第281話 ターミネーター
「貴様、よくも!」
モンス兵が剣で切りかかる。彼らも目の前の惨劇を見ていた。上司、同胞を殺され、恐怖よりも怒りが上回ったようだ。
ガリガリと耳障りな金属音を立てて、彼らの剣は弾かれた。筋肉のように見える体表だが、実態は手や足先と同じように金属の類で出来ているのだろう。
ゆっくりとマキーナがモンス兵の方を振り向いた。たじろぐモンス兵を睥睨したマキーナが、腕を一閃させる。宙に舞う二つの影の正体は、モンス兵の首と半ばで折れた剣先だった。鋼の爪の先から、ぼたぼたと血が滴っている。とんでもない膂力だ。
生き残った方のモンス兵が、仲間の死体が増えたことで簡単に戦意を喪失した。無理もない。渾身の一撃が、防がれたり、躱されたりしたのならともかく、体に当たったのに傷一つつけられず弾かれ、反対に仲間はいともたやすく引き千切られた。自分一人しかいないという孤独感も拍車をかけただろう。恐慌状態になった彼は腰を抜かし、四つん這いになりながらもマキーナから逃げていく。
マキーナが首を巡らせた。追いかけるのか、と思いきや、その場所から動かない。青く光る眼でその背を見送っている。と思いきや、やにわに口を開いた。マキーナは頭は龍の形だが、口の形はほぼほぼ人間の口だ。人間よりも巨大なため、比例して口も大きいが、それでも百八十度開くのはおかしい。突き出した鼻は天を向き、下の前歯は地面を向いている。顎が外れたとかそういうレベルじゃない。口内が裏返ってむき出しになっている。
綺麗に並んだ全ての歯が放電し始めた。電光はオレンジ色に瞬き、上下に開いた口の真ん中、中心部分へ収束して、光が一筋出現した。一拍遅れて、木々が倒れ、驚いた鳥類が薄明りの中飛び立っていく。
光の直線状にいたモンス兵は、胸部が消えていた。右腕は皮一枚でかろうじて胴体とつながっていたが、左手と首は千切れて近くに転がっている。血はあまり出ていない。肉を焼いたような、焦げ臭いにおいが周囲に漂っている。失われた部分の断面が高熱によって塞がれたのだろうか。
光と熱、この二つを併せ持つ武器を、私は一つしか知らない。
「レーザー兵器、だと・・・」
驚くのもつかの間、あることに気づく。モンス兵が逃げようとして、今しがたレーザーが通過した場所は、丁度ムトたちが移動していたルートだ。
「ムト君、無事?!」
通信機を手に取り叫ぶ。
『団長?! 何ですか今の音は! というよりも団長は大丈夫なんですか?!』
「無事なのね」
『はい。今アルデアと村に到着したところです』
返答が返ってきてほっとしたのもつかの間、すぐに彼に指示を出す。
「今すぐ村の連中を叩き起こして逃げなさい! 出来れば川とか池とか、大量の水がある場所に!」
『川? 池? 何が起こってるんですか?! もしかして今の音は、さっきの化け物の仕業ですか?!』
「説明は後! 私もすぐにここから・・・」
視線を感じた。その瞬間、私はその場から横へ飛んだ。同時にアレーナを盾形に変形させる。
衝撃はなかった。だが、レーザーはいとも簡単にアレーナの盾を貫いた。
中身の私は吹き飛ばされたもののドラゴンの一撃すら耐えた実績のあるアレーナを、紙切れ同然に。痛みはない。運よく当たらなかったようだ。ぞっとして、嫌な汗が全身から吹き出す。もし少しでも飛ぶのが遅れていたら、今頃私もモンス兵と同じ末路を辿っていた。
安心するのはまだ早い。青い目が私を追尾する。すぐさま起き上がり、身を屈めながらジグザグに走りだす。
「ここから逃げるから! 街で会いましょう!」
通信機にそれだけ叫んで、後は逃げることに集中する。
「団長? 団長!」
ムトが呼びかけるも通信機は無言を貫いている。街で会おうと言ったきり、応答が無くなった。
死んだ? あり得ない。あの人が何度絶望的な状況から生き残ってきたと思っている。考えられるのは応対できる余裕がないほど追いつめられているのだ。であるなら、それほどの危機が自分たちにも迫っているということに他ならない。自分にできるのは彼女の言った通り、ダリア村の人間を連れて避難することだ。
「何があったの?」
アルデアが深刻な顔つきでムトに尋ねた。
「多分、さっき見た化け物が動き出したんだと思う」
「さっきのあれ、やっぱり動くの?」
自分の眼で断定はできないが、そうとしか考えられない。
動いていなくても見るものに危険しか訴えかけない異様、迫力。思い出しただけでも身震いする。ドラゴンを前にした時と同じような恐怖を感じた。
「な、なんじゃあ、こりゃあ!」
大声が村に響いた。一瞬ムトとアルデアは顔を見合わせ、すぐに声のした方へ駆けつける。
家屋の外で叫んでいたのは、村の村長だった。彼が見つめる先には、人の頭ほどの穴が開いた家の壁があった。
「どうしたんですか!」
ムトが声をかけると村長が気づき「おお、あんたは傭兵の」と自分の戸惑いをぶつける。
「部屋で寝ていたら、変な音がしての。泥棒かと思って起きたら、このありさまじゃ」
村長が壁の穴を指差した。
「いつこうなったかわかりますか?」
「寝る前はこんなもの当然なかった。音がしたのはついさっきじゃ」
自分が聞いた騒音の時間とも一致する。まさか、あの化け物の攻撃なのか?
