第292話 幕間 野心という名の炎
山岳国家モンス内にある街が突如消えるという事件が起こる、少し前。
カリュプスと呼ばれた国家の首都、今は十三国が共同で統治しているテンプルムの中枢都市『アケルウス』。ここでは連日、十三国家間による国際会議が開かれていた。
残った王城を再利用し、新たに建設された城は、メインとなる城と十三の支塔がつながっている。十三の支塔はそれぞれの国家から出向してきている大使たちの居住区として使われており、会議の際は中央の城へと移動する形だ。支塔から支塔には移動することができず、必ず中央の城を介さなければ移動することができない。この作りは、十三の同盟国はどの国にも優劣はなく平等で同等の権限を持つ、という意味と、裏で密約や抜け駆けはしない、という意味がある。
その支塔の一つに、会議を終えたばかりの大使が足音荒く戻ってきた。
「話にならんな」
ドアが閉まるなり、十三国連合の一つ、海洋国家ピラタの大使は独りごちた。各支塔の出入り口にはプルウィクスが提供した盗撮、盗聴を防ぐ魔道具が設置されている。彼らにとって、テンプルム内でこの部屋が唯一心安げる場所であった。逆説的に、この部屋から一歩でも出れば一時たりと油断できない場所ということになる。これにはいくつか理由があった。
以前、カリュプスを奪い取った時の連合軍を率いていたのは、当然ながら軍を率いる将たちだった。彼らは良い意味でも悪い意味でも軍人故に、同盟相手よりも手柄を上げることは頭にあっても、同盟相手の足を引っ張るという考えはかけらもなかった。カリュプスを落とすという大業を成すのに、足並みを揃えるのは最低限の条件だったからだ。結局カリュプスは魔女によって滅ぼされたため、多少の肩透かしを食ったわけで、上げた手柄も大した違いはない。例えるなら皆仲良く手をつないでゴール、だった。
だが、今このアケルウスに常駐しているのは軍人ではなく大使、政治家である。それも、これまで己が身一つで大国相手に手練手管を尽くし、自国の権利を守ってきた交渉の達人たちだ。迂闊な発言一つで多くの犠牲者が出るプレッシャーを耐え抜いてきた彼らに油断していい場所など存在しない。
そんな彼らの一人であるピラタの大使が苛立つ理由は、自分の意見が受け入れられなかったためだ。その苛立ちを何とか吐き出して苛立ちを鎮めたいがために、部屋まで我慢していた。戻った途端、深いため息とともに呟いたのがあの一言である。
海洋国家ピラタの起源は、海賊だったと伝えられている。犯罪者たちが海に逃げるか、もしくは島流しにされ、行きついた一番大きな島が今の彼らの首都『プルモー』である。そういう背景からか、彼らは権力や地位、富に強い執着を見せる。
カリュプスを併呑したのに、彼らが思い描いたような恩恵はなかった。手に入ると思われた恩恵がただの皮算用であっても、それに満たなければ損をした、と思ってしまうのが人間であり、その傾向が強いのがピラタ人だ。カリュプスがなくなり、また他四国から受けていた理不尽が消えただけでもかなりの負担が減ったはずだが、自分たちが受けていた仕打ちを取り戻すほどの恩恵がもっとあってしかるべきだというのが彼らの考えである。
先ほど行われた十三国会議でピラタの大使は『旧大国への侵攻』を提案した。過去と決別するを含め、以前五大国と呼ばれていた国を旧大国、新しく生まれたテンプルムを新大国と称した。
彼は、混迷を極めているリムスに安寧をもたらすには、もはや残り四国も制圧し、十三国同盟の手でリムスを統一するべきだと持論を展開した。五年の月日によりテンプルムは完全掌握し、また各国の国力も上昇した。今こそ攻勢に打って出るべきだ、と他の大使たちに訴えた。彼の強硬な考えの裏には、このまま四国を残しておけば再び奪われるかもしれない、という不安もあった。長年大国によって受け付けられた恐怖は早々に消えるものではない。
彼の話に乗ったのは、十三国のうちたった三国、騎馬民族国家カンプウと地底国家プロフドだけだ。カンプウもピラタ同様に勝算があると考え、プロフドは他の国以上に長年アーダマスに虐げられてきた恨みがあった。
反対したのは法治国家セナトゥス、外交国家ベルリー、城塞国家カステルムの三国。セナトゥスは混乱してはいるが、それも徐々に収まりつつある、とピラタとは正反対の意見を出した。ベルリーは旧大国側も落としどころを探っている状態であるため、国力が上回った今、外交によって友好関係を締結させることができるとセナトゥスの意見に賛同した。この二国の反対は想定内だが、カステルムが反対したのは意外だった。城塞国家と謳われるだけあり、かの国は他の国とは違い、実力によって大国からの侵略や不平等条約から自国を守り続けていたのだ。それだけの実力があり、更に力をつけたのだから守勢から一転すると思っていた。ピラタの大使にとっては想定外の出来事だった。
