第295話 平和を欲するならパラベラム
「馬鹿野郎!」
怒号が暗い森に木霊して、遠くでバサバサッと叩き起こされた鳥が飛んでいく。
「何が優秀な解読班だ! 重要なとこ丸々読み飛ばしてんじゃないのよ!」
怒鳴り声の正体はプラエだ。バチコンとファナティの後頭部を張り飛ばした。さみしいすだれ髪が衝撃でふわり舞い上がる。
「痛い! やめろ! 貴様、私を誰だと」
「は? 文句あんのか『元』司祭様?」
「ぐぬぅ」
「ぐぬぅじゃないわよ。あんたの中途半端な解読のせいでこちとらマキーナに殺されそうになったんだからね。ペチペチ頭を叩かれるくらいですんで幸運だと思いなさい」
「だ、だからこうして謝罪の意味も含めて貴様らに協力をしておるではないか」
司祭にクビとかあるんだろうか、破門がそれにあたるのか? そんなことを考えながら、私は目の前で繰り広げられる専門用語と罵声の入り混じった会話を聞いていた。
ファナティを救助した私たちは、まずは食事にした。腹が減っては戦はできないし頭も回らない。生きながらえたとはいえ、携帯食料を少しずつしか食べていないファナティは明らかに憔悴していた。一応協力関係でもあるので、役に立ってもらう間は元気でいてもらう必要がある。
モンス兵の死体は移動させて埋めた。その上に石を積み、簡易の墓とした。敵対し、命のやり取りをし、街の人間を殺した相手ではあるが、死んでしまったらもう何もできない。死者として弔っておく。この腐敗臭の中食事するのは辛い、というのもあった。
食事後は早速祭壇に刻まれた古代文字へのアプローチだ。まずは龍の書に書かれていた分をファナティから聞き出す。思った通り、ファナティは龍の書の内容を自分のノートに書き写していた。持ち出し厳禁、文化財のような位置づけの本の内容を、ティゲルのような記憶力を持たない普通の人間が持ち運ぶには書き写すしかない。
ノートの内容は、スルクリーの記録とほぼ同じだ。この地域に伝わる天使の伝承。龍の書ではこの世界を創造した神の御使いとなっている。
ここで、少し龍神教についてファナティよりレクチャーを受けた。龍の書は教えを前提として書かれていることが多いためだ。
まず、私たちが知っている龍神教の教えは、大多数の人間が勘違いしているという。
龍神教は、龍を神として崇めている、わけではない。龍が神の姿を模倣して創造された生命体であり、信仰の対象はあくまで神である。ただ、龍は人の傲慢を正すために神が創造した生命体でもあるから同じように恐れ敬っているだけである。
その龍神教の開祖『ウィタ』は、コンヒュムの砂漠の中で神の啓示を受けた。神の教えを広め、戦乱が続くリムスを平和と安寧に導くように、と。ウィタは神の教えを広め、人々を苦しみから救済していった。時の権力者たちはこれを良しとせず、何度もウィタを殺そうとした。だが、その都度神の奇跡が起こり、神に守られたウィタを殺すことはついぞ叶わなかった。反対に権力者たちは神の威光に恐れ慄き、ついには許しを請うことになったという。
以上が龍神教の始まりの物語。リムス中の教会にある聖書にも記載されている内容だ。そしてここからが本題である、ファナティの解釈になる。ファナティが言うには、権力者たちを恐れさせた神の威光こそが、マキーナをはじめとする神の御使いだという。
「つまり開祖たるウィタは神の啓示によってこういった祭壇を起動させ、召喚したマキーナを操って戦乱を治めたのだ」
ずいぶんと過激な開祖様だ。平和のためなら実力行使も辞さないとは。
「では逆に聞くが、神の教えだけで本気で戦乱の世を治められたと思うのか?」
「身もふたもない話ね。本当に司祭なの?」
「司祭である前に龍の書を解読し真相を解明する学者だからな。武器を持った人間が大人しく説法を聞くとは思えない。別の方法で武器を下ろさせてから説法を聞かせたと考えるのが普通だ」
こうしてマキーナを従えたウィタは次々と国を攻め落とし、信者を増やしていった。圧倒的な力を目にして、それに心酔するということはありえる。
「でもですよ~」
ティゲルが疑問を口にした。
「それならどうして、コンヒュムがリムスを統一できていないんですかぁ?」
マキーナの力は嫌と言うほど見た。運よく倒せたが、普通なら人間が何人束になってかかろうと倒せない。対軍、対集団では拡散レーザーの良い餌食になるだろう。
