第294話 コントが始まってた
ダリア村に行く途中の沢で、村人たちは怯えながら隠れていた。私たちが到着し、危機が去ったことを伝えると、全員の体から緊張が抜けた。緊張が蓋をしていたのか、村人たちの目や口から悲しみが流れ出した。ようやく、彼らは悲しむ余裕を持つことができた。
私たちがダリア村の祭壇に向かうことを告げると、案の定一緒に戻りたいと訴えた。あそこには、彼らの家族の遺体がある。きちんとそのまま放置すれば獣に食い荒らされ、無残な姿になるし、腐敗すれば悪臭が漂い、住みづらくなる。人道的にも住環境的にも良くないため、きちんと弔いたいと言う。
戦いに巻き込んでしまった負い目もあるし、拒否する理由もない。怪我している村人に手を貸しながら一緒に向かう。
「これからのことを話しましょう」
道すがら、死んだ村長の代わりに村の代表となった中年男性に声をかける。
「今回の件はダリア村だけでなく、街の方まで被害が拡大しました。住居は倒壊し、すぐに住める状況ではありません。そのため、街の住民たちは近くの大きな街に助けを求めに向かうそうです。出発は大体二日から三日後を想定しているとのこと。もし皆さんも向かうなら、一緒に行くと良いでしょう。セプス傭兵団が護衛でついてくれるので安全です」
「有難い。お言葉に甘えさせてもらいます」
村に到着した私たちは、協力して遺体を墓地に埋葬していく。土を掘り返す単調な音と嗚咽が混じる。村の少年ジェンも、涙を浮かべながら自分の父親に土をかけていく。
「つらいなら、私たちでやっておくけど」
「いえ、大丈夫です」
まったく大丈夫じゃない声で彼は首を振った。
「僕が、やらねばならないのです。母さんや妹は、家族は僕が守るから大丈夫だって、安心してって」
それ以上言葉は続かず、ジェンの顔はクシャリと歪んだ。
「わかった」
それだけ言って、私は遺体に土をかける。鼻を手でこすってすすり、ジェンも埋葬を再開した。
全ての遺体を埋葬した後、今度は無事な家屋から家財道具を回収し、同時にけが人を載せる荷車を調達する。幸いロバが二頭無事だったので、荷車はロバに牽かせれば良い。人を載せられるだけの大きな荷車は残念ながらなかったが、そこはゲオーロが廃材を利用して作り直した。
「本当に、ありがとうございました。このご恩は忘れません」
荷台にけが人と荷物を載せたダリア村の村人たちは、街に向かって再び山道を下っていく。村長代理は「恩に報いるにはわずかですが」と金貨五枚と載せきれなかった食料を私たちに渡した。
「本当は、以前依頼を出した時の額である十枚渡したいのですが」
「わかっています。そちらにも生活があるでしょう。むしろ、こちらは金貨五枚と食料をわけて貰えただけでもありがたいので」
嘘ではない。再び貧乏傭兵団となってしまった私たちにとって、食料と水の代金が浮くだけでもありがたい。すみません、ありがとうございますと頭を下げて、村長代理は荷台を追った。荷台から、ジェンの妹がこちらに向かって手を振っていた。ジェンも一緒になって手を振り、母親は頭を下げている。もう涙は見えない。ムトとゲオーロ、ティゲルが手を振り返している。
「さて、私たちも行きましょうか」
ここからが本番だ。私の声に、全員の顔が引き締まる。
祭壇が近づいてきた頃、夜になっていた。祭壇はマキーナを召喚した時とは違い、すでに光を失っていて辺りは薄暗い。松明がなければ足元は危ういだろう。
「またここに来るとはね」
来たのは三回目だ。コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスを求める合理主義者ではないが、こんなに訪れるなら一度で全ての要件を済ませたかったところだ。
「団長」
先頭を歩いていたジュールが足を止めた。
「ジュールさん? どうしたんですか?」
「何か、聞こえないか?」
言われて、私たちは揃って耳を澄ませる。草木が揺れて出すザラザラした音の中に、微かにノイズが混じる。人の声だ。祭壇の方向から聞こえる。
「ムトくんは左から、ジュールさんは後方から銃で警戒をお願いします。プラエさんたちはここで待機を」
武器を構え、私は音源に対して右から迂回して近づいていく。近づくにつれ、ただ人の声としかわからなかったものが、徐々に言語として理解できてくる。
