第290話 パイルバンカー

 目の前にある柄を握り『ナトゥラ』を引き抜く。ウェントゥスが全長一メートルほど。これはそれよりも十センチは長く分厚い。なのに軽い。刃の部分は同じくらいか、ウェントゥスの方が長い。代わりに両手で握れるようにか、『ナトゥラ』の方は柄が長く作られている。

 レーザーを防がれたマキーナは接近戦に出た。五指を目一杯開いて腕を振る。空気がうなり、巻き起こるつむじ風にまで凶悪な鋭さが宿る。今度はしっかりと地面を蹴って下がる。マキーナが更に踏み込んで、逆の手を振るう。さらに下がって躱すが、奴の追撃を振り切れない。奴の一歩がこちらの数歩に当たるから間合いが一気に詰められてしまう。

 詰められるならば、逆を突く。相手が踏み込んでくるのと同時に、こちらから潜り込む。マキーナが振り上げた拳を突き出す。軌道を推測して、拳が放たれる瞬間故意に転倒して体を傾け、前進の力に転用する。剛腕が頭上を通過し、肌がびりびりと震えた。完全に倒れる前にアレーナで体を支えた。スキージャンプ選手がジャンプ台から飛んだ時に似た姿勢だ。そこから一歩足で地面を蹴って上体を起こし、相対距離を把握。二歩目を踏み込んで、ナトゥラを振りかぶる。目標はがら空きの胴体だ。

「これでぇっ」

 両手で柄を握ると、手からナトゥラに魔力が流れこむ感覚。柄の魔術回路が柄から鍔へと輝いていく。期待を込めてフルスイングする。刀身がマキーナの体に吸い込まれて。


 ギンッ


「痛づっ」

 両手に返ってきたのは切り裂く手応えではなく、鈍い痛みだ。反射的にナトゥラを取り落としそうになるのを何とかこらえて、マキーナの横をすり抜けていく。

 マキーナがゆっくりとこちらを振り返り、再び対峙する。切りつけた体の個所を確認する。わき腹辺りに浅い裂傷が見えた。微かに傷を負っているが、致命傷には至らない。

「期待外れにもほどがない?!」

 思わず愚痴る。現状唯一マキーナに致命傷を与えうる魔道具だと、あれだけプラエが豪語していたのに、蓋を開ければこの程度の効果しかないのか。いや、これまで傷一つつかなかった奴に傷を負わせたのだから大したもの、と考えるべきか。

 それでも期待が大きかった分だけ、ショックは大きい。あの程度のかすり傷では倒せないし、もし倒すには同じ個所を何度も何度も切りつけて致命傷に至るまで切り続けるしかない。理論上は可能でも、現実ではほぼ不可能だ。百回切りつける間に一発でも当たればこっちは終わる。

 敵に集中していた意識が途切れた。そこを狙ったのだろうかマキーナは振り抜いて下げたままの腕を今度は振り上げる。巨大な裏拳が迫る。かろうじてアレーナの盾を前に出して防ぐが、肩が抜けそうな衝撃が体を襲った。そのまま数メートル弾き飛ばされ、無様に背中から落下する。

「くっ、そ」

 すぐに体を起こす。目の前にはマキーナがとどめを刺しに来る。舌打ちして、追撃に備える。

「団長、目を!」

 言葉が消えるや否や、私と奴の間に何かが投げ込まれた。言葉の意図と正体をすぐさま察した私は、腕で顔を覆いながら横っ飛びに避ける。一瞬の後に閃光が古井戸の暗闇を蹂躙した。体温で人間を追うとはいえ、目の前で閃光手榴弾が破裂すれば、流石の奴も一瞬硬直する。閃光手榴弾は光だけでなく、破裂する瞬間熱を発するからだ。

「おお!」

 硬直しているマキーナに接近するのは、ムトだ。私が作った傷の上に寸分たがわず小太刀を叩き込む。

「かったいなぁ!」

 深追いせず、彼はすぐに距離を取った。マキーナが釣られて彼を追う。奴の側頭部に矢が当たる。刺さらず弾かれて水面に落ちたが、ムトへの追撃は止んだ。

「おらぁ化け物! 餌はこっちにもいるぜ!」

 ディールスが獰猛な笑みを浮かべながらクロスボウを構えている。マキーナが彼の方を向いて歩き出し、止まる。その体にロープが絡みついていた。水中にロープを網のようにして設置し、真上に移動したところで潜んでいたセプス傭兵団がロープを引いたのだ。

「団長の、許には、行かせない!」

 水を滴らせながら、アデルアたちがロープを引く。自分の身動きを取れなくした元凶に気づいたマキーナは、口を開けてアデルアたちに狙いを定める。

「させるか!」

 離れていたムトが懐に飛び込んだ。小太刀の一本の柄頭にもう一本の切っ先を当て、器用にも二本つなげて顎に添えた。二本目の柄頭へ向けて、飛び上がりながら掌底を叩き込む。マキーナの頭が上に逸れ、レーザーは古井戸の側面を抉るだけにとどまった。

