第291話 爆発でも壊れない

 ぜい、ぜいと荒い息が聞こえる。自分の声だ、と気づくのに少しかかった。それだけ、目の前の死骸を注視して、そこにだけ意識を向けていたらしい。

 死んでいてくれ。起きてくるな。

 それだけを願いながら水面からわずかに姿を見せるマキーナの半身を見ていた。体力はもうほぼない。ナトゥラのダイヤルⅢ、パイルバンカーモードは高火力と引き換えにかなりの魔力を必要とした。二発目を撃つ余力は私になかった。これで駄目だったら、本当に打つ手がない。

 マキーナに動きは、無い。へなへなと足腰から力が抜けていく。ばしゃんと水の中に膝を突っ込んで、これまで張っていた緊張を体から全て排出するような、盛大な息が口から漏れ出た。

「・・・お、終わった」

 背中を逸らせながら、暗い天井を見上げる。爆発やらレーザーやらで崩れた個所から、陽光が漏れ落ちていた。それらを押し返すかのような勝鬨が仄暗い場所から湧き上がる。

「団長!」

 ムトが駆け寄ってきて肩を貸してくれた。

「大丈夫ですか。怪我は」

「あ、うん。大丈夫。ちょっと疲れただけ」

「勝った、んですよね」

「流石にね。体半分を吹っ飛ばされて、首がもげても生きてる生物なんて考えたくもないわ」

 ただ、このマキーナが本当に生物かどうかは怪しいところではある。完全にラテルの生態系から逸脱している。人間とドラゴンを足して二で割った姿に加えて手足は機械が混じっている。硬質で、まるで合金の塊から削り出されたような体もそうだ。名前の通り、まさに機械仕掛けの化け物ってわけだ。今後、同じ化け物に遭遇しないとも限らない。持ち帰って調べる必要がある。

 ようやく足に力も戻ってきた。ムトに礼を言い、水の中に手を突っ込む。ハロウィンの飾りつけに使うカボチャほどの大きさの頭を抱える。重いが、何とか抱えることができた。

「戦利品として死骸を回収しましょうか。ムト君、手伝ってくれる?」

「了解です。とはいえ、体は吹っ飛んでもこれだけの巨体です。僕たちだけでは手が足りませんね。ジュールさんやゲオーロにも手伝ってもらわないと」

 ちょっと呼んできます、とムトが離れていく。私も抱えた頭を、腰を痛めないように慎重に運ぼうとするが、うん、無理はやめよう。他に方法は、とあたりを見渡し、水面に見慣れた袋が浮いているのを見つけた。プラエの魔道具が入った袋だ。マキーナが倒れた際に爪から外れたのだろう。

「こいつに入るかな」

 入れば楽に持っていけるが、ちょっと難しいか? そんなことを考えていた時だ。


 ピ


 なんだ。この、何の変哲もなく周りの喧騒と比較すれば簡単にかき消されてしまうはずの小さなしかして大いに心をかき乱し不安を叩きつけてくるかのような異音は。


 ピ          ピ         ピ


 異音は断続的に続いた。心なしか間隔が狭まってきている、ような・・・?


 ピ        ピ      ピ


 気のせいじゃない。音の間隔は狭まっている。そして、音が鳴るたびに一瞬、青い光が同時に灯っている。この暗闇の中で、青く輝いていた物といえば、嫌でも気づく。視線を恐る恐る下に向ける。

 音と同時に、マキーナの目が輝いた。

「冗談でしょ・・・」

 何か悪いことでもしたでしょうか神様。いや、確かにしてはいるし自覚もあるけど。ここまで苦難に愛されるってどういうことだ。戦国武将の山中鹿之助だってこんな七難八苦はご遠慮願うだろうし、そもそも彼の名言というか考えは大きな仕事を成すための苦労や努力を進んでしろって話であって、大きな仕事を成した後に成果の全てを台無しにするような理不尽のことじゃない。

 警戒度は一気にメーターを振り切った。憤りも悲しみも何もかも、ついでに頭も捨てて叫ぶ。

「逃げろ!」

 歓喜に沸き立っている連中に冷や水を浴びせる。

「は?」

 勝利を祝っていたディールスたちが首を捻った。

「何言ってるの。マキーナの回収は?」

 呆気にとられた顔のプラエ。彼女やジュール、ゲオーロを連れてきたムトも同じ顔をしている。それはそうだ。今しがた回収しようと話してたのに、突然言っていることが変われば訝るのも無理はない。だが、説明している時間すら惜しいのだ。シンプルに、これから起こるかもしれない事象だけを告げる。

