第289話 綱渡りの先に
マキーナと対峙する少し前に時間は遡る。
「この古井戸内を決戦地とします」
駆け足で、しかし焦らず明快に作戦をプラエとジュールに伝える。彼らはそれを聞き、疑問、不明、否定を駆使して作戦をブラッシュアップしていく。
「アクウェ、ワポルによってこの空間内に雨を降らし、蒸気を充満させます。それによって、奴の吐くレーザーの威力が低下します」
「その理屈は後で詳しく教えてもらうとして」
プラエが話を引き取る。
「問題はどうやってこの空間におびき寄せるかよ。今あれでしょ。ゲオーロやティゲルがいる別の古井戸を掘り返そうとしているわけでしょ」
「はい。なので私が奴を引き付けます」
体に泥とかを塗りこんで温度を変化させれば、体温で追う奴にとっては目くらましになるだろう。ここの泥を使うのは多少抵抗はあるが、時間を稼げるなら安いものだ。
「相変わらず無茶をしたがるわね」
「ですが、現状他に出来る人間は私以外いませんし、なにより」
「団長が失敗しても、何もしなくても、遅かれ早かれ俺たちは死ぬってことだな」
ジュールが正解を言う。反論がないので、私が時間を稼いでいる間にするべきことを詰めていく。
「誘いこむなら、今度は逆に岩盤の固さがネックになりますね。あまりに固すぎて入ってこれないと、諦める、ってことはないでしょうから、別の方法、例えば上からずっとレーザーを吐き続けられるかもしれません」
「レーザー自体はワポルで防げるとしても、そんな事をされちゃあ最悪生き埋めになっちまう。なので、変な話だが敵をスムーズに誘いこまないといけない」
「こちら側で穴を開けてやる必要があるという事ですね」
所持品が限られる状況ではかなり厳しい要求だった。しかも、私が生き残っている間にやってもらわなければならないから、時間との勝負にもなる。
「それなんだけど」
ブレイクスルーの穴をこじ開けたのはプラエだった。
「ここの岩盤がどれだけ固いか知らないけど、マキーナなら簡単に破壊できると思うのよね。なのに、ゲオーロとの通信時、そこそこの時間話してたけど彼らは無事だった。てことは、あそこにはゲオーロたち以外に誰かがいて、マキーナを防いでいたはず」
誰かというが、十中八九間違いない。
「セプス傭兵団ですね」
「多分」
それなら耐えているのも納得だ。ムトからの話だがこの街が攻め込まれている時、団長のディールスは簡単な堀や壁でもあればよかったのに、ということを話していた。壁を補強するタイプの魔道具を持っているらしい。そのことをプラエに告げると「いいわね」と頷いた。
「そういうタイプの魔道具は、逆方向にも使用できることが多いわ。強化できるなら、反対に脆くすることも可能なはず」
「じゃあ、あいつらをこっちに連れてくれば解決ってことか」
私たちが推測するような効果がなかったとしても、人員が増えれば出来ることは増える。プラスにしか働かない。
ジュールが水路が続く方向を見る。私とプラエも同じ方向を見た。真っ暗な水面が映っている。私は視線を二人に、というかジュールに戻した。プラエも同じようにジュールに視線を戻し、ジュールは私たちに見つめられていることに気づき、ため息をついた。
「わかった。やってやるよ。ウガッカを使えば暗い水の中でも安全に移動できそうだからな」
「私の命が尽きる前までにお願いします」
話が早くて助かる。水中移動の際の呼吸の問題は、水筒の皮袋に空気を詰めることで解決した。
「最後の詰めですが、セプス傭兵団を味方に引き入れ、マキーナをここに誘い出したとして、とどめをどうするかです」
生半可な武器が通用する相手ではない。唯一可能性があるのは、プラエの言うゲオーロが持ったままの魔道具だが。
「ゲオーロを先にこっちの古井戸に移動させるか?」
「いや、先に連れてくるのはセプス傭兵団でお願いします。情けないことを言うようですが、私がもちません」
そう言うとポカリとプラエに頭を小突かれた。
「あなたで無理なら誰だって無理なのよ。卑下しない。それに彼は非戦闘員、無理はさせられないし、古井戸のどこにあなたやマキーナが落ちてくるかで受け渡し方が変わるし、マキーナが運悪くゲオーロの近くに落ちてきたら渡せるものも渡せないわ。それよりも」
続けようとしたところで、再び通信機から悲鳴が聞こえた。そろそろ限界が近いのかもしれない。
