第296話 お前が言うな
祭壇の解読があらかた終了した私たちは、再びダリア村に戻ってきた。無人なのを良いことに、私たちは無事な家屋を選び、そこで女性陣と男性陣に分かれて泊まることにした。一応村人を助けたのだから、これくらいは許されるだろう。
「どういう意味だと思います?」
隣で休んでいるプラエに声をかけた。ティゲルは疲れからかすでに眠っているので、なるべく小声で。プラエは先ほどから何度も寝返りをうっていて、眠れていないようだ。私も少し目が冴えてしまっていて、眠るまでの間少し話をしようと思った。
「祭壇の解読結果の話?」
頷く。祭壇で解読した最後の文言。
「『マキーナの存在理由は神の目的を果たすこと』か。神の存在自体が怪しいもんだけどね」
「ですが、マキーナの存在が、ある意味神が存在しているという理由になっています」
「すでに結果があるからねぇ。だけど、そこに至る道順の可能性はいくつか考えつく。答えはまだ急がなくてもいいと思う。例えば、そうね。あの祭壇の文字を誰が書いたのか、って話だけど・・・前の砂漠の依頼にあった砂漠の蓮を覚えてる?」
「ええ、この前、ちょうどその時の事をムト君とゲオーロ君とで話しました」
「時間を操る魔道具なんて、私たちから見たらそれこそ神の所業なわけよ。もし彼らが存在したら、私たちにとっては彼らが神になるわけ。私が彼らの偉業を残すとすると、同じような文面にするんじゃないかな」
知らないけど、と一部地域の人が好んで使う締めの言葉を彼女は放った。
「まさか、マキーナもそういう経緯で作られた、ということですか? 超古代文明の人間が作ったと?」
「そこまで確信はないけど、可能性はあるじゃない。そもそもだけどね。どんな聖書だろうが神話だろうが、人が紡いできた事に思惑が絡まないことなんてないのよ」
彼女の言う事は一理ある。歴史の史実ですら勝者にとって都合よく改ざんされていることがある。人の手を介した時点でその人物の立ち位置による話になるからだ。本当に平等な歴史が記録されるとしたら、人間の上位存在、それこそ神と呼ばれる存在か、進化した人工知能によってだろう。小学生がやる朝顔や昆虫の成長観測と同じで、人間から切り離し、高い視点からでなければ観測はできない。
推測はいくつも浮かぶが、決定的なものは生まれない。現在の手持ちの情報だけでは限界がある。話はそこそこで切り上げ、私たちも休むことにした。頭を多少使ったからか、毛布に潜りこむとすぐに睡魔が襲ってきた。
翌朝、私たちは次の目的地について食事をしながら話していた。昨夜のプラエとの話でも判明したように、考える要素の少なすぎる祭壇の件は一旦保留する。その前に考えなければならないのは、当面の生活資金だ。今回得た報酬などすぐに底を尽く。また、傭兵団として活動するなら人員不足が深刻だ。数は力だ。少なくとも選択肢が増え、出来ることが増える。
「ラクリモサにいるイーナたちを頼ろうぜ。あそこにはギースの旦那もいる。それに、団長の友人もいるだろ?」
ジュールが提案した。
「アン、ですか」
確かに、彼女なら頼れば協力してくれそうな気もするが。
「何よ、まだ気が引ける訳?」
いい加減にしろと言いたげにプラエがため息をついた。
「見つかってしまったプラエさんたちとは違って、そう割り切れるもんじゃないですよ。私と関わり合ったことで、どんな弊害を受けるかわからない」
「あのオーナーなら、気にしないと思うけど。むしろ連絡しない方が怒るんじゃない?」
「彼女自身はそうでも、彼女の立場や彼女が抱える家族たちにとってはそうはいかないでしょう」
それにこの時代、彼女のフェミナンがもつもう一つの顔、諜報活動がフル稼働しているはずだ。わざわざ仕事を増やして迷惑をかけたくない。
「ん? 団長とやら。訳ありなのか?」
話についていけてないファナティが、今更な疑問を掲げた。当たり前のように食卓を囲んでもりもり食事をしているが、何でまだいるんだろう。まあ、まだ利用価値はあるか。
