謀略の夜から、解明の朝へと道は続く

第293話 原動力

 目的の決め方については、人それぞれ方法があるかとは思う。

 私の場合は、長期目標と短期目標にまず分ける。長期に持ってくるのは長い期間がかかりそうなものや達成が困難なもの。私なら元の世界に戻る等だ。短期に持ってくるのは近々に解決しなければならないものや長期目標を達成するために必要な工程のもの。生活資金の工面や様々な地域での情報収集等がこれに当たる。

 マキーナ戦後、私たちは再びアスカロンを結成した。最初にやることは、まず方針を決めることだ。

「まずはダリア村の遺跡に向かいます。祭壇の文字を、ファナティはおそらく途中までしか解読できていない。全部解読できれば、新たな情報を得られるかもしれません」

「私たち、そもそもそのために連れてこられたようなもんだし」

 異論はないわ、とプラエが賛同した。他の面々も頷き、反対はない。

「また、この遺跡のこと、マキーナの存在を知っていたであろう十三国連合は、今後も同様の動きをする可能性があります」

「強力な兵器が必要ってことは、それを使うべき状況を目論んでるってことだもんな。やだねえ。大国一つ分の力手に入れた今の状況で満足できんものかね。欲望に底は無しってか」

 ああやだやだ、とジュールは嘆いた。

「そうなると、マキーナとか古代の遺跡調査の他、各国の情勢も気にしないといけないのか」

「ええ。これまで以上に情報収集は重要になってくるかと思います。ジュールさん、ムト君、お願いします」

「はいよ」「任せてください」

 やることは決まった。後は行動に移すのみだ。荷物をまとめ、移動の準備を始める。

「団長。彼らはどうします?」

 ムトが親指をくいっと向けた先にいたのは、ボロボロのセプス傭兵団と住民たちだ。見たところ地下でのマキーナとの戦いのときから数は減っていないから、爆発による死者は出ていないようだ。けが人は多数、というよりも全員か。

「どう、と言われてもね。この戦いに関して協力はしたものの、何らかの契約を結んでいたわけではないし。戦いが終われば私たちの間にある関係は無関係くらいなもんです。生き残ったのなら勝手にするでしょう」

 向こうも、私とはもう関わりたくないだろうし。

「よう」

 と、考えていたら、団長のディールスが足を引きずりながら近づいてきた。

「無事、とは口が裂けても言えねえが、生き残ったんだな」

 ボロボロの私たちの姿を見てディールスが言った。

「ええ、お互いに」

「あんたらは、これからどうすんだ?」

「ダリア村に戻ろうと思います」

「物好きだねえ。あんなおっかないものが出てきたところにまた行くのかい?」

「おっかないですが、その原因を突き止めなければまたおっかないものに追い掛け回されますので」

 そちらは? と水を向ける。

「生き残った住民を連れて、近くの街まで護衛として連れていく。依頼料はほとんどねえサービスみたいなもんだが、どのみち俺たちも補給やら団の再建やらしなきゃならねえ。ついでだ」

 再建、という言葉を使った彼の顔には苦悩と無念が浮かんでいた。これまで共に戦ってきた仲間を失ったのだ。覚悟していたとしても、辛くないわけがなく、苦しくないわけがない。それでも団長として、前に進み、団員を引っ張り、団を存続させなければならない。生き残った者たち全員でこれからも生き続けるために、後ろを向いている暇はないからだ。

「出発はいつ頃ですか?」

「住民連中の準備が済み次第だ」

 ふむ、と一つ考え、提案する。

「二、三日ほど待ってもらうことは可能ですか?」

「なぜだ?」

「ダリア村の生き残りも一緒に連れて行ってもらいたいのです」

 ここに来る途中の沢で隠れてもらっているのを思い出した。マキーナの脅威がなくなったことを教えなければ、沢から出られない。風邪ひいてないと良いけど。

「もちろんそちらの都合もあるでしょう。無理にとは言いませんが」

「いや、待っている。街の住民たちもどうせ貴重品や食料をかき集めたり、死体を埋葬したりでそのくらいの時間はかかるだろう」

 それに、とディールスは付け加えた。

「不謹慎な話だが、彼らの中からうちの団に何人か勧誘できるんじゃねえかと思ってな。全て失ったやつは自暴自棄になっちまう。盗賊とかに身をやつして悪事を働いたり、後追いで死んじまったりな。どうせ自棄になって死ぬなら、うちで働いて死んだ方が命を有効活用できる」

