第298話 プルウィクスの絡新婦

 王を誑かし王妃として収まり、王が病に臥せてからは自らが王であるかのように権力をふるい、王家を内部から蚕食する毒婦。これが、プルウィクス王妃アルガリタの評判だ。

 無意識に、腹部に手を当てていた。皮膚に凹凸状の、傷が塞がった傷跡がある。かつて王女コルサナティオを暗殺者の狙撃から守った時に受けた傷だ。その暗殺者を手配したのがアルガリタとされている。ただ、限りなく黒に近かったのに、暗殺者とのつながりを証明できず、その暗殺者も死亡したためにアルガリタを追い詰めることはできなかった。

 かつて敵だった相手を、今度は守れと言うのか。

「私の腹に穴をあけた主犯を、守れと?」

「ええ。あなたに重傷を負わせ、プルウィクスのお家騒動を引き起こした張本人を守って亡命させてほしい」

 全ての事情を知ったうえで、アンはこの依頼を持ってきている。

「ギースさん、これはあんまりですよ」

 ムトがすまし顔のギースを非難した。

「ギースさんだってプルウィクス王城での暗殺未遂事件は見ていたはずです。コルサナティオ王女に狙撃用のポインターを付けたのは間違いなく王妃です。しかも、団長はそのせいで重傷を負ったんですよ?」

「わかっている」

「だったら、なぜ」

「お前たちが欲した情報に関係するからだ」

 少し考え、尋ねる。

「プルウィクスで何か起きようとしているの?」

「ええ。むしろ、今まで起きなかった方が不思議ね」

 アンが居住まいを正した。つられ、私たちも彼女の話を傾聴する姿勢を取る。

「十三国連合が結成され、小国群は大国を凌ぐ力を手に入れたわ。もはや大国の顔色をうかがう必要がない。そうなると、アウ・ルムから嫁いできた王妃の存在は邪魔でしかない。大国から友好の証、同盟の絆、攻め込まれないための楔であった彼女は、連合の中にいる異分子、敵国に情報を流すスパイへと成り下がった。立場も失い、今は五歳の息子ピウディスと共に軟禁されている」

 やっていたことを考えれば、まだ穏当な処置だとは思う。

「王妃は十日後、母子ともども処刑される」

 あっさりと、ギースが言った。

「本当ですか」

 思わず聞くと、アンは頷いた。

「罪状は国家反逆罪になる”予定“」

「予定?」

「腐っても王妃よ。表立って処刑するわけにはいかない。それに、城内の評判は最悪でも、特別何か悪事を働いたわけではない。好き勝手していたといっても、ラーワー側に傾きかけた政策に口を出す、色香で家臣を惑わせ、城内の勢力図をかき乱すくらいで、国民が疲弊するほど重税を課すとか、無茶な御触れを出すとか、気に入らない人間を処罰するとか、そういった事はほぼほぼない」

「どうしてそれだけで、毒婦とまで呼ばれるほどの悪評が広まったの?」

「さあ?」

 アンは小首をかしげた。知っているが、知らない。そんな風に聞こえるような、少しわざとらしい反応だ。

「彼女が無事でいたのは、おそらくは国王シーバッファ・プルウィクス三世が存命だったから。だが、王はおととい崩御した」

 王に義理立てして王妃の排斥に反対していた人間も、王がいなくなったことで反対できなくなった、ということか。

「十日後、王の国葬が執り行われる。王妃アルガリタも当然葬列に参加する」

「王妃だからね。出席しないわけにはいかない」

「そこで、嘆き悲しむ彼女は絶望し、王の後を追う」

「・・・ふん。そういうこと。そういう”予定“なのね?」

 胸くそ悪い話になってきた。アンが苦笑する。

「お察しの通りの筋書きよ。プルウィクス内でも王妃の取り扱いについて意見が分かれている。命までは取らずとも、このまま隠居してもらい、例えば後宮なんかで静かに余生を過ごしてもらえばいいと考える穏便派と、彼女を処刑することでプルウィクスを一枚岩にしたい強行派、大きくはこの二つかな。穏便派は、今言った王に義理立てしていた者が多い。強硬派には、プルウィクスだけでなく他の十三国連合の人間も噛んでいる」

「人の家の問題に口を突っ込む物好きで大きなお世話好きはどこにでもいるものね」

 見知らぬ相手をくさしながら考える。強硬派はこれ以前にも王妃の命を狙った犯行を計画していた、もしくは未遂に終わっている。王妃を軟禁したのは穏健派だろう。彼女の命を守るためだ。