「ええ。実は私、ちょっとしたお尋ね者でして」
「そうなのか。何だ。何をやらかした。良ければ話だけでも聞くぞ。衆生の悩みを聞き、罪を許し、少しでもその者が救われるよう手助けすることも司祭の仕事だからな」
話を聞きたいだけという下世話な雰囲気が感じ取れる。世俗に疎い神職だからか、刺激に飢えているのだろうか。
「話しても良いですが、後戻りできなくなりますよ」
「なんだ。そんな大事をやらかしたのか。安心なされよ。神に誓って他言はしない。見た事聞いた事全て私の胸の中にしまっておくことを約束する」
話してみろ、と、ずいっと身を乗り出してきたので、話す。
「昔、カリュプスを滅ぼしまして。そのせいでコンヒュムから賞金を懸けられています」
「・・・」
ニヤニヤ笑いのまま、ファナティは固まった。そしてゆっくりと、まるでクマにでも遭遇したかのようにこちらに体を向けたまま私たちから離れていく。
「いや、どこに行くんですか」
ムトがファナティを羽交い絞めにした。
「は、離せ!」
「悩める衆生を救うのも司祭の仕事なんでしょう?」
「それとこれとは話が別だ! まさか、まさか貴様が魔女アカリだったとは! 私を騙していたのか!」
ムトに拘束されながらもじたばた暴れ、ファナティは私に人差し指を突き付ける。
「騙したつもりは毛頭ありませんけどね。そちらが勝手に勘違いしていただけでしょう。なんですか身の丈三メートルって。どこに十文字傷があるってんですか。天に抗って逆立つ髪の毛ってどんな天パよ。火も吹かなきゃ睨んで石化もさせないっての。どうして龍の書が現実的ではないなんて疑うことができて、私の人物像に疑いを持たないんですか」
とんだ風評被害だ。
「城壁に風穴開けた事と、カリュプス王の首をへし折ったのは事実だけどね」
こそこそ茶化すプラエを睨みつけて黙らせる。
「で、事実を知ったファナティ元司祭はどうされるおつもりで?」
「たとえ命の恩人であろうとも、貴様が魔女とわかった以上、神に仕える者として通報義務がある」
「おやめになった方が良いかと思いますがね」
「なんだ。命乞いか?」
「いえいえ、そちらの命の心配をしているんですよ」
「・・・私を殺す気か!?」
「私たちにその気はありません。ですが、あなたが通報しようとしている、おそらく教会ですかね。そちらがあなたを放っておかないと思いますよ」
「? どういう意味だ」
わかっていないようなので、教えてあげよう。すでに蜘蛛の巣にからめとられ、我々と一蓮托生の状態になっていることに。
「あなたは神に仕える身でありながら、龍神教のお尋ね者である魔女と行動を共にし、しかも龍の書の情報を漏洩した。どういう意味か、わからないわけないですよね」
「そ、それは、今この時まで知らなかったから・・・」
「そんな都合の良い話、異端審問官が信じると? また、あなたは龍の書に疑いを持っているような発言が見られる。これはおそらく、解読班のお友達からも証言が取れるでしょう。ということは、異端審問官からすればあなたは自分の研究のためなら神の教えに逆らう傾向があり、進んで魔女と共に行動をしていた、とみなされるでしょうね」
「いるのよね。自分の欲望に忠実で周りが見えなくなるマッドサイエンティストって」
プラエが「ああヤダヤダ」と手をパタパタ振っている。彼女以外のアスカロンメンバーの心が一つになった瞬間だった。咳払いし、話を続ける。
「ともかく。以上の理由で通報はお勧めしません。確実にあなたも投獄され、処刑されるでしょうし、あなたが肝心なことを黙っていても、我々はなりふり構わずあなたも道連れにします。どうです? それでも己の信仰心に従って通報します?」
「そんな・・・、どうして私がこんな目に・・・」
ファナティの体から力が抜ける。ムトが拘束を解くと、がくりと両ひざをついて項垂れた。計画通り、とほくそ笑みながら、私は言葉を彼の背に落とす。
「だから言ったのに」
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