「・・・れ・・・すけて・・・」
これは、助けを求めるSOSか? 更に近づくと、ふむ、どこかで聞いたことのある声だが、どこでだったか。
祭壇まであと数メートル。腐敗臭が鼻をつき、顔をしかめ腕で鼻を覆う。モンス兵たちがマキーナに殺害されてから、おおよそ二日ほど時間が経過している。外気温等に左右されるが、腐敗臭は死んでから二日ほどで放ち始める、と何かのミステリーで読んだ。あの戦いからもう二日経つのか、と考えていたら、ムトが手招きした。どうやら音源を発見したらしい。見れば武装も解除している。走って近づき、彼が指さした方を見ると、思わず笑いが込み上げてきた。
「これはこれは。また会えるとは思わなかったわ」
そこには龍神教の司祭、ファナティ・クレッソスが倒れていた。確か彼は、目の前でモンス兵のスパイが死んだショックで倒れて、そのまま放置してきた。また会えるとは、なんて言ってみたが、実のところ会うまで放置してきたことを完全に忘れていた。
「何をやってるんですか司祭様。こんなところで寝てると、風邪ひきますよ」
なぜ彼が倒れたままなのかわかっていて、わざと尋ねる。隣ではムトが笑いをこらえきれずに横を向いて口元を押さえている。
「何だこりゃ」
私たちが警戒を解いたことに気づいたジュールが近寄ってきて、至極まっとうな疑問を呈した。彼の後ろからプラエたちもついてきて、同じように首をひねるか、笑っていた。
「どこをどうすれば、こうなるのよ」
プラエが指で『剣』の柄を弾いた。
「ば、馬鹿者! やめろ!」
それだけで、ファナティは悲鳴を上げる。
「その行いがどれほど危険か見てわからんのか!」
「見てわかるんだけど、理解できないことってあるのね」
プラエが矛盾に満ちたことを言っているが、この場にいれば誰だって同じ事を思うだろう。
ファナティは祭壇の横にうつ伏せで倒れていた。生きていたのは、おそらく運が良かったからだ。死体になったモンスのスパイの上に倒れこんだため、マキーナの目には一つの死体として映ったのかもしれない。加えてそのすぐ後に、これまたマキーナの一撃で殺された兵が上から覆いかぶさるように倒れこんでいる。冷たくなっていく死体が上にあるおかげで、マキーナの目に映らなかったと考えられる。すぐに私を追ってきたのも、彼が生き残った要因の一つだろう。
皮肉な話だが、動けなくなったのも、彼の命を守ったであろうスパイたちの死体のせいだ。スパイは殺されるとき、手に剣を持っていた。殺されて手から力が抜け、地面に落ちた剣は上手い具合に地面に突き立った。剣の横にファナティが倒れこむ。ちょうど首元に剣がある位置だ。これだけでも狙ったかのようなのに、殺されたモンス兵の剣が上から落ちてきて、先にあった剣とクロスした状態で地面に刺さってしまった。ちょうど鋏を開いたような形だ。その鋏の間にファナティの首があった。二本の剣は絶妙なバランスを保っており、わずかな振動で下のファナティの首に落ちてきそうだ。うつ伏せ状態では剣がどうなっているのかよくわからないし、体の構造的に剣を抜くこともできない。
「運が良いのか悪いのか、わかりませんね」
彼の周りに散らばる水筒を見て、ゲオーロが呆れたように言った。おそらくスパイが持っていたものだろう。首は動かせないまでも、腕で死体を漁り、食料や水を探し当てて、それで生きながらえたのだ。生に対する執念は恐れ入る。
「悪いに決まっているだろう! いいから、早く助けてくれ!」
「そんな口をきいても良いの?」
コンヒュムの司祭だかなんだか知らないが、立場はわきまえてもらわないと困る。ファナティもすぐに察し、口をつぐんだ。
「理解が早くてよろしい。今や、あなたの生殺与奪権は我々にあることをお忘れなきよう」
「わ、わかった。お願いだ。助けてくれ」
「良いでしょう。しかし、条件があります」
「条件? 何だ。何でもいう事を聞く。だからこの剣をどうにかしてくれ」
言質を取った。まあ、取れなくても言う事を聞いてもらうつもりだったが、こういうのは形式的であれ大事だ。
私たちは、とてもとても悪い顔をしながら、哀れな子羊に救いの手を差し伸べた。
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