「軟禁されている彼女は動けないけれど命を狙われる心配もない。でも、葬列時は姿を現さざるをえない。様々な人間が多く葬列に参加するから、暗殺にはうってつけね。王妃の死後、彼女の部屋からはアウ・ルムとのやり取りをしていた証拠が見つかる」

「ああ、それで国家反逆罪なのか」

「そう。これにより続けてピウディス王子も、こちらはきちんと処刑される。跡取り問題で揺れているプルウィクスにとってはある意味朗報よね。すんなり元の鞘、第一王子リッティラが王位を継承するでしょう。十三国連合にも潔白を証明して良い顔ができるし、強硬派の言い分じゃないけど、国内はかなり落ち着くわ」

 人の命や尊厳などを無視すれば、実に効率よく国の問題が解決されていく。脳裏で何か光ったような錯覚を受けた。義手の反射でもちらついたのか。

「どこからこんな依頼が回ってきたの?」

「教えてもいいけど、本気で知りたい?」

「・・・いや、やっぱりやめておくよ」

 深みにはまって抜け出せなくなりそうだ。どうせアウ・ルムの貴族やら高官からの依頼だろう。もともとアルガリタはアウ・ルムの大貴族だ。殺されるとわかり、しかし表立って動けない。そこで様々な情報網を持ち顔のきくアンに藁にもすがる思いで頼った、そんなところだろう。

「賢明ね。その危機察知能力こそが、生き残ってきた理由かしら」

「お褒め戴きどうも。で、ここまで情報が回ってきているのだから、暗殺計画の情報もある程度揃ってるのよね?」

「あら、依頼、受けてくれるの?」

 驚いた表情でアンは口元に手を当てた。わざとらしい。受けさせる気満々だったし、受けなければ情報を渡さない気ではないのか。私の顔がしかめられたのに気付いたアンは「冗談よ」とまた真面目な顔を作った。

「話は来たものの、こんな依頼普通の傭兵団に出せるわけがない。まず難度が高すぎる。不特定多数の人間に命を狙われている人間を守りながら国外に逃がすだけでも困難なのに、相手は一国の王妃で、当たり前だけど近衛の護衛もついている。彼らも振り切らなければならない。しかも、人数は少数という縛りがある。多ければ気づかれるし、それこそ戦争だと思われかねない。加えて準備期間があと十日しかない」

 話を聞けば聞くほど不可能に思えてくる。

「正直に話すわ。この依頼、断ってもらっても構わない。あまりに危険すぎるから。あなたの要望も、別の支払方法で叶えましょう。あなたが多くの仲間を失ったことは知っている。だから、これ以上の犠牲を出したくないと考えていることも」

 けれど、とアンは続けた。

「この依頼、もし成功させる団があるとすれば、あなたたちだけだと私は思っている。そして、私はあなたたちにこの依頼を受けてほしいと思っている」

「理由は? そこまでして、毒婦とまで蔑まれる嫌われ者の王妃を救いたい理由を教えて」

 アンは少し考えて「今は答えられない」と言った。

「依頼を託され、命を懸けて臨む相手に全ての情報を渡さないというのは、流石にフェアじゃなくない?」

「ごめん。でも、これは私の一存では答えられない。この理由を話して良い立場じゃないの」

 頭を下げるアンからギースの方へ視線をちらと視線を移す。ギースも私を見ていた。私が決めなければならない場面でよくしていた顔だ。私の決断を信じてついてきてくれた時の顔だ。同じように、アンを信じろ、ということか。

 隣に控えるムトやジュールの顔を見る。彼らも、同じように私の決断を待っていた。どのような決断でも信じていると言いたげだ。おそらく、プラエやゲオーロ、ティゲルも同じような顔をするに違いない。

 再び、アンに視線を戻す。彼女の言葉を考える。今は答えられない。立場じゃない。さて、これらの言葉を使う真意は何だろうか。謎が浮かび、思考は巡る。大きく息を吸い、吐き出す。

「・・・これだから、貴族が絡む依頼は面倒で嫌なんだ」

 最初にぶつくさと文句が口から出てきた。アンの表情は変わらない。けれどかすかに、絶望のような諦めのような、そういった雰囲気が彼女に漂った。

「出して」

 彼女に手を差し出す。手を出した時に揺れた空気が、雰囲気を払った。

「・・・え?」

「早く、出せる限りの情報を。時間がないから。どうせ当日の兵の配置とかもあるんでしょう。速く持ち帰って全員で検討したいの」

「受けてくれるの?」

「取引先には良い顔をしておきたいのよ。けど、いい? こっちがこれだけ条件をのむんだから、そっちも協力を惜しまず、成功報酬も弾みなさいよね」

「・・・ええ、ええ。もちろん。フェミナンオーナーとして、あなたの友人として。約束は必ず守るわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る