第285話 障害があればあるほど燃えるもの

 再びマキーナが私の前に立った。平地で並んで、改めてその威容に恐怖する。屋根より高い場所にある青い目が、私をじっと見下ろしている。

 頭から足先まで眺めた時、血の気が引いた。マキーナの右手中指の爪に、見慣れたものが引っかかっている。私がプラエに渡した、魔術媒体を大量に入れる袋だ。袋の端が少し赤黒くなっている。

「この、野郎」

 ぞわっと一気に総毛だった。マキーナがこちらに足を進める。足元に落ちていた死体を踏み潰して。奴の口が開き、光が収束し始めた。

 アレーナを家屋の壁に伸ばし、掴む。一気に縮めて横に飛ぶ。後を追うように横薙ぎのレーザーが放たれる。木造の家屋が横一文字に熱で切り裂かれ、ズレ落ちる。躱したことに安堵せず、隣近所へと更に物陰に向かって飛ぶ。

 頭を冷やせ。まだ死んだと決まったわけじゃない。人間の想像力は武器でもあるが弱点にもなる。事象が確定していないのに、勝手に想像だけが先走って不安がるものだ。未知に対する恐怖に近い。

 今私に必要なのは適当な憶測やそこから生まれる視野を狭めるだけの怒りではなく、目の前の脅威を排除するためのメソッドだ。今手元にそれはない。だから確認していく必要がある。

 敵のスペックはおおよそ判明した。こちらに必要なのは、道具、味方、地の利だ。最も優先したいのは武器だ。固いだけじゃなく、あの分厚い体を貫かなければならない。そして、それを創れる人間が今近くにいない。また、地の利を活かす戦い型をするにも、道具を使った方法か、それ以外かで変わってくる。

 最優先すべきは味方。もしくは・・・味方が残した道具。まずは、皆がいた食堂へ向かう。位置を思い出して走り出そうとして。


 真横にあった家の壁が破裂した。


 意識が思考から引き戻されて、せっかく戻ってきたのに衝撃でどこかへ飛んでいきそうになった。バンジージャンプで地面に近づいたのに、もう一度空へ飛んだのに似ている。実際、体が宙に浮いているのは一緒だ。

「っが!」

 肩から地面に落ちて転がる。頭はパニック状態だが、体は起きなければ死ぬことを知っている。何はともあれ立ち上がり、周囲を確認する。悲しいことに、吹き飛ばされるのに慣れたくもないけど慣れてしまった。

 破裂した壁から、マキーナの上半身が飛び出していた。壁のわずかな隙間から、熱源、私が移動しているのを発見して突っ込んできたのだ。

 奴は自分の上に落ちてくる家の瓦礫を気にすることなく壁を突き破ってくる。目は一切ぶれることなくこっちを見ていた。

 何で、追いつかれた。あいつの移動速度はそこまで早くなかったのに。疑問はすぐに氷解した。奴が破壊している家屋から煙が上がり、やがて炎上し始めた。よく見れば、更に奥にある家屋も崩れているものがある。ロケットで家屋を突き破りながら追いかけ、突進してきたのだ。

「熱烈な、アタックしてくるじゃない」

 どんな障害ももろともせず壁を打ち砕いて、一直線に私のもとに馳せ参じたってのか。恋愛のストーリーで追いかけてきたのが恋人ならキュンとするんだろうが、残念ながら追いかけてきたのは化け物で、その理由は愛でも恋でもなく殺意というのは大きなマイナスポイントだ。価値観も多分違うだろうしお付き合いはできそうにない。私たちにできるのは付き合いではなく殺し合いだ。

 完全に壁から抜け出したマキーナが、今度は背中のロケットを噴かせる。炎が勢いよく噴出し、爆風が煙も炎も瓦礫も吹き飛ばす。突っ込んでくる気だ。

 すぐさま逃げ場所を求めて左右に視線をやる。何軒の家で勢いを殺したか知らないが、まともに食らえば間違いなく死ぬ。

 ロケットの火がひと際大きくなったのと私がアレーナを伸ばしたのはほぼ同時。うなりをあげて死が飛んでくる。紙一重で躱す。足先すれすれに、奴が精一杯伸ばした爪の先が通過する。一瞬でも遅れたり、距離が短くても死んでいた。奴に対する私のデッドラインだ。それを過ぎれば死ぬ。

 アレーナで掴んでいたとっかかりを離し、地面に着地。ガリガリと足で地面を削りながら、自分が元居た方向、マキーナがいるであろう場所を見た。

「・・・いない?」

 私のすぐ後ろにあった家屋は倒壊して煙を上げている。だが、煙を上げた本体が。

 音が聞こえる。音は、右から?!

 すぐさま右手側に目を向ける。右手側の通りに並んだ家屋の、五軒先にあるレンガ造りの平屋が弾けてマキーナの巨体が飛び出てきた。私を発見するや否やマキーナは地面に自分の爪を突き刺し、急旋回してドリフトを決めた。こちらに向けて口を開き、レーザーの発射態勢に入る。

「くっそ!」

 休む間もなく再びアレーナで飛ぶ。レーザーは何とか躱した。だが、奴はすぐに次の手を打った。私が飛んだ方向へ向かって突っ込んできたのだ。レーザーは囮。それを向ければ私がバカの一つ覚えみたいに飛んで逃げることを理解していた。そして、飛んでいる間は逃げる術がない事も。

 空中にいる私に向かって、再びマキーナが突っ込んできた。

 躱せない。

 直感的に悟った。アレーナでもう一度方向転換しようにも、その掴む場所が見当たらない。見つけたとしても、再びアレーナを伸ばし、縮める。その作業をする前にマキーナが到達する。死がスローモーションで近づいてくる。あの爪に裂かれるのか、巨体の質量でもって擦り潰されるのか。

 諦めはまだしない。してやらない。まだ生きているから。覚悟だけはした。

 胴体に何かが巻き付いた。マキーナの仕業ではない。証拠に、私は地面に対して垂直方向に引っ張られた。マキーナの巨体が私の真上を通過して離れていく。奴を見送って、私の体は落下していく。感覚的に地面はもうすぐだ。着地しないと激突する。と思いきや。私の体は地面を通過して、更に下へと落ちていき。

 突然、冷たい水の中に放り込まれた。

 口から泡を吐きながらもがく。空気が口から漏れ出るほど、代わりに水が流れ込んでくる。早く浮上しないと溺死する。

 足掻く私の手を、誰かが握った。その手が私を引っ張り上げる。顔が水面から上がって、激しくむせこむ。飲んだ水を吐き出し切って、大きく息を吸い込んだ。湿っぽい空気が肺を満たす。空いている方の手で顔を乱暴に拭って視界を確保する。

「アカリ、大丈夫!?」

 耳に入った水が邪魔をして、よく聞き取れない。名前を呼ばれているのはわかる。声の方を振り向く。

「プラエ、さん・・・?」

 薄暗い空間の中、ほのかに灯る松明が彼女の影を浮かび上がらせていた。

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