残りは保留で日和見だ。おそらく、一国でもどちらかに傾けば、芋づる式にそちら側へと流れるだろう。
なぜ彼らはこの状況に甘んじていられるのだろうか。安心できるのだろうか。ピラタの大使は不思議で仕方なかった。大国からの支配を脱却しただけでどうして満足できるのか。なぜ更に力を、富を、地位を求めない。それが許されるだけの力と大義があるというのに。
コン コン コン
如何にして反対・穏健派を納得させ、保留している連中を取り込めるか。そのことを思案していた大使の耳に窓を叩く音が届いた。彼がいる部屋は支塔の三階。風か雨が窓を叩いているのかとその方向を振り向く。
「・・・なんと」
彼は驚いた。窓を叩いていたのは一羽の鳥だった。窓際に足を載せて嘴でノックしている。大使が近づいても鳥は逃げず、どころか窓を叩くのを止めた。部屋に入れてくれと言わんばかりだ。大使が窓を開けると、鳥は机の上へと飛んで行った。丸い机の上をぴょんぴょんと二回飛び反転し、大使の方を向き
『窓をお閉めください。大使』
そう、ざらついた小さな声で喋った。驚く大使に対して、鳥は続けた。
『お願いです。窓をお閉めください。いかにぎりぎりの音量で話しているとはいえ、プルウィクスのセンサーに引っかからないとも限らないので』
大使が言われた通り窓を閉めると、鳥はふう、とため息をついた。
『お聞き届け頂き、感謝します。大使』
「貴様は、一体何者だ」
『私は、リムスを統一するという貴方の意見に賛同する者です』
大使の目が険しくなる。
「どちらの国の大使か」
『申し訳ありませんが、今はまだ答えることができません』
「何故だ」
『我が国内でも同じ二択で意見が割れており、統一できていないからです』
「だから賛同する者、なのか。国ではなく、個人の意見ゆえに、国を明かせない。国の名を出せば、それが総意ととられかねんからな」
『はい。ご理解頂けますよう、よろしくお願いいたします』
「賛同者がいるのは心強いが、一体私に何用だろうか。それに、大使同士が密会するのは危険ではないか?」
『プルウィクス自慢の盗聴、盗撮の魔道具により、外部にここでの会話は知られることはありません。その代わり、ここに人が出入りするのを監視されているわけではありますが、こういう裏技ですり抜けることができるわけです』
「ではこの鳥は、魔道具か」
『そのようなものです。魔道具製作が得意なのはプルウィクスだけではない。我らも特定の条件であれば、かの国に負けぬ性能の物が作れます。これはそのうちの一つ』
鳥との会話から、大使は賛同する者の国を推測しようと試みる。プルウィクス以外で魔道具作成の得意な国。いや、特定の条件と言ったな。では、特殊な環境下の国である可能性があるか。
『おっと、これ以上詮索はおやめ頂けるとありがたいのですが』
「しかしだな。素性も明かさない方の話を素直に聞けるほど、私も若くはないのだ」
『いずれ、必ず正体をお見せします。それまではどうかご辛抱いただきたい』
「・・・わかった。話を伺おう」
『感謝します、大使』
鳥が器用に頭を下げた。
『この度の会議でもわかったように、悲しいかな、我ら十三国は同じ方向を向けていません。どころか、自分たちの好きにし始めている。これでは同盟とは言えず、いつ旧大国どもにこの隙を突かれるやもわからない状況です』
「うむ、その通りだ。国力の合計は勝るとも、やはり一国では力の差は歴然。バラバラのままでは勝てない」
『はい。では、我らはどうやってこれまで同じ方向を向けていたのか、を考えますと、虐げられている状況からの脱却が共通の目的だったからです。同じ目的があれば、当たり前ですが協力することができます』
「その目的は失われ、それぞれの目的のために動き出している。意見が合わない原因だな」
『ゆえに、新たに共通の目的を作る必要がある。その為のお力添えを頂きたいのです。これが、危険を冒して大使にコンタクトを取った理由です』
「我らピラタに、か?」
大使が首をひねる。他の国ではなくピラタに依頼してきた理由、ピラタが持つもの。
「船が入用か」
『ご明察です。ピラタが誇る船の力をお貸しいただきたい。どんな時化にも負けず海を渡り支配する強力な海軍の力で、我らの共通の目的を作り出します』
「海軍で、何を作ると言うのだ」
『”戦う理由“ですよ。旧大国が得意だったあの方法を、やり返すのです』
大使も記憶にあった。謂れなき罪をでっち上げ、大国が小国を飲み込んでいくのを。いつか自分たちも同じ目に遭うのではとびくびくしていたものだが、今度はそれを仕掛ける側に回るという。大使の胸の中で昏い炎が灯った。
「具体的な話を教えてもらえるか」
『もちろんです。ああ、その前に』
貴方は『神々の遺産』をご存じか? 鳥はそう尋ねた。
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