「爆発する!」

 かもしれない、とは付け足さない。爆発しなければ私が笑いものになるだけで済む。安いものだ。だが、断続的に点滅する光に間隔が狭まる音、これに化け物の死骸が加わった方程式が導き出す答えは一つきり。

 歓喜が悲鳴に代わる。全員が我先にと井戸から這い上がっていく。

「ちょ、待って、まだワポルとか設置したまんま」

「諦めてください!」

 水辺に設置したワポルの方へ行こうとした彼女の腕を掴んで引き留める。

「すぐ、すぐ済むから!」

「駄目です! これで我慢してください!」

 水面に漂っていた袋を回収してナトゥラを入れ、彼女に渡す。

「おい、早く上がってこい!」

 上からジュールが顔を覗かせている。

「すぐ行きます! プラエさん、しっかり掴まって!」

「ちくしょう! 最近こんなのばっか!」

「大いに共感しますが、泣き言は後!」

 間隔がさらに狭まる音と点滅速度の上がった青い光に急かされながら、アレーナを井戸の縁にかけて縮める。井戸から飛び出し、プラエを支えてさらに離れる。走りながら何度も井戸の方を振り返る。

 まだ爆発しない。走る。振り返る。爆発しない。走る。振り返る。爆発しない。

「・・・ねえ、爆発、しないんじゃない?」

 疑惑の目でプラエが私を見た。足を止める。確かにおかしい。あの間隔から、もう一分くらいで爆発します、みたいな気がしたんだが。私たちが足を止めたのを見て、先に逃げていたムトやジュール、ゲオーロ、ティゲルもこちらに近寄ってきた。セプス傭兵団も、その後ろからついてくる。

「さあ、どうするのよアカリィ~。皆に言い訳の準備は出来てるぅ?」

 ニヤニヤ笑って、体を揺らしながら私の顔を覗き込むプラエ。

「爆発する、なんて騒ぐから慌てて逃げてきましたけど? 何も起きないんですけど? こっちは肩透かし食らってるんですけどぉ~?」

 意地悪い彼女はそう言いながら私の鼻をちょんちょんと指でつつく。

「ま、まあまあ、爆発しないにこしたことないじゃないですか」

 取りなす様にムトが間に入ってきた。

「もしかしたら爆発はしたけど、大した威力じゃなかった、とかかもしれませんし」

「水中だったし、威力が軽減されたのかも」

 ゲオーロも気遣ってくれるが、二人のその優しさが、今の私には傷口に塩だ。うう、穴があったら入りた


 突如、全身を強打した。


 視力と聴力は奪われ、全身が痛い。何が起こったのかわからない。わかるのは、地面に倒れ伏している、という感覚だけ。

 徐々に、視力が戻ってきた。耳鳴りはまだ続いているが、キーンという音以外も鼓膜は捉え始めた。痛む体を少しずつ動かしていく。指、手、腕と順番に、体の各部位の状態を確認するように一つずつ。視覚も使って確認したところ、擦り傷、打ち身は確認できたが、骨折や命にかかわるような傷は見られない。自分の状態を全て確認し終える頃には耳鳴りも止んでいた。体を起こし、今度は自分の周囲を確認して、慄く。

「嘘、でしょ」

 私の目の前に渓谷が生まれていた。さっきまで人が生活し、存在していた街は跡形もなく消えている。周囲の山やかろうじて残る街の入り口だった瓦礫から推測するに、渓谷は北東から南西に伸びているようだ。

 爆発、したのだ。ようやく理解が追いついた。爆発の衝撃を全身に受けて吹っ飛んだ。予感が当たって良かった、訳がない。爆発なんて、無い方が良いに決まっている。

「・・・そうだ、皆、は」

 なぜ思い至らない。爆発の事実などどうでもいい。皆の安否の方が重要に決まっているだろう。

 すぐそばにはプラエが倒れていた。

「プラエさん、しっかり」

 頭を打っているかもしれないのであまり揺らさず、声をかけ、脈や呼吸を確認し、怪我の有無を見る。幸い大きなけがは見受けられないし、息もしている。気を失っているだけだろうか。

