第279話 過去の自分を見ているような
すぐさま弾丸を込め直し、再び構える。
たった五年で、銃の構造も命中精度も改良、向上している。以前は火縄銃方式だったが、今はショットガンやグレネードの様な、銃身を開いて装填する中折式、ブレイクバレルなどと呼ばれる形に進化していた。弾込めから発射までの簡略化もさることながら、命中精度を上げるための弾に刻む溝、ライフリングも銃身に成型されている。流石はプラエ。私の曖昧な予備知識があったとはいえ、形にしているところが恐ろしい。何十年、何百年の銃の進化の歴史をすっ飛ばしている。そして一センチほどの銃腔の幅にライフリングを作るという、彼女の無茶な要求に応えるゲオーロもまたとんでもなく優秀な職人だ。一分一秒たりとて無駄にせず、貪欲に一歩ずつ修練を重ねてきた姿が銃から見えてくる。
弾頭、火薬、雷管をワンセットにするケースである薬莢については、まだ説明していなかったため実現していないようだが、銃の中に炎の魔道具を組み込み、内部で爆発させることで解決している。むしろ火薬と雷管がいらないから材料コストを押さえてこっちの方が良いのではないか。もしこの形式の銃でいくなら、爆発ではなく、いっそ空気の圧縮、膨張で弾丸を飛ばす形も面白いかもしれない。煙や音が出ないから敵から察知されにくく、こういうシチュエーションで使えるかもしれない。無事戻れたら打診してみよう。
敵側の意識がこちらに向いた。チャンスだ。お前もいっぱしの傭兵なら、機を逃すなよ。
解放されたアルデアが動く。地面に落ちていた自分の武器を握る。敵もすぐさま動きを察知し、再び彼女を押さえ込もうとする。
「こん、のっ!」
剣の柄を握ったアルデアが、後ろも見ず、感覚だけで振り切った。魔力が流れ、剣が放電する。敵には当たらなかったが、けん制の意味は充分にあった。間合いを取り、構え直し、仕切り直すことに成功している。彼女が退くタイミングを作ろうと銃を向け、その前に盾を持つモンス兵が立ち塞がった。
こちらが一発ずつしか銃撃出来ないことを見越した敵は、二手に分かれていた。盾を持つモンス兵二名が縦列で私の方へ、ネズミと残りのモンス兵一名がアルデアを押さえにかかる。位置取りの仕方も敵ながら見事だ。盾兵は後ろのネズミたちが一直線に重なるように陣取って撃つスペースを与えてくれないし、こちらが移動しても上手くアルデアを人質に取るようなポジショニングを取って、こちらに撃たせず追いつめてくる。それも素早く。これでは、私はアルデアの援護には行けない。
左右に一人ずつ。雷の大剣『フルメン』を上段に構えながら、アルデアは左右に視線を配る。モンス兵はついさっきやり合ったばかりだ。精強だが、渡り合えないわけじゃない。こちらは体のどこかに剣が当たれば勝ちなのだ。当てるだけなら自信がある。問題なのは左側に立つこいつ。こいつがディールス団長の言っていた、街に潜り込んで捕虜のモンス兵を逃がしたネズミ、スパイだろうか。得体のしれないこいつがヤバい。さっき背後を取られたときも、全く気付かなかった。魔女どもの同行など嫌で仕方なかったが、流石のアルデアも団長の指示にはきちんと従い真面目に仕事をこなしていた。油断など欠片もしていなかったというのに。
嫌な汗がつつっと額から頬を伝い、顎へと向かう。肌がピリピリして、口が乾く。
右側のモンス兵から動いた。体を沈め、盾を前面に押し出しながら突っ込んでくる。しめた。フルメンで受ければ、このまま感電させられる。そう思い、盾の方へと剣先を向けた。次の瞬間、アルデアは目を剥いた。モンス兵はアルデアに向かって盾を投げつけたのだ。迫る盾を何とか弾き落とす。
「なっ」
