばかりだ。少しでも手間取れば破綻しかねない。私たちの動きに合わせられられるだけの練度が求められる、が。
「そこは、心配いりません」
「と、いうと?」
「前払いで用意してもらいました」
タイミングよく、食堂のドアが開いた。ドアの方を振り向くと、集団の来客がぞろぞろとドアを潜ってくる。店員が駆け寄ると、先頭にいた人物が待ち合わせだからと案内を丁重に断っている。こちらに気づくと、相変わらずの愛らしくも妖艶な笑みで近づいてくる。
「お待たせして申し訳ありません」
「ううん。ちょうど良いタイミング。これから話し合うところだから」
「ならよかったです。またあなたと戦えて、光栄です。団長」
慣れた様子で彼女らは席につく。
席に着いた面々を見渡して、告げる。久しぶりで、妙な気恥しさがある。そういう気持ちをおくびにも出さないようにできた分くらいは成長している、と思いたい。
「では、アルガリタ王妃救出作戦会議を始めましょうか」
―――――――――――――
「本当に、これでよかったのかしら」
アカリたちの背中を窓から眺め、アンは言った。自分から依頼を出しておいて、自分が望み、その通りになったにもかかわらず、迷い、後悔している。
「こちらは依頼しただけだ。断ることもできた。選んだのはアカリたちだ」
隣に寄り添うギースがアンを支えた。
「彼女は傭兵だ。金のために命を懸ける」
「でも、その命を失うかもしれない。それだけ危険な依頼だという事は、傭兵だったあなたならよくわかるはず」
「ああ。彼女も依頼の難易度はわかっているだろう」
だが、とギースは続けた。
「アカリを舐めるなよ。彼女は君の友人だから引き受けたわけではない。勝算があるから引き受けたのだ。アカリがどれほどの修羅場を潜り抜けてきたと思っている。傭兵としてはすでに実力も経験もトップクラスだ。困難さを理解し、それでもなお行けると踏んだ彼女の判断を、外野が『大丈夫だろうか』などとやかくいうものではない。それは、引き受けてくれた彼女たち傭兵のプライドを傷つける行為だ。依頼人である我々に求められるのは、きちんと報酬を用意する事だけだ」
「それはつまり、成功させてくる、という意味?」
「ああ。アカリなら、必ず」
「あの子を信頼しているのね」
「間近で見てきたからな。苦しみ、足掻いて、それでも進み続けているところを」
妬けちゃうわ、とアンはようやく微笑んだ。
「あの子は、自分のことを勇者じゃないと言った」
世の中の大きな流れがアカリを導いているんじゃないかという話になった時、彼女は自分じゃなくてもっとふさわしい人間を選べばいいのに、と斜に構えていた。自分じゃなくて強くてたくましい、勇者を選べと。
しかし、今回の件のように急な、しかも自分やアウ・ルム、プルウィクスにとって重大な案件が舞い込んできた時、タイミングよく彼女が現れた。前回の自分やイーナのピンチの時もそうだ。タイミングよく彼女がいた。それ以外にも、ギースから聞いた話の中には、大事件が起こる場所に必ずアカリがいる。導かれるようにして歴史のターニングポイントにいる。そして、必ず成果を残して生還する。
アンが思うに、勇者とは、生まれながらにして勇者なのではない。成した偉業によって救われた誰かから称えられ謳われる、後付けの称号だ。本人にとっては、ただ目の前の問題を全力で取り組み、解決してきただけなのだろうが。
だからこそ、彼女の物言いに少し苛立った自分がいた。その問題を解決するのがどれだけ大変か、そのおかげで救われた人間がいることを知らないのか、と。今回の依頼を彼女に持ち掛けたのは、その苛立ちの部分も多少ある。あなたは自己評価が低すぎる。もっと評価するべきで、されるべきなのだ。ゆえにアンは確信をもって言う。
「でも、私は彼女こそが勇者だと思うの」
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