第277話 スマートなだけでも、愚直なだけでも

「おかえりなさ~い」

 食堂に戻ってきた私たちをティゲルが迎えてくれた。

「ただいま。・・・プラエさんたちは?」

「まだ籠ってますぅ」

 耳を澄ませば、カンカンと槌を振るう音が聞こえる。

「おい。魔女さんよ」

 ディールスがしびれを切らした。

「いい加減教えてくれ。せめて捜索打ち切って何でここまで引き上げてきたのかをよ」

「わかった。その代わり、そっちの団員たちに指示を出して確認してほしいことがあるんだけど・・・」

「なんだ? 言ってみろ」

「街から馬かロバの盗難が起こってないか。いなくなっている人間は誰か。そのいなくなった人間を最後に見たのはいつ、どこでか」

「わかった。ちょっと待ってろ」

 ディールスが食堂の外に出ていく。椅子に座って待っていると、しばらくして、再びドアを開けて戻ってきた。そんなに息を切らして慌てなくてもよかったのに、わざわざ急いでくれたところに人の良さを感じる。彼に席と水を勧めた。

「では、そちらの団員が戻ってくる間に私の推測を話すわ」

 両手を合わせて組んで、テーブルの上に置いた。

「敵の襲撃の目的は占領。それは間違いない。では、何のための占領かが焦点になってくる。気になったのは、彼らは街を攻撃する前、ダリア村を襲撃していた」

「あんたが撃退した連中も、仲間だったのか?」

「おそらく。なので、私はこう考えた。彼らにとってはダリア村の方が主目的ではないのか、と」

「だからさっきも言ったけど、んな馬鹿な話があるかってんだよ」

 ディールスの言う通りだ。普通に考えて、あんな小さな村に戦略的価値はない。なので。

「別側面からアプローチしてみましょう」

「「「別側面?」」」

 ディールス、ムト、ジュール、ティゲルが同時に首をひねった。

「私は、ここにいるティゲルさんやプラエさん、そしていつの間にかいなくなっているファナティの存在から敵の目的や価値を考えてみた」

「そういや、あの司祭さんはどこに行ったんだ?」

「ついさっき、食堂をこっそり抜け出していきました」

 ティゲルの説明にディールスは驚く。

「ちょ、おいおい。どういうこったよ。このタイミングでいなくなるなんて滅茶苦茶怪しいじゃないか」

「怪しいどころか、彼も敵の仲間なんでしょうね」

 というか、見張りは立てていなかったのかとディールスに尋ねたら「そんなに人数割けるわけないだろ」と返ってきた。非戦闘員しかいないのならそこまで警戒しなくてもいいと思ったようだ。

「何で落ち着いているんだ。・・・そういやあんた、彼女の報告を待ってたっつったな。もしかして、最初からわかってたのか?」

「確信はなかった。けれど、今話した別側面が占領の答えであるなら、可能性は高いと思っていた」

「司祭さんが、今回の鍵ってことか?」

「そう。彼のために占領が計画された」

「意味が分からない。龍神教の司祭のために、どうして自国の村を襲うような指示が出る?」

「焦らないで。順序だてて話すから。まず、この地に集められた彼らの共通点なんだけど、古代文字に対する知識がある事」

「古代文字、ってあれか。時々見かける、古い遺跡に彫られている変な文字か」

「そう。ティゲルさんたちは、過去に古代文字を解読した経験がある」

「ああ~、ジュビアでの一件ですねぇ」

 懐かしそうにティゲルが目を細めた。

「そして、ファナティも『龍の書』と呼ばれる古代文字で書かれた書物を解読する部署にいる。これらの共通点から、敵の目的は古代文字解読に関することではないか、と仮定した」

