第282話 人生の手札は一度しか配られないらしい

 マキーナは青い目で村人たちの姿を確認し、おもむろに両手を前に突き出した。ボールでも持っているような手つきで、丁度左右の同じ指同士が向かい合う形を取っている。俗に言う、ろくろを回しているポーズに近いだろうか。

 マキーナの口が開き、放電が始まる。同時、両手の指先からも紫電が迸り、小さな多面体が両手の間に浮かび上がった。何面か正確なところはわからない。わかるのは、奴にとってこの状況、多くの人間を撃つための方法であるということだ。

「伏せろ!」

 叫ぶ。無駄と理解しながら。現に、自分の声に反応してくれたのはムトだけだ。彼はアルデアを抱えて下り斜面になっている茂みに飛び込んだ。自分も射線上から少しでも遠ざかろうとアレーナを駆使し移動しようとして、見つけてしまった。子ども連れの四人家族、ソイたちが逃げる村人たちの最後尾にいた。息子のジェンが母親の手を引き、ソイが小さな娘を背負っている。アレーナを伸ばし、飛ぶ方向を変更する。

 アレーナを一気に縮め、彼らの斜め後ろ側に位置づける。もう一度伸ばして、飛んだ。ラグビーのタックルよろしく両手を伸ばして彼らを抱え込む。右手側はアレーナを伸ばし、母親とジェンを引っかけて押し倒すことに成功した。左手でソイの腕を掴む。驚いた顔の彼を何とか引っ張って倒し


 その首と胸を、閃光が貫いた。


 両手のなかにある多面体に向けて、マキーナがレーザーを吐き出した。多面体を通ったレーザーが中で乱反射し細く分割され、放射線状に拡散して村人たちを襲ったのだ。

 たったそれだけ。たったそれだけで、村人の生存者が半数に減った。残った内の半分も体の一部を貫かれ、苦痛に喘いでいる者が多い。

 倒れたソイは動かない。即死していた。

「いやぁああああああ!」

 母親の慟哭が耳元で響く。起き上がった彼女は、夫の体に縋りつく。ジェンと妹も「お父さん」と泣きじゃくり動かなくなった彼の体を揺する。

「いづっ」

 体を起こそうとして、わき腹が痛んだ。軽鎧にくっきりと一センチ弱ほどの穴が開いている。躱したと思ったが、わき腹をかすめていたのか。不幸中の幸いで出血は無い。ちょっと大きめの切り傷、擦り傷程度だ。痛みを無視してソイの家族に近づく。

「立ちなさい!」

 歯を食いしばって立ち上がり、母親を無理やり引っ張り上げる。

「いやっ! あんた! あんたぁ!」

 いやいやと首を振り、私を振り切って再び夫の体へと近づこうとした彼女を振り向かせ、頬を張る。怯んだところで胸倉を掴み、互いの額が引っ付くほど顔を近づける。

「しっかりしろ! 親のあなたが今やるべきことは、子どもを守ることでしょう! 泣くのは後にして!」

 わかったかと念押しする。彼女は酷い顔をしながらも、涙を飛ばしながら何度も頷いた。続いてジェンの肩を掴み立たせる。

「ジェン、立って! 妹を抱えて逃げるの!」

「でも、でも!」

「でもじゃない! 妹はお前が守るしかないんだ! 言う通りにしろ!」

 怒鳴りながら妹を抱え上げ、無理やりジェンに押し付けて抱えさせる。生き延びること、逃げ伸びること以外何も考えさせない。でないと色んな考えや感情が体に充満し、絡みつき、がんじがらめになって動けなくなる。

「走れ、走れ走れ!」

 彼らの背を押し、倒れている連中を起こし、動ける者に肩を貸すよう指示を出す。彼らに背を向け、マキーナを注視した。彼らがここから逃げるまで、時間を稼ぐ必要があった。流石に、世話になった人たちが虐殺されるのを黙って見ていることはできなかった。囮にしようという冷酷で非人道的考えはすぐさま一蹴しておく。

 マキーナがレーザーを再び撃つ様子は見られない。奴の体からうっすらと白い煙が上がり、その場から動かないでいる。高出力のレーザーを吐いたから、冷却状態にでもなったのだろうか。そのまま機能停止して動かなくなってくれればいいが、楽観も油断もできない。あの不気味に輝く青い目はこちらを捕捉したままだ。早く離れるよう村人たちを急がせる。