「その辺りはまだ全て解読できていないのだが、おそらくはウィタが寿命か病によって死亡してしまったのが原因だろう。彼以外にマキーナの召喚方法がわからないため、統一も途中で終わり、再び戦乱の時代へと戻ったわけだ。その証拠に、龍神教の信者分布はコンヒュムを中心として、そこから離れる程信者数が減っていくのがわかる」
言われてみれば、北部のラーワーでは信者数も少なく、教会もほとんど見かけなかった気がする。私の考えを補足するように、ゲオーロが「確かにミネラには信者はいませんでしたね」と頷いている。
「話を戻そう。生き残ったウィタの側近たちは、ウィタが死亡したことでせっかく集めた信者が離れていくのを防ぐ為に彼を神格化し、彼を崇め奉る龍神教を作った。さらに信者を増やすためにウィタの偉業だけを耳あたりの良い言葉に変換して残すことにした。人々が望み、信じやすい神話にして纏めた。それが龍の書だ」
もちろん、私の推測も含まれているので絶対ではないがな、とファナティは続けた。
「信仰は神を崇め、宗教は神を利用する、ってことか」
宗教の闇を見たようなげんなりした顔で、ジュールがしみじみと頷いた。その神に対する信仰もずいぶんな歪みが生じているようだし、結局人は自分が信じたいように信じているだけ、ということか。
「龍の書の、ウィタ本人と思われる手記の部分に、ダリア村のマキーナに関する資料が残されていた。私たちはそれを解読し、上司の司教に報告した。この混迷の時代に必要なのは神の力。神の救いだと。リムス中にあるこういった祭壇を起動させ、マキーナを操ることができれば、その圧倒的な力によってウィタの時代と同じく乱れているこの世を治めることができる、とな」
司教からの命令を受け、ダリア村へ向かうよう指示を受けた。
「途中で解読の協力者を合流させると言われ、ダリア村に向かう途中でお前らが乗ってきた」
ファナティがプラエたちを指さす。
「なぜ部外者を関わらせるのかと不思議に思ったものだ。それなら最初から同じ解読班のメンバーと一緒に来た方が連携も取りやすく理解も深いのに、とな。それがまさか、私の厄介払いのためとはな。他のメンバーを犬死させるわけにはいかないから、外部から協力者を募った、ということか」
切り捨てられ、裏切られた者特有の落ち込んだ顔をしているが、ここに巻き込まれた者たちがいることを忘れてはならないと思う。
「ちょっと待って。その話が本当なら、矛盾がない?」
プラエが挙手した。
「厄介払いするだけなら、適当に理由をつけて破門にするなり殺すなりすればよかったんじゃない? でもモンス兵は、あんたの説を確認するためだけにダリア村や街を占領しようとしたのよ?」
これに関しては、私も気になって考えていた。やることが中途半端なのだ。もしかしたらもっと簡単に占領するつもりだったかもしれない。最初はダリア村だけのはずだったし。いや、それでもそこそこの兵力を付近に伏せていたわけだから、ファナティの話にはそれなりの期待をしていたのではないか、とも考えられる。
「なんだか、色んな命令が飛びかってるみたいだなぁ」
ムトが呟いた。ああ、そうか。私はムトを指さした。
「もしかしたら、それかもしれないわ」
「団長?」
「今回の話には、複数の人間が口を出したんじゃないかな」
「どういう意味?」
プラエがこちらを向く。他の面々も私に注目した。
「ファナティの話を信じてマキーナを調べようとした人間と、聖書の原本である龍の書を疑う異端者を排斥すべきと言う人間がいて、折衷案としてマキーナは調べる、ファナティは処分する、という事になったんじゃない?」
「なるほど、一応、筋は通るわね。どんな組織だって一枚岩じゃないだろうし。コンヒュムだけじゃなくて、他の同盟国からも指示が出たのかもね」
コンヒュムではなく、モンス兵が出てきたのもそういう理由かもしれない。今回のように問題になった場合、他国の兵が入っていたら裏切りを疑われる可能性だってある。だから自国の兵が対応した。そう考えることもできる。
ファナティのレクチャーは以上となり、龍の書に関する前情報を得て祭壇の解読に挑んだ。祭壇にはマキーナの情報が記されていた。また、不用意に封印を解くべからず、災いが降りかかる、などの注意書きもあり、これがプラエの逆鱗に触れた理由だ。その中で私たちが注目したのはマキーナの存在理由だった。神の御使い、天使、龍と人を混ぜ合わせたような巨人。その存在理由とは。
「「「神の目的を、果たすこと?」」」
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