 口ではそういうが、本音はどうなのだろうか。

 間接的に私のせいではあるが、彼自身、国を失った身だ。そしてセプス傭兵団は同じく国や家族を失った者を受け入れて出来た団だ。戦力確保ももちろん理由にあるだろうが、彼らの境遇に同情しているのもまた事実ではないか。

「なもんで、有望そうなやつがいたら、声かけといてくれ」

「伝えておきます。では、これで」

「ああ、あと最後にもう一つ」

 準備に戻ろうとした私をディールスが呼び止めた。

「これは、個人的に聞きたいことなんだが」

「何です?」

「どうして、カリュプスを滅ぼしたんだ?」

 少しの時間を置いて、私は「どうしてそんなことを?」と聞き返した。

「傭兵になって各地を渡り歩いていたら、たまにカリュプスの話を聞く。俺たちにとっては祖国だし、愛国心もそれなりにあった。だが国外に出ればカリュプスは、特に十三国連合の連中にとっては大悪党だった。こんなに恨まれていたのかと正直驚いたよ。これだけ恨まれていたら、多くの人間が滅ぼしたいと考えたのも無理はない。だが、実際に行動に移す奴なんていなかった。なんせ、当時のカリュプスは大国。十三国連合も、十三の国がつながらなければ対抗できない、それほどの相手だった。そんなカリュプスを一個人がどうして滅ぼそうと考え、どうやって滅ぼしたのか。教えてくれよ。後学のために」

 茶化すような口調だが、言葉は真剣なように思えた。また、自国のことを身内びいきではなく客観的に見ようとするディールスの姿勢に少し興味がわいた。

「どうやって滅ぼしたか、については彼女、アルデアが知っている通りです。インフェルナムの力を利用して滅ぼしました。どうして、についてですが、それが私の生きる原動力だったからです」

「生きる、原動力?」

「ええ。私も、カリュプスを憎む一人でしたので。そして、滅ぼしたいでは終われなかった」

 どれほど時間がかかろうと、どれほど犠牲を払おうと、必ず滅ぼす。そう誓った。以来、その誓いが私の真ん中にあり、私を動かし続ける動力となった。

「ですので、あなた方やアルデアの憎しみや怒りは多少理解できます。許されようとは思っていませんし、許されることもありません。私は、それだけのことをした」

 私のことを、ディールスはじっと見て。

「そうか」

 ぽつりと、何やら納得したように呟いた。

「それでも、あんたは生きるのか」

 私の答えから何を考えたのかわからないが、ディールスが言う。私は頷いた。

「愚かな私についてきてくれた人たちがいます。私を守って死んだ人たちがいます。彼らが生かしてくれたこの命を、自分から無駄にすることも、捨てることもありません。復讐と『それ』が、これからの私の生きる原動力です」

 この後少し雑談して、会話は終わった。「答えてくれてありがとよ」とディールスは団員たちのもとへ戻っていく。答えになっているかわからないし大したことは言っていないが、満足しているようなので良しとした。話している間に荷物はムトたちの手によってまとめられいつでも出発できるようになっていた。礼を言い、荷物を背負う。

「行きましょう」

 みんなが頷く。再び、私は彼らと共に歩く。




 背中が遠ざかっていく。憎き魔女と傭兵団アスカロンの団員たちが、またダリア村に向けて出発した。

「どうしたアルデア」

 ディールスが彼女に声をかける。

「いえ、何でもありません」

「気になるのか。アカリのことが」

「まさか」

 視線を外し、荷造りを再開する。

「やはりまだ、彼女を殺したいのか」

「もちろんです。傭兵の約束がなければ襲い掛かってます」

 きっぱり言い放つアルデアを見て、ディールスはため息をついた。

「取れるものなら取ってみろ、だとさ」

「・・・え?」

 手元から目を離し、アルデアがディールスの顔を見た。

「関わらないでほしいという約束は有効だが、傭兵の仕事上、依頼などで競合、敵対するのが避けられない場合はその限りではない、とか言ってたぜ。つまり、依頼で敵対する場合は戦っても良いってことだ」

「あの女・・・!」

 話の意味を理解し、アルデアは歯で唇が破けんばかりに強く噛みしめた。舐められている。私程度に負けるわけがないと思われている。

「強くなってやる」

 アルデアが自分自身に誓う。誓いは生きるための原動力になった。

「もっと強くなって、今度は、必ず」

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