「団長、今のうちにそれの説明を受けてください!」

 くるくると落ちてくる小太刀をキャッチし、バックステップでマキーナから距離を取りながらムトが言った。

「どういうこと?!」

「それは、まだ不完全だそうです!」

 ムトの言葉を聞いて、隠れながらワポルを起動させているプラエに視線を向けた。

「プラエさん!」

「『コア』がいるのよ!」

 彼女が叫んだ。

「ナトゥラの鍔部分にある空洞に、魔力を伝達し、かつ力を有するよう加工された媒体『コア』をはめ込む必要がある。ウェントゥスなら風の力が込められたエメラルドがコアの役割を担っていた。ナトゥラは、はめ込むコアによってさまざまな効果を発揮するように作った。けど」

 プラエが指さす。その方向には、マキーナがいた。奴の右手に引っかかっている袋を指は追っている。

「試作品のコアは全部あの中。だから、ナトゥラは本領を発揮できない」

 そう言う事か。せっかく流し込んだ魔力も、コアがないため刀身にまで届いていない。媒体がなければ普通の剣でしかないのか。

 ふと、気づく。

「プラエさん。コアは何でもいいんですか?」

「え? ええ、その空洞に入れば」

 二人の視線は、ナトゥラの直径五センチほどの穴に向いている。

「でも、そんな都合の良いものそうそうない。この穴に合うサイズにまで力を有したまま媒体を加工するって結構面倒なんだから」

 プラエの話を私は途中から聞いていない。代わりにポケットを探る。すぐに見つかった。なぜなら、マキーナと遭遇してからそれはずっと熱を放ち続けているから。

 取り出すと、オレンジ色の光が私の顔を照らした。

「・・・何それ?」

 プラエが呆然とした顔で尋ねた。

「石です」

「見りゃわかるわよ。私が聞きたいのはそんなとんでもない力を有した石を、何であなたが私に内緒で持ってるのかって事!」

 私に内緒で、の部分が強調されたような気がしたが、今は無視した。

「時間がないので結論から話しますと、色々あってインフェルナム二世から貰いました」

「何でそんな面白そうな話を今するかなぁ?!」

 素っ頓狂な声を背に、彼女の許可を貰う前に石をはめ込む。まるでこの石のためにあつらえたかのようにぴったりと収まると、分厚い鍔部分がスライドして、音を立てて穴に蓋をした。柄の部分で止まっていた魔力が、石を通って刀身へと行き渡る。刃の部分が石と同じオレンジ色に発光する。

「何とか出来るなら急いでくれ! もう保たねえぞ!」

 ディールスの呼びかけに戦場へと視線を戻す。奴の動きを阻害しているロープに限界が来ていた。

「プラエさん、使い方は?!」

「ああもう、試験運転も無し?! 柄にはダイヤルがあって、下半分をひねることで形状を変化させられる。硬質な相手の場合は、ダイヤルⅢが最適・・・のはず」

 ナトゥラを掲げて柄を目線に合わせると、柄の真ん中にある小さな球体にはⅠと表示されていた。言われた通り柄をひねると、Ⅱ、Ⅲと表示が変わった。同時、刀身の形状も変わる。平らだった刀身が、四角柱のこん棒になった。これでぶん殴れという事か? 変わったのは刀身だけではない。刀身に対してまっすぐだった柄が、くるっと九十度に折れ曲がり、トンファーの持ち手のようになった。持ち手から四角柱の半分辺りまでに細いスリットが出来ている。なんだこれ。

「違うわ。”掴む“の。掴んで”固定“して”撃ち込む“」

 掴む? 固定? どういうことか尋ねようとして、悲鳴がさえぎった。ロープがとうとう千切れたようだ。反射的に走る。

 マキーナが両手を広げて回っていた。振り払われたムトが弾かれ、落下する。マキーナが爪を向けた。倒れたままの彼が小太刀をクロス上にして防ごうとするが、あれでは小太刀は耐えられたとしても、その下にある彼が耐えられない。

「掴め!」

 プラエの言葉を信じて、こちらに背を向けていたマキーナに四角柱のナトゥラを向けた。途端、四角柱が真ん中の辺りで四つに裂けた。四本の柱の先は杭のように尖っており、それらがマキーナの背中まで伸びてそれぞれ突き刺さった。まるで龍が嚙みついたみたいだ。マキーナが痛みのせいか驚きのせいか大きく仰け反った。

 突き刺さった柱が収縮し、私の手から飛び出した。残った半分の先端がマキーナの背中のど真ん中にあてがわれる。背中に刺さった異物にもがくマキーナ。取り払われたら意味がない。荒れるマキーナを掻い潜って背中によじ登り、持ち手を握る。振り落とされないように踏ん張りながら、ありったけの魔力を流し込んだ。ナトゥラが歓喜し、さらに輝きを増す。

「ぶ、ち、抜けぇっ!」

 持ち手をスリットのある方向へ一気に押し込む。

 瞬間、マキーナの上半身が風船のように膨張し、轟音と共に消し飛んだ。ブシュウ、とナトゥラから勢いよく蒸気が噴き出す。

 巨大な上半身に大穴が空き、残った体は力なく水中へと崩れ落ちる。その後を追って、大きな頭部が弧を描きながら落下し、体が引き起こした波に飲まれた。

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