第283話 敵は視界と想定の斜め上に
日が昇り、眼下に街が見えてきた。まだ避難勧告は出ておらず、修復作業をしているのだろうか。工事の音が風に乗って聞こえてくる。修復の始まった街がまた襲撃されるかもしれないのに。何も知らない不憫な街の住人たちに向けて、私は心の中でそっと手を合わせた。そろそろ通信圏内のはずだ。走りながら通信機を取り出し、スイッチを入れる。
「プラエさん、ジュールさん、ティゲルさん、ゲオーロ君。聞こえてたら返事して。繰り返す。聞こえてたら返事して」
少し間を開けて、通信機から声が返ってきた。
『こちらジュールだ。どうした団長』
「ジュールさん。今そっちに、私たちについてきたセプス傭兵団の傭兵が戻りませんでしたか?」
『戻ってきたぜ。途端街が慌ただしくなってきたが、何かあったか?』
「ドラゴン級の化け物が発生しました」
『・・・しれっととんでもないことを言いやがる。被害は? あんたやムトは無事か?』
ジュールの声が引き締まったものに変わった。
「私たちは無事です。ですが、脱走したモンス兵や手引きしたスパイは死亡。ファナティは置いてきたから生死不明。またダリア村の住民に被害が出ました。住民の半数以上が死亡。残りも重傷を負ったものが多数です。今は道中の沢に身を隠してもらっています」
『沢ぁ? なんだってそんなところに』
「相手は、おそらくですが人間の体温を感知して追跡してくるタイプと思われます」
『水の中に入って、体温を誤魔化してるってことか』
「はい。ムト君は彼らを誘導後、街に戻り合流する予定です」
『合流? おいおい、団長まさかあんた』
「お察しの通りです。化け物『マキーナ』をここで討ちます」
『・・・一応、辞めといたほうが良い、と言っとくが、聞かねえんだろ。理由を聞いてもいいか?』
どこか諦めたような声でジュールが尋ねた。
「さっきも言った通り、このマキーナは温度により追ってくるタイプです。そして、普通のドラゴンと違うのは、こちらを餌としてではなく、『抹殺対象』として見ています」
『どういうことだ?』
「ドラゴンが人間に対して攻撃を加えるのは、縄張りを荒らす、もしくは餌、獲物として襲うからです。ですが、このマキーナはそうじゃない。ただ人間を殺すために追ってきます」
『人間を殺すための・・・。おい、それってもしかして、ファナティの野郎が言っていた龍神の御使いとやらか? この辺りの戦乱を収めたとかいう。龍神の威光じゃなくて、実力行使で兵士殺しまくって平定したってことか?』
「だと思います。実際その力を目の当たりにしました。剣の斬撃を弾く硬い体を持ち、人間を簡単に引き裂き、握り潰す腕力、口からは私のアレーナすら簡単に貫く炎、レーザーを吐きます」
『勝てそうにない相手に思えるのは俺だけか? 虫が嫌いとか、可愛らしい弱点とかない? あるととても嬉しいんだが』
「強いて言うなら動きが遅いのが弱点でしょうか。後は・・・」
高火力のレーザーを撃ったら廃熱処理で動きが鈍る。そう言おうとしたとき、私たちの会話に割り込む声があった。
『すみません。ムトです! 至急応答願います!』
「どうしたのムト君。何があった。まさか、そっちにマキーナが?」
『いえ、違います。こっちじゃありません。そっちです! 団長、上、空見てください』
言われて見上げる。その存在を発見した時、驚きのあまり通信機を落とした。
昇った太陽が世界を照らす中、真っ青な空の真ん中に、黒い点が染みのように浮かんでいた。
「冗談でしょ・・・!」
マキーナが、空に浮いていた。陽の光を背に受けた姿は見る角度によっては神々しく映るかもしれない。古代の人間が評したように、まさに天使と呼べるだろうか。だが、奴が繰り広げた惨劇を目の当たりにした私から見れば、奴は悪魔と呼んだ方が正しい。
マキーナの背中からは二翼の羽が生えていた。鳥や昆虫、ドラゴンのような生き物の翼じゃない。武骨な配管をつなげてFの形にしたものが両肩の付け根から伸びていて、翼の先からガスバーナーみたいな炎を吹き出している。翼で飛んでいるというより、ジェットエンジンで浮いているようだ。小さく輝く青い光は、私を越えて、街の方へと向けられている。急いで通信機を拾い上げて告げる。
「前言撤回します。プラエさんたちを連れて、今すぐ逃げて」
『は、どういう』
私の見ている前で、マキーナは姿勢を変えた。地面に対して垂直に浮いていたのを、平行に変えた。頭の方角は、街に向いている。ボン、とジェットエンジンから出る炎が大きくなり、マキーナが移動を始めた。私の頭上を飛び越え、街の方へと一直線に飛んでいく。
「くそっ!」
急いで私も後を追う。完全に想定外だ。徒歩の、あの移動速度だから、街に到達するまでに作戦を練り、罠を張る時間があると思っていた。先に到着されたら、作戦を練り直すしかない。息を切らしながら駆ける私の前で、流星のような軌道を描きながらマキーナは街に墜落した。墜落時の衝撃が風を生み、砂埃を巻き上げる。どこに落ちた。みんなは無事か。
『何だってんだチクショウ!』
ジュールの声が聞こえた。生きているようだ。ジュールがいた場所に他の皆も固まっていたはずだから、マキーナの墜落に巻き込まれてはいないと思う。落下地点も街の中心部のようだったし。
「ジュールさん、迂闊に外に出ないで!」
『何でだよ!』
「マキーナは人間を見つけた瞬間、火を、レーザーを吐くから!」
『マジかよクソ! ああもう、団長が絡むとすぐドラゴンが現れる! 戦い好きのイカレた男どもだけじゃなくて、ドラゴンまで呼び寄せてんの? なんかそういう星の元っていうか、厄介事呼び寄せる匂いでも出してんのかアンタはさぁ!』
戦闘狂とドラゴンを呼び寄せるなんて最悪じゃないか。今すぐ払しょくしたいその汚名。
「もうすぐ着きます。それまで何とか見つからないようにして」
悲鳴が耳に届く距離になった。地獄と化す事がわかり切っている場所に突っ込むかと思うと少々気が滅入るが、マキーナの飛行を見て自分の直観は正しかったと確信した。空まで飛ばれたらどこに逃げたって追いつかれてしまう。いつ襲われるかびくびくしながら過ごすよりも、ここで倒しておくべきだ。
『とは言っても、相手は人の体温で追ってくるんだろう? どうやって誤魔化せばいいんだよ』
「プラエさんが水を吐き出す魔道具を持っていたはずです。後はスティリアなど、周囲の温度を一気に変える魔道具を利用してください」
『水被って自分の体温や周りの温度を変えて、相手の目を誤魔化そうってことか』
やってみる、と言ってジュールは行動を開始したようだ。水を吐き出す魔道具を使う利点はもう一つあるのだが、今はその認識で構わない。まずは彼らに生き残ってもらわないと。私が組み立てている作戦には、彼らの協力が不可欠だからだ。後は・・・
街の入り口に到着した。ジュールたちとの合流を目指す私を出迎えてくれたのは、壁を突き破って吹っ飛んできた人間と、崩落する壁と、マキーナの青い目だった。
「冗談、でしょ」
このリムスに来て何度使ったかわからないセリフが、誰に聞こえることもなく零れ落ちて消えた。
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