剣を持つ手に、別の人間の手が左から絡みついている。ネズミだった。アルデアの意識がモンス兵に向いた瞬間にネズミは動き始め、彼女の視界が盾で塞がれた時点で既に至近距離にまで接近していた。アルデアにとっては瞬間移動したように見えただろう。
力づくで刃先をネズミに近づけようにも、逆にこちらの腕を捩じり上げられて動かない。その隙にモンス兵が彼女の背後から飛び掛かった。身動きの取れないアルデアに、なすすべはない。モンス兵の剣が彼女の背中に迫る。アルデアは死を覚悟し、目を瞑った。
刃が肉を抉る。
しかし、想像していた痛みがアルデアには訪れない。では即死級の一撃で痛みを感じる暇もなかったのか。そのわりには意識ははっきりしている。自分の手を掴んでいたネズミの手が離された感覚もわかるほどだ。
恐る恐る目を開けると、目の前にモンス兵の顔があった。ひきつった声が口から漏れる。反対に、モンス兵の口からは鮮血が溢れ、零れた。ゆっくりと倒れたモンス兵の後ろに、男が一人立っていた。男の視線の先には、祭壇の後ろまで一気に距離をとったネズミがいた。ネズミに小刀を突き付けて警戒しつつ、男がアルデアに問う。
「無事か?」
「お前・・・」
魔女の仲間、ムトだった。
「何で助けた」
そう言うと、ムトは苦笑した。
「おいおい、以前の丁寧で親しみ溢れる可愛らしい口調はどうした?」
「ふざけんな。あんなの、お前から情報を得るために決まってるでしょうが」
「ああ、やっぱりそうか。酒場での僕たちの会話を聞いて、アカリ団長の関係者だと睨んだわけか」
なかなか鋭いじゃないか、とムトは褒め、表情を引き締めた。
「退くぞ。もうここに用はない」
「退く、ですって? 敵がいるのにどうして。そもそもこいつらを掴まえる為に動いてたんじゃないの?」
「こっちの目的はあくまで偵察だ。向こうの目的がわかったら、後は尻尾を巻いて逃げるだけ。ここにいる敵が奴らだけとは限らないんだからな」
それに、とムトは続けた。
「奴は手練れだ。無理に戦ったら手痛い反撃を食らうかもしれない。でも手練れだからこそ、今は冷静に僕たちの戦力を計っている途中で、無理はしない。こちらの増援が来るかもしれないと同じように考えて警戒している。逃げるなら今だ」
「奴らに増援はほぼないんでしょう? 人数は五分五分じゃない。魔女様の実力なら二人ぐらい引き付けておけるでしょ。その間に目の前のスパイ野郎を倒しちゃえばいい話じゃない」
「人間の数は五分でも、戦力差は五分じゃない」
「・・・私が足手まといだって言いたいの?」
自覚があるのか? という言葉を心の中に留めつつ、ムトは違う言葉を伝える。
「連携の練度の話だよ。君が十全に実力を発揮できるのはセプス傭兵団の中にいる時だ。僕らとの連携は取ったことがないだろう? 対して、向こうは同じ軍の仲間だから息をするように連携できる。さっき君が味わったような、ね。僕らが挑むと、団長に向かった二人は途端に引き返してきて、僕らを挟み撃ちにする。その時、最初に殺されるのは君だぞ?」
ま、僕はどっちでもいいけどね。とムトはおどけた。
「こちらの方針は今『親切で』伝えた通り。ついてきたければついてきて構わない。戦いたければ好きにすればいい。ただ、これだけは言っておこう。傭兵の原則は『名誉の死より、明日の生』だ」
アルデアの中でセプス傭兵団の皆の顔がよぎる。ディールスや団の仲間たちに、また会いたい。その気持ちがネズミに一矢報いたい、自分の実力はこんなものじゃない、まだ戦えるという見栄を封じた。
彼女の表情を見て、ムトは頷く。
「三秒後、閃光手榴弾を投げる。心構えをよろしく」
彼らの会話を、もちろんアカリも通信機越しに聞いている。カウントが始まる。
三、二、一・・・
そして、想定外が顕現する。
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