こうしちゃいられない。すぐさま団長からの指示を行動に移す。丁度、村長の声に気づいた村人たちが家から出てきていた。
「村長、今すぐ村の皆を連れて逃げてください」
「逃げろって、あんた一体何を言っとるんじゃ?」
ムトと村長が話しているのを、村人たちが「何だ?」「どうした?」と近寄ってきた。
「村に危機が迫っています。出来れば池や川など、水があるところが良い。近くにそんな場所は?」
「この辺りは井戸をくみ上げて使っておるから、池ほどの水量があるところとなると、近辺には・・・」
「水場だったら、たしか街に向かって下っていく途中、小さい沢が脇道に流れていたと思いますが」
村長の代わりに教えてくれたのはムトに依頼を出した村の少年ジェンの父親、ソイだった。話の途中から聞いていたようだ。ムトが向かおうとしている方向も同じだ。ついでに送っていける。
「しかし、村長の大声に驚いて来てみたんですが、どうしたっていうんですこんな朝っぱらから」
「時間がないので手短に話しますが、村に危機が迫っています。ソイさん。息子のジェンや皆を連れて、その沢の方へ逃げてください」
「危機? まさか、またあの盗賊どもが戻ってきたのですか?!」
盗賊と聞いて、近くで聞いていた村人たちの顔が一気にこわばった。
「なんじゃ、あの弱腰の盗賊どもなんぞ、また儂が返り討ちにしてやるわい」
村長がすごんで見せる。村人たちも驚きはしても恐怖は少なく、むしろやる気に満ちていた。
まずい。ムトが感じている脅威と、彼らが感じている脅威の温度差が大きすぎる。ドラゴンでもなんでもそうだが、脅威に対しての認識にズレがあると、対応の仕方が大きく変わってしまう。初手でその認識のズレは痛い。同じ人間相手であれば想像もつきやすいが、相手は未知数の相手だ。嘘でもいい。もっとわかりやすい相手を引き合いに出さなければ。
「相手はドラゴン種です。人間が敵う相手じゃない」
「ドラゴン? バカなことを仰る。ここに住んで七十年。目撃したことなどただの一度もないぞ」
「流れてくる種もいます。いいから早く!」
「そう言われてものう、村を捨てるわけには」
村長が渋る。他の村人もムトの言葉に従ってくれそうにない。盗賊を撃退したという実績、成功体験が中途半端な自信に繋がってしまっていた。自信は時に人を奮い立たせるが、時に判断を誤らせ、頑固にもする。自分たちでも何とかできるんじゃないか、という。実力を把握できず、状況も判断できない人間に、過度な自信は害悪以外の何物でもない。
村の代わりに命を捨てることになる、ムトがそう怒鳴りかけた時。タイムリミットが到着してしまった。
がさがさと草木をかき分けて、擦り傷だらけのアカリが彼らの前に飛び出した。地面を転がり、体を起こし、そして目の前にいるムトや村人たちを見て驚きに目を見開いた。
「何でまだいるの! 早く逃げて! 逃げなさい!」
「なんじゃ、あんたまで・・・」
木々の向こうで、チカッと光が瞬いた。
村長の言葉は途中で途絶えた。物を言うべき口が、首ごと消滅していた。ゆっくりと村長だったものが倒れる。
誰もが何が起こったのか理解すらできず、村長の遺体を眺めている。首一つ分小さくなった、無残な遺体だ。
「ぼさっとするな!」
アカリが怒鳴った。
「来るぞ! 死にたくなきゃ、走れ!」
村人の戸惑いが、ようやく恐怖へと移行し、悲鳴が山間に木霊する。自分の未来の姿と今の村長の姿が繋がったのだ。彼らの中にある自信は打ち砕かれ、考えることも出来ない。耳に届いた逃げろという言葉が本能と合致し、ようやく足が動き出した。そんな彼らをあざ笑うかのように、彼らが天使と崇めていたモノ、マキーナが悠然とその姿を現した。
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