第284話 天使が降臨する少し前

 ダリア村偵察から戻ったアルデアはすぐに自分が所属するセプス傭兵団のディールス団長たちのもとへ向かった。

「何なんだ、そのマキーナって化け物は」

 アルデアの報告を聞き終えたディールスは、苦い顔で頭をかきむしった。

「生半可な武器じゃあ傷すらつけられなくて、反対に相手の爪は簡単に人間を鎧ごと切り裂いて? しかも広範囲になんだ、レーザー? とかいう人間を殺す細い炎を吐く? 上位種のドラゴン真っ青な強さじゃねえか」

 勝ち目がない。人間相手ならまだやりようがあるかもしれないが、ドラゴン級の化け物を相手にする力は団にはない。卑下するわけではなく、客観的に見てディールスは自分たちの力量を把握していた。勝てない勝負はしない。ディールスは早々に撤退を決める。

「アルデア、お前はこのまま街の連中のとこに行って避難勧告してやれ。一緒に来るなら道中の護衛を割安で引き受けてやる。話を信じねえならそれまでだ」

「わかりました」

「他の連中は急いで身支度しろ。一時間以内に撤退するぞ」

 野太い返事がそこかしこから返ってくる。相手の移動スピードが歩行程度なのがまだ幸いだ。逃げるだけの時間がある。

「あ、そういやアルデア、魔女たちはどうした?」

 駆けだそうとしたアルデアの背に声をかける。心底嫌そうな顔をして、アルデアは振り向いた。魔女の事を口にするのも、考えるのも嫌らしい。

「後から来ると思います。マキーナを討つ、とかほざいてましたよ」

「討つ・・・ってのか。そんな化け物を」

「とんでもないバカですよね。あんな化け物、勝ち目なんかあるわけないのに」

 アルデアもマキーナをその目で見た人間だ。普通の人間は、あの異質で異様な化け物を見て、戦おうという気すら起こらないだろう。あれは自然災害と同じだ。逃げて、隠れてやり過ごすしかない。

 アルデアの答えは誰でも賛同する当たり前のものだ。だが、とディールスは記憶を探る。魔女と呼ばれるようになる前の、あの女の仇名を。

「龍殺し・・・」

「え?」

 聞き取れなかったアルデアに、いや、とディールスは首を振って、彼女を街の人間の元へ走らせる。

 アスカロンの龍殺し。

 まだカリュプスが存在し、ディールスが故郷で商売と自警団の団員を兼務していたころ。旅の吟遊詩人が街中で語っていたのを思い出した。ドラゴンやスライム、人に仇なす凶悪な化け物の討伐依頼を進んで引き受ける、奇妙な傭兵団が存在した。少数ながら精鋭揃いの傭兵を率いていたのが、一騎当龍とまで謳われたあの女だ。あの女が討つと断言したのなら、もしかしたら。そこまで考えて、ディールスは頭を振って考えを追い出した。

「他人の事を気にしている場合か」

 そんな余裕は自分たちにはないはずだ。危険が迫っている。魔女ならあるいは勝つかもしれないが、それほど強大な相手なら犠牲が出ないはずがない。その犠牲が自分たちでないとも限らない。それは、化け物を討って得られるかもしれない名声とイコールになるものではない。

 もちろん、魔女やムトたちの実力を羨む気持ちはあるし、彼女ら以上の名声を欲する欲望もある。だが、商人の経験で培った現実を見る力とそこから生まれる判断は、それらの欲望を自分の中に押さえ込めるだけの実績を生んできた。生き残れているのが何よりの証拠だ。自分たちが生き残らなければ、どんな名声も権力も金も意味がない。

 彼の判断は何も間違っていない。彼以外の団を率いる者が、同じ戦力、経験、情報を持ったとしたら、おそらく彼とほぼ同じ判断を下す。おそらく魔女、アカリも、同じ決断を下すだろう。ディールスはその場で打てる最善の判断を下した。