「う、うう」

 声のした方を向けば、ムトが頭を振りながら起き上がっている。

「ムト君、無事?」

「団・・・長・・・? ええ、少しくらくらしますが、無事です。怪我も・・・無いようです」

 ムトもまた、自分の周囲を見渡し、ゲオーロを助け起こしている。

「よう、生きてるかお前ら」

 ジュールの声だ。無事です、と返事をして振り返る。彼は額から血を流していた。

「大丈夫ですか? 血が・・・」

「ああ、心配いらん。大した事ねえ。ちっと擦りむいただけだ。で、こっちも無事だ」

 くるっとその場でジュールが回転すると、その背にティゲルが背負われていた。

「倒れた拍子に気を失ったが、見たとこ怪我はなさそうだ。まあ、念のため医者には連れてった方が良いとは思う。嫁入り前の娘がケガしてちゃ可哀そうだ」

「・・・一応、私たちもなんですが」

「こいつは失礼」

 医者が必要なのは俺たちも一緒だな、と彼はいつもの調子で軽口を叩く。非日常に、日常の会話を聞いたことで、少し落ち着きを取り戻すことが出来た。

 少しして、プラエ、ゲオーロ、ティゲルも意識を取り戻した。全員の無事を喜ぶのもつかの間、私たちは同じ方向を見た。

「しっかし、とんでもねえな」

 ジュールがシンプルに、爆発の規模を評した。街一つが消し飛ぶ爆発に語彙はいらない。

「衝撃が地下の水脈の方に逃げてくれただけまだマシだったわね」

 露わになった地下を見ながらプラエが言う。地上と地下を隔てていた地盤は、その上に建っていた家屋もろとも爆発で全て吹き飛んでいる。

 もし地表で爆発していたら、被害は更に甚大なものだったろう。私たちも死んでいたかもしれない。

「ほんと、何だったんですかね、マキーナって」

 ムトが一番の問題を口にした。生きていれば人を殺戮して回り、死んでも爆発してさらに周囲を巻き込んで人を殺す。ただただ、人を殺すためだけに存在する化け物だった。

「調べておく必要があるわね」

 今後のためにも、必須条件に思えた。スルクリーが残した文書には、他にも似た遺跡があると記載されていた。これからも元の世界に戻る方法を探すなら、再びマキーナと対峙する可能性がある。

「お付き合いします」

 ムトがすぐさま反応した。

「私も行くわよ」

 プラエが私の肩に手を回した。

「こんな面白そうなこと、仲間外れにしたら恨むからね」

「そんじゃあ、俺もお供しますかね。出来ればドラゴンの相手は、もう勘弁願いたいんだけどさ」

 ジュールが背中をうん、と伸ばしながら愚痴る。

「俺もついて行きます」

 ゲオーロが挙手した。

「俺も、マキーナのことを知りたい。刃を弾く鋼の体、一直線に伸びる炎、その原理を解明し開発に取り入れられれば、一流の鍛冶師に近づけるかもしれないので」

「あ、それは私も知りたいですぅ~」

 ティゲルも真似して挙手した。

「古代の遺跡、そこから現れた謎の怪物。血が、こう、ぐつぐつ? と騒ぎますんで~」

 ティゲルは手で沸き立つのを表現しようとしていた。どうでもいいがぐつぐつは煮えるはらわたではないだろうか。

 私は、彼らの顔を一人一人見ていく。

 また利用するのか。彼らを巻き込むのか。多くの犠牲を払ったのに、懲りない奴だ。もう一人の自分が言う。そうだ。その通り。罪は消えず、後悔は消えず、過去は戻らず、失った命は戻らない。

「また、皆を利用することになるわ」

「そんなのお互い様でしょう。ウィンウィンな関係って大事よ」

 私の言葉を、プラエが鼻で笑った。

「利用するというなら、戦えない俺の方が利用してますよ」

「私もです。おんぶに抱っこでついていくだけですので~」

 ゲオーロとティゲルが続けた。

「また、皆を命の危機にさらすかもしれない。いや、確実にさらすと思う」

「傭兵稼業で、命の危機が無い事なんて、ある?」

 呆れたようにジュールが呟いた。

「また、選択を間違うかもしれない」

「その時は、何とかします。止められれば止めるし、止められなくても正解にしてみせます」

 ムトが拳を固く握った。

 ああ、と気づく。彼らは、馬鹿なのだ。目の前の惨状を見て、これから似たような状況に陥るとわかっていて、それでもついてきてくれると言うのだ。こんな愚かな女に。

「好きにすれば」

 プラエの手を振り払い、彼らに背を向ける。斜め上を向いて、手の甲で少し鼻をこする。背後で苦笑が漏れているが、聞こえないふりをした。

「それでは団長。号令を」

 ムトが促す。

「傭兵団アスカロン、出ます」

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