「すみません。もう出ます。ジュールさん、向こうを頼みます」
「任せとけ」
ジュールが水面に飛び込み、水を掻いて進んでいく。私は古井戸の縁にアレーナをかけた。
「アカリ」
プラエの声に振り返る。
「気を付けて。準備は抜かりなくやっておくから」
頷いて、アレーナを一気に縮める。
そして、綱渡りの様な計画通りにマキーナを決戦地に誘い込んだ。
「魔道具『アクウェ』『ワポル』起動!」
私の合図に、プラエたちが応える。途端、古井戸の中の湿度が上がる。アクウェで水を雨のように降らし、アクウェから出て溜まった水をワポルが吸い上げ、蒸気にして噴霧する。熱帯雨林のスコールもかくやの湿気だ。そんなに離れていないはずなのに、マキーナの姿が霞んで見えるほどだ。それこそが、私が求めた状況だった。
正面に立つ私に向かって、マキーナがレーザー発射態勢に入った。光が奴の前に集まっていく。私はアレーナを盾にして掲げ、突進する。先ほどは簡単に貫かれた盾だ。マキーナも問題なく貫けると高をくくったか、疑うことなくそのままレーザーを発射した。
しかし、先ほどとは違う結果となった。放たれたレーザーは、今度はアレーナの盾に防がれ、霧散した。マキーナの挙動が一瞬止まる。流石のやつも、動揺したのだろうか。
「身につけた知識は裏切らないって本当ね・・・っ」
レーザーはただでさえ空気中で減衰する。大気に存在する分子に当たることで散乱、吸収されてしまうからだ。現在この古井戸の空間内は大量の水分子がある。それによって更に減衰が進み、貫けたものが貫けないほどに弱体化する。
だからこそ、本来の用途である水蒸気を発生させる『加湿器』の機能をもったワポルはうってつけだったのだ。肌のうるおいだけでなく、レーザーまで無効化するのだから、加湿器の可能性は無限大だ。自信をもってアンたちに売れる。
マキーナが止まっている間に接近する。マキーナが反応し、私に対して右腕を振りかぶる。例え雨の中であろうと、剛腕とその先にある爪の威力に減衰はない。
振り下ろされたマキーナの手を掻い潜って躱す。地面に叩きつけられた腕が水しぶきを立てる。その腕を足場にして飛ぶ。マキーナが口を開いた。この距離なら減衰は関係ないと言わんばかりだ。
「そいつを待ってた!」
背中に担いでいた銃を取り出し、開けた口に突っ込む。すかさずトリガーを引いた。銃声と破裂音が響く。マキーナの首がのけ反り、光は霧散した。強引にねじ込んだ銃先が衝撃で吹き飛んだ。
「私のプロトタイプ百五十号MarkⅡがぁああああああ!」
悲鳴が木霊するが、そんなことを気にしている場合ではない。全身が固い鱗で覆われたドラゴンでも、内側は柔らかい。それにレーザーを吐くのであれば、口内には精密機器のような脆い器官があるのではないか。少しでも狂いが生じれば、レーザーを吐けなくなれば、それだけで勝率が上がる。たとえわずかでも上がれば、風向きが変わる。
効果や、いかに。
マキーナがゆっくりと首を戻す。
「・・・そんなに甘くはないかっ」
地面にあった腕を斜めに薙いだ。飛び退って避ける。バシャンッ、と膝近くまで水に浸る。マキーナが口を開き、光が集まり始めた。ゼロ距離射撃でもダメなのか!
悔やんでいても何も解決しない。今は丁度いい的になった自分の身を守らなければならない。この距離では減衰はあまり期待できないから、すぐに逃げないと。足で地面を蹴ろうとして、ガクン、と視界が下がる。水に足を取られたのか、これまでの疲れが突然出たのか、足がもつれた。膝をつき、手を前に出して転倒を割ける。すぐにアレーナを伸ばして緊急回避を。
顔をマキーナに向ける。光はすでに収束し終えていた。反射的に両手を顔の前に出す。
光が放たれる、直前。目の前に、何かが突き立つ。放たれたレーザーは何かに命中し、拡散して弾けた。光の点滅で瞳孔の調整が追いつかない。瞼を細めて、何かの正体を探る。
目の前に一振りの剣があった。
飾り気のない武骨な作りの、平たい両刃の真っ直ぐな刀身。真ん中だけぼこっと少し膨らんだ長めの柄。鍔に当たる部分に五センチほどの空洞がある。
これが、レーザーを霧散させた何かの正体だった。
「お待たせしました!」
頭上からゲオーロの声が届く。
「そいつがあなたの新しい武器『ナトゥラ』です!」
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