第278話 輝く祭壇

 休憩を挟みながら再び山道を歩き、ダリア村が見える位置に到着した。時刻は深夜と早朝の間、星明りは既に消え、陽光はまだ届かない。ここにいるのは私の他はムト、そしてなぜかセプス傭兵団のアルデアがついてきた。他の面々は街に残っている。プラエは魔道具の出来に納得いかなくて、既存のいくつかの武器を渡した後また籠ってしまったし、ゲオーロはそれに付き合っている。ティゲルはついてきたがったが、危険を伴う夜間の山道移動に加えて閉じ込められていた疲れもあったため留まり、ジュールは皆の護衛だ。襲撃の危険性はかなり低いとはいえ、ゼロじゃない。だからセプス傭兵団も街に残ったのだろう。こちらも偵察が主目的で戦闘に発展する可能性は低いため、少人数でも問題はない。問題なのはついてきた彼女だけだ。

 セプス傭兵団団長、ディールスの意図を計りかねている。私の動きを把握しておきたいというのは理解できる。ならばせめて話の通じる人間をよこすべきだ。敵対しない約束はしたが、こういう直情型の人間は後々のリスクも何も考えなしで後ろから刺してきそうだ。

「団長、良かったんですか?」

 離れたところにいるアルデアを横目で確認していた私に、村の様子を眺めていたムトが尋ねてきた。

「良かった、というと?」

「いや、僕はてっきり、団長はこの件から手を引くものと思ってましたので」

「確かに、今までの私なら、天使と呼ばれる、もしかしたら危険な魔道具があるかもしれない場所、しかも敵が確実に待ち受けている場所に行こうとは思わなかったでしょうね」

「なら、今回はどうしてです?」

「一つはムト君にも話したけど、ダリア村の天使が元の世界に戻るヒントになるかもしれないから。多少の危険を冒してでも確認しておきたかった」

「他にも理由が?」

「今の理由から見れば比較にならないほど小さな理由群だけどね。プラエさんたちみたいな知識は無いけど、古代遺跡とか興味があるから、とか。わずかな滞在期間だったけど、ダリア村の人たちに世話になったから、ファナティたちの目的が気になるから。そんなところかな」

 とはいえそれら全ての理由を合わせても、命を懸けるほどではない。遠巻きに様子を見ているのが良い証拠だ。

「後、ジュビアの時のように既に魔道具が発動しているわけではない、と考えてる」

「ファナティはまだ古代文字の解読に時間がかかっている、と?」

「ええ。プラエさんとティゲルさんを一緒に連行してきたってことは、三人がかりで解読に当たれということでしょう。でも、向かったのはファナティだけ。単純計算でも解読スピードは三分の一まで落ちる」

「どうしても、最初のとっかかりはその人が持つ知識に寄りますから。一人では時間が掛かるでしょうね」

「そんなわけで、敵にこちらの動きを察知されない限りは、そこまで悲観的な状況ではないんじゃないかな」

 話ながらしばらく村を観察していたが、目だった動きは見られない。

「村の方では、特に変化があるようには見えないわね」

 昨日私たちが村を出る頃は、村中央にある広場で宴を開いていたが、流石に今は火も消え、陽気な歌声も聞こえない。全員が寝静まっているのだろう。となれば動きがあるとすればやはり。

「村人全員が殺害されている、という可能性は?」

 ムトの疑問に「可能性はなくはないけど」と言いつつ、否定する。

「低いとは思う。街に潜入していた連中は、ダリア村に向かった仲間が返り討ちにあったことをおそらく知っている。その彼らよりも少ない人数で再度村を襲うリスクを取るとは考えづらいし、何より、襲う必要が薄いんじゃないかな」

 襲われるとすれば祭壇のことを村で一番知っている村長だろうが、話を聞いた限りでは私がスルクリーの本から得た情報と同等程度だ。解読に役立つとは思えない。

「ああそっか、そりゃそうですよね。真の目的が解読なら、限られる時間を目一杯使って夜中にこっそり解読しちゃえばいいのか」

 彼の答えに頷いて同意する。

「祭壇は村の奥よ。行きましょう」

 私たちが移動を始めると、後ろから舌打ちがついてきた。


 足音や気配を可能な限り消しながら、祭壇がある方へと向かう。日中の明るい時とは全く違う雰囲気が漂っている。

「どうしました?」

 足を止めた私に、ムトが呼びかける。

「何か聞こえる」

「敵ですか?」

「かな。この声は・・・ファナティか?」

 更に身を沈めながら前進する。物陰から覗くと、推測通りファナティが確認できた。彼の周囲に三人。

「ムト君。逃げた捕虜の人数は何名だった?」

「三名です」

「じゃあ、彼らの他にもいるわね」

「連中を解放した、街に潜り込んでいたネズミですね」

 自分たちの周囲も警戒しつつ、祭壇を注視する。この暗闇の中で確認できたのは、向こうが松明を掲げているわけでも、陽が顔を覗かせたわけでもなく、彼らの前にある祭壇が仄かに輝いているからだ。あんな反応は日中には見られなかった。まさか予想が外れて、すでに解読が終わってしまったのか。