 だが、最善手を取り続けても最善の結果を得られるとは限らない。


 --------


「どうした団長」

 ドアの向こう側からジュールの声が聞こえた。作業の手を止め、プラエはドアの方へと向かう。自分の役割はほぼ終わっている。後はゲオーロの調整が終われば完成だ。

 ドアを開けると、ジュールが通信機を手に話している。相手はアカリだろう。通信機が通じる距離にいるということは、偵察を終えて戻ってきているということか。

 アカリの驚く顔が目に浮かぶ。プラエは口角を釣り上げた。私たちの技術の粋とこっそり隠して持ち出したプルウィクスの希少な魔術媒体を結集させ作り上げた新たな魔道具は、想定通りに機能すればウェントゥスにも劣らない、いや、状況によってはウェントゥスを凌ぐ性能を発揮する・・・はず。あの生意気な口を叩きやがったアカリもこれを使えば『先ほどの失言お詫び申し上げますプラエ様最高』と崇め奉ることだろう。

 魔道具が完成したことを伝えるため、ジュールに通信機を貸して、と手を伸ばした、その時。

 腹の底が浮き上がるような轟音が建物を揺らした。

「何だってんだチクショウ!」

 ジュールが怒鳴り、外へ出ようとして「何でだよ!」と足を止めた。向こうから外に出るなとストップがかかったらしい。アカリの方でも大声を出しているのか、微かに通信機から声が漏れて聞こえてきた。

『マキーナは人間を見つけた瞬間、火を、レーザーを吐くから!』

 マキーナ? レーザー? 初めて聞く言葉だが、それが敵を現す物だというのは察しがついた。さっきの音は、その敵のせいなのか。またあの子は、厄介な相手と戦うつもりなのか。

 プラエはすぐに自分がいた部屋に戻る。中には不安げな表情のゲオーロとティゲルがいた。プラエの顔を見るなり、二人が詰め寄ってくる。

「プラエさん、さっきの音は?!」

「私にもよくわからないけど、多分厄介な敵が現れたんだと思う」

「もしかして~、司祭さんが言ってた御使い関連ですかねぇ~」

「可能性は高そうね。アカリからの連絡後すぐ、あの大きな音がしたから」

 言いながら、プラエは室内に視線をさ迷わせる。

「ゲオーロ、魔道具は?」

「あ、ああ、はい。完成しています。試運転はまだですけど」

「しょうがないわ。ぶっつけ本番で行くしかない。じゃあ、二人とも、すぐ荷物をまとめて」

「はい!」「わかりました~」

 ゲオーロとティゲルがてきぱきと部屋中に散らばった道具類を片付けていく。自分も完成した魔道具と散らかした魔術媒体を袋に詰め込んで・・・


 再び、体を震えあがらせる轟音が響く。


 視界が真っ白になって塞がれる。すぐに顔を背けたものの、宙に舞う砂埃を吸ってしまい激しくむせた。

「一体、何が」

 手で砂埃を払いながら、涙が滲む目で辺りを見渡す。

「ゲオーロ? ティゲル?」

 呼びかけると、むせこみながらも二人からの応答はあった。何とか無事らしい。

「一体、何が・・・」

 言葉をそこで飲み込んだ。

 風が室内に流れ込んでいた。窓がない風通しの悪かった部屋の天井には大きな穴が開いて、そこから風が入っている。砂埃が落ち着いた部屋には、プラエ、ゲオーロ、ティゲルの他に、いつの間にかもう一人の男が存在していた。鉄板をつなぎ合わせたような鎧は、街の自警団のものだから、おそらく自警団だったのだろう。

 男は息絶えていた。一目見て誰もがそう判断できる。首の根本からわき腹にかけて三筋、平行に斬られ、首が千切れかけていた。巨大な生物の爪に引っかかれたらこういう傷跡になるだろう。天井を突き破ってきたのは、この男の死体だ。

 ティゲルが手で口元を覆い、ゲオーロがそんな彼女を支え、大きな体で死体を見ないように庇った。

「皆、大丈夫か!」

 ジュールが部屋に飛び込んできた。周囲を見渡し、すぐさま現状を把握した彼が叫ぶ。

「逃げるぞ! ついてこい!」

 声に後押しされ、恐怖や不安で固まっていた体がぎこちなく動き出す。ゲオーロとティゲルの背中を押しながら、プラエは部屋を出ようとして、ふと視線を感じて振り返る。

 青く光る眼が、彼女たちを見ていた。

 これが、天使とか呼ばれてた御使い? 悪魔の間違いじゃなくて?

 プラエの直感が悪魔、マキーナの本質を見抜いていた。悪魔は笑うように口を開き、その先に光が集まり出す。インフェルナムと対峙したときの様な絶望感が彼女を襲う。

「ヤバイ、何かヤバイ!」

「プラエ!」

 ジュールの叫び声を切り裂くように、レーザーは放たれた。

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