「占領は、その解読がしやすいようにするための下準備、ってことか。だが、そこまでして解読するもんがダリア村にあるのか?」

「あの村には、過去に天使が降臨したという逸話がある。降臨したと言われる祭壇に彫られているのは古代文字だった」

 これに関しては私が自分の目で確認したから間違いない。解読はできなかったが。

「バカバカしい。昔の与太話を解明するために大それたことをしたってのか?」

「一概に馬鹿にはできないわ。古代遺跡に残された魔道具の中には強力なものも存在する。国一つ滅ぼすようなものだってあるわよ?」

 失敗したときのための保険が、秘密裏の占領の目的ではないかと思っている。ジュビアの魔道具は周囲を巻き込んで消滅させかねない代物だった。堂々と現地調査に入り調査した結果、村一つ街一つ消えたとなれば責任は重い。自国の一部が消えるだけでも大ダメージなのに、周辺に影響を及ぼし、あまつさえ攻め込まれる口実になったら目も当てられない。正体不明の連中が勝手にやったこととした方が遥かにマシなのだ。

「・・・冗談だろ?」

 ディールスが私たちを見渡すが、ここにいるのは実際その魔道具の影響に巻き込まれて死にかけた人間ばかりだ。マジか、とディールスの頭に事の重大さが浸み込んでいく。

「もちろん、ハズレもある。けれど今回の敵は、ダリア村に伝わる天使の逸話が強力な魔道具と関係があると考え、解読のためにファナティや彼女たちを集めた。秘密裏に解読させるために村の占領を企てた。これが私の推測。なので、脱出した敵が向かったのは北のダリア村じゃないか、って話に繋がるわけで・・・」

 食堂のドアが勢いよく開いた。セプス傭兵団の団員が飛び込んできて、ディールスに耳打ちしている。話が進むにつれ、ディールスの顔が曇っていく。

「・・・わかった。見張りに最低限の人数残して、他は一旦宿屋に集まってくれ」

 指示を受けた団員が出ていく。どうやら、私の推測を裏付ける話が出てきたようだ。

「部下からの報告だ。荷運びの馬が数頭いなくなっている」

 ディールスの報告に場がどよめく。

「今の今まで誰も気づかなかったのかよ?」

 ジュールが責めるような口調で言った。

「破壊された南の区画で飼育されていたから、襲撃で囲いが破壊されたとき、逃げ出したと思われていたんだ。持ち主は復旧作業で家畜にまで気が回らなかったんだと。後は他に、二時間前に自警団の一人を北の出口付近で見かけたという報告が今更ながら上がってきた」

「自警団が出口付近にいるのは、別におかしい話じゃなさそうだが」

「そうだな。そいつが牢の前で死んでなきゃ、おかしい話じゃなかっただろうな」

「・・・クソ、そういう事かよ」

 ジュールは自分の額をぺちんと叩いた。偽物が本物を殺して成り代わり、二時間前には北の出口付近で馬を準備していた。ファナティはそいつらの手引きで街から抜け出した。

「私の話はこれで終わり。それで、そちらはどうする気?」

 ディールスに尋ねた。敵の作戦が変わったのであれば、防衛の依頼を受け続ける必要はない。街側がここでの話を知っているわけはないから、黙ったままぎりぎりまで護衛としての依頼を果たし、依頼料を絞り取るという手もあるが。

「この件を報告する。後は依頼主次第だ」

「へえ、意外」

「何がだ。街の護衛を依頼された以上、ここで起こったことは推測も含めて報告する義務がある」

「あなたの言っていることは正しい。けど、今時流行らないわよ」

「ふん、この話を知らなかったことにして、攻めてこないことが分かっている街の防衛続けて、楽して稼ぐ方が賢いってか?」

「団員のために、安全に、楽に稼ぐ方が良いでしょう?」

「あいつらを引き合いに出されると、まあ、本当に困るんだが。ただなあ。俺は、まずい酒は飲みたくないんだ」

 愚かだ、と彼のことを断ずる傭兵団は多くあるだろう。命をかけて金を稼ぐなら、可能な限りリスクは排除するべきだ。それを、自分の好き嫌いでえり好みするなんてどうかしている。けれど。

「損な性格してるわ」

「あ? なんか言ったか?」

「いいえ」

 けれど、だからこそ団員がついてくる団長もいることは確かだ。良い団長とは決して呼べないが。

「そっちこそどうすんだよ」

 そもそも私も敵と同じで、天使の逸話のために来た。私の代わりにわざわざ解読してくれるというのだ。漁夫の利を狙わない手はない。賢い方法ってやつを教えてあげようじゃないか。

「ファナティたちを追う」

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