「・・・何故だ!」

 ファナティの苛立った声がかすかに聞こえた。

「何故発動しない。私の解読が、解釈が不完全だというのか。間違っているというのか!」

 近くにいた一人がその声に驚き、窘めている。

「うるさい。私に指図するな。貴様らは黙って私の護衛をしていればいいのだ!」

 振り払い、ファナティは祭壇にかじりつく。その様子を見てムトが呟く。

「団長の推測通り、上手くいってないようですね」

「日中見た時と様子が違うから焦ったけどね」

「様子が違うんですか?」

「日中は光ってなったのよ。だから、もしかして魔道具とかが発動したのかな、と」

「なるほど・・・」

 そう言って、ムトが考え込んでしまった。

「どうしたの?」

「いや、何か忘れているような。祭壇に関係する話を昼間に聞いた気がして」

 何だったっけか、と首をひねっている。

「・・・思い出した」

「何だったの?」

「いえ、大して関係のない話でしたから」

 謙遜するようにムトは手を横に振るが、その言い方が一番気になる。いいから話してみて、と促す。

「いつかわからないけど、近々祭りがあるそうです」

「祭り?」

「ほら、僕たちが盗賊に襲われたって話を聞いて、ダリア村に向かった時の話なんですけどね。あの時もこうやって敵の様子を伺っていたら、すでに盗賊を退けた村の人たちが話しているのを聞いたんです。正確には一緒に来ていたディールス団長が、ですけど」

 すみません、どうでもいいことですよね、と頭を下げる彼をよそに、推測が進む。

 祭りの時期と重なるようにファナティたちが動いたのは、果たして偶然か?

 元居た世界でも多くの神社仏閣が存在し、崇める神様や仏様に奉納する祭事が存在した。その日時にも理由がある。誕生日だったり、何らかの伝説が生まれた日だったりだ。では、このリムスにおける祭りにも、開催日にはそういった意味があるのではないか。

 それに、スルクリーの本にも何度か書かれていたはずだ。私のように何らかの魔道具の力で転移する以外では、日時や場所が偶然重なることでルシャが転移してくる、と。

 目の前の祭壇が輝いているのは、日時が合致しているせいではないのか。龍の書とやらには日時が書かれていたのかもしれない。だから今日ファナティはここに来た。

 だが成功もしていない。他にも条件が必要なのか。それがその祭壇に書かれていて、ファナティは正確に解読できていないために条件を満たせず、祭壇は発動しない。

「贄となる龍骨、聖地の土、霊山の雪解け水、それらを朝と夜の境に奉ることで龍神の御使いを召喚できるはずなのだ」

 ファナティの目的はさっき話していた御使い、天使を召喚することだったか。ずいぶんとファンタジーな話になってきたな。ファンタジー世界にいるくせにそんなことを考える。

 奴の目的はわかった。その目的が失敗しそうなことも。また、龍の書の中身が真実だったとしても、祭壇は天使を呼ぶためのものであって、こちらから別の世界に移動させるものではなさそうだ。であるなら、もうここに用はない。ムトに目配せして、引き返そうとしたとき。

「動くな」

 男の声が後ろから聞こえた。声は、私たちにかけられたものではなかった。振り返ると、アルデアがゆっくりと両手を頭の後ろで組まされた状態で立っていた。首には刃がそえられている。彼女の後ろに今の声の主がいた。奴が捕虜を助け、ファナティをここまで連れてきたネズミか。

「つくづく、人質に取られるのが好きなのね」

 呆れながらも、こちらの居場所を敵に悟られないよう移動し身を低くする。幸いなことに気づかれることなく、ネズミはアルデアを連行して祭壇の方へと向かっていった。

「誰だその女は!」

 神経質な声でファナティが叫ぶ。

「街にいた傭兵団の一人だ。大方、逃げた我々の行方を追ってきたのだろう」

 ネズミがアルデアを突き飛ばした。彼女は祭壇の台に腹のあたりをぶつけ、くの字に体を曲げて祭壇に覆いかぶさるような体勢になった。奉ってあった何かが衝撃で音を立てる。ネズミは彼女の頭を押さえつけ、武器を奪う。

「誰もが南に逃げたと思い込んでいる中、北に目を付けたのは褒めてやろう。良い勘をしている。が、運がなかったな。それとも功を焦ったのか?」

 ネズミが彼女の首へナイフを突きつける。

「答えろ。我々のことをどこまで知っている? ここで何を聞いた? 他の仲間はお前がここにいることを知っているのか? 素直に答えれば命は取らないかもしれないぞ」

 ナイフの切っ先が彼女の首に突き刺さり、ぷっくりと赤い血の玉が出来る。

「はっ」

 アルデアは鼻で笑った。

「誰が答えるか。女一人にビビッてナイフ突き付けて、言う事きかせようとする男の屑みたいなやつに、教えてやることは一つもないわ」

「そうか」

 ネズミの判断、行動は早かった。何も得られないなら、邪魔者は消す。

 ナイフを逆手に持ち、アルデアに向けて振り下ろそうとする。が、直前でネズミは身を翻した。直後に静けさを打ち破る音が轟き、ネズミのナイフが半ばで折れる。手を庇い、警戒態勢に移った彼を守るように元捕虜たちモンス兵が前に出た。

「良い勘してるわ」

 舌打ち混じりに相手を褒める。久しぶりに握った銃の先から煙が立ち上っていた。

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