「ムト君、無事!?」

 視線はマキーナから外さず、大声で呼びかける。

「無事です!」

 草むらから彼とアルデアの頭が飛び出した。私も村人たちが逃げていった方向へと走り出す。その隣をムトが並走し、すぐ後ろにアルデアが付いた。走りながら話す。

「村人を先導して退いて。水気のある場所があったならそっちに、無ければ街へ」 

「了解です。沢があるらしいのでそっちに誘導します。団長はどうされるおつもりですか?」

「街に戻る。あれで終わりなら別にいいけど、そんなやわなのが伝説に残るわけないわよね」

「この辺の戦乱を力でねじ伏せたらしいですからね」

 本当は遠慮したい。だが、乗り掛かった舟だ。放置すればいずれ自分に害を及ぼしかねない。火の粉はここで払う。

「仕方ない。倒しておくか」

「どうやってです?」

「今考えてる」

「冗談でしょ?!」

 呆れを含んだ嘆きはアルデアだ。そんなこと言われても仕方ない。相手は屈強な兵士の一撃すら通さない鋼の体、人を簡単に握り潰し切り裂く手足、高威力かつ拡散までできるレーザー兵器を持つ化け物だ。倒すためのマニュアルなり攻略本があるなら教えてほしい。必死で考えても出ないかもしれない答えを挫けず諦めず考え続ける。

「さっき追い掛け回されて確信した。あれには人間を探し出す機能があるわ」

 ああいうタイプは目がサーモグラフィみたいな、私たちの目とは違う構造になっていて、隠れても熱源を追ってこっちの居場所を発見してくる。ついさっきも隠れていたのに見つけ出されて死にかけた。だが、水気がある場所に潜んでいれば、感知するべき熱が誤魔化せると考えた。

「この調子なら街の方まで追いかけてくる。倒さなきゃ更に死人が増えるし、いずれ私たちも追いつかれるかもしれない」

「理屈はわかりますが、あれは僕たちの武器が通じる相手なんですか?」

 一番のネックはそこだ。レーザーを掻い潜り、剛腕をいなした後。奴を倒しうる武器がなければ勝つことなどできない。動かない奴にとどめを刺しに行かなかったのはそういう理由もある。

 ウェントゥスがあれば。失われたかつての相棒、風の剣があればと考えてしまう。硬度と長さを、流す魔力量で変えられるウェントゥスの最高硬度であれば、奴の体を貫けるかもしれないのに。

 無い物をねだっても時間の無駄だ。人間は今ある手札で最善を尽くすしかない。

「とにかく今は逃げの一手ね。奴の動きが止まっている今しかない」

「本当に止まっているんでしょうか」

「止まってるって思い込まなきゃやってられないでしょう」

「ごもっともです」

「和やかに言い合ってる場合?!」

 アルデアが怒鳴った。ごもっともだ。懸命に走り、距離が開いていく。わずかだが余裕が生まれた。この間に効率を上げて生存確率、並びに作戦成功確率を上げたい。

「さっき言った通り、ムト君はこのまま村人を誘導して。私は街に向かうわ。プラエさんが、確か前に持っていたはずの魔道具で、状況を打開、とまではいかないけどレーザー対策ができるかもしれない。そうなれば今より状況はマシにできるはず」

「アスカロン、久しぶりの活動再開ですね」

 嬉しそうにムトは言うが、私としては少々気が重い。また皆を巻き込んでしまうことにどうしても罪悪感をもってしまう。首を振って、そういった感情を何とか振り払う。目の前のマキーナを倒すことに集中しろ。集中しなければ、死ぬのは自分の方だ。

「おい」

 後ろから声がかかる。

「話を勝手に進めてるけどな、私はお前なんかに協力しないぞ」

 アルデアが私に向かって言った。こんな時に面倒だな。私は首を傾げた。

「何を言っているのお嬢ちゃん」

「あ?」

「私は、あなたのことなどあてにしてないわ」

「なっ」

「というか、さっさと逃げたと思ってたんだけど。まだいたの?」

 アルデアが絶句した。すぐあと、怒りに震えながら噛みついてくる。

「私が役立たずだって言いたいのか?」

「言いたい、じゃなく、言っているんだけどねぇ。遠回しな言い方でわからなかった? ごめんなさいね。直情型なだけでなくバカとはね。もっとわかりやすく話すべきだったわ。反省してる」

「こ、の、野郎ぉ・・・」

「はいはい、そこまで。喧嘩している場合じゃないだろう? 団長も言い過ぎです」

 ムトが割って入った。

「アルデアは、このまま街に戻ることをお勧めする。ディールスたちに状況を説明しないといけないだろう? 僕たちに構わず、先に行ってくれ」

「・・・チッ」

 舌打ちをくれて、アルデアは走るスピードを上げた。おお、速い。見たところまだ十代。若さ溢れる軽やかな走りだ。

「あれで、我々が到着する前に街に情報が伝わりますね」

「ええ。上手く住民を避難させてくれるでしょう。ということは」

「街を『多少』破壊しても誰もいないので文句は言われないという事です。全て、あいつ、マキーナが悪いので」

「悪い男になったわね」

「団長の背中を見て学びましたので」

 では、僕は村人たちの誘導に向かいます。そう言ってムトも足を速め、すれ違う村人たちに声をかけて、動けない者に肩を貸しながら集めていった。道の途中で村人の集団は道を逸れ、森の中へと入っていった。その方向に沢があるのだろう。

「私も頑張るか」

 彼らばかりを働かせるわけにはいかない。一人呟きアルデアの後を追う。

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