第276話 死体があり、犯人が消えたら、名探偵の出番だ

「色々あったんだよ」

 牢の場所に行く道すがら、ジュールが弁明のようにプラエにあった出来事を話してくれた。

「コルサナティオ王女の推薦で工房に入れたんだが、嫉妬やらやっかみやら買っちまって、向こうの魔術師連中に目の敵にされちまってな。本来なら難関の試験を突破して、何年もの下積みをこなしてようやく工房入りが認められるのに、王族のごり押しで簡単に入ったのが気に喰わなかったんだろう。こんな浅慮浅薄な若造に何ができる、とか、どこの馬の骨とも知れない女に国家を支える事業を担えるはずがない、とか誹謗中傷あることないことを浴びる日々さ。見返すために苦労して作ったいくつかの魔道具も、国の財産とか言われて成果ごと奪われもした。ついでに派閥やら権力争いにも巻き込まれて大変だったんだ」

「嘘でしょう? 五年前で訪れた魔導工房見学の際は、かなり友好的な待遇で迎えられたはずですよね?」

「あの時は期間限定の一週間って決まりがあっただろう? どうせ一週間でいなくなるなら、精々利用しちまおうって腹だったんだろう。だが、ずっといられると困るわけだ」

 彼女の才能が恐ろしくなったわけか。いつ自分の地位を脅かし、取って代わるかもわからないから。

「それに、プラエが言うには五年前とは魔術師の顔ぶれがかなり変わっていたらしい。彼女に協力的だったのは以前から在籍していた工房長と主任くらいだったようだ。こっからは俺の憶測なんだが、プルウィクスの魔導工房は、もうプルウィクスだけのものではない。他の国の物でもある。同盟とはいえ、自分たちに有益になるように息のかかった魔術師を送り込んで、工房内でも高い地位につけようって魂胆があるんだろう。そんな場所で、どこの国の人間でもないのに誰よりも優秀な彼女は厄介極まりない存在だったんだ」

「それが派閥争いや権力争いに巻き込まれた背景ですか」

 王族の覚えもよく出世の可能性が高い彼女の取り扱いは、徹底的に排除するか、取り込むか。そうしなければ安心できなかったのだろう。

「嫌ですね。そういうしがらみは」

「元は自由気ままな傭兵暮らしだから余計にな。それでも我慢していたのは、結局のところ、嫌なことを全て抑え込めるほどに、魔導工房での生活は刺激的だった。それに、得られるものを全部得たらすっぱり辞めるつもりだったってのもある。クビになるか自主的に辞めるかの違いだ。だから、あんたは責任を感じる必要はない」

「・・・別に、責任なんて」

「そうか? 気のせいだったら別にいいんだ。自分のせいでプラエが職を追われた、みたいな顔してたからよ」

 人の表情や感情を読むのが上手い。気のせいだったらいい、という一言も、私を気遣ってのことだ。こういう部分において、やはりまだまだジュールたちに及ばない。

「後で、プラエさんとゆっくり話そうと思います」

「そうしてやれ。なんだかんだで、逢えて嬉しいんだよ。あと、必ず酒は持っていけ。なるべく良いやつな」

「はい」

 話が一区切りついたところで、ちょうど自警団が殺害された家屋が見えてきた。レンガ造りで、壁に穴など開いている様子はない。鍵が壊された形跡もない。ディールスは争いの跡などはなかったと言っていたが、一応自分の目でも確かめておく。うん、強引に脱出したわけではなさそうだ。なら、捕虜救出に来た敵はそこまで装備が整っているわけではないし、人数も多くはない。一人か二人ってとこだろう。

「殺害現場はここだ」

 ディールスが先んじて家屋内に入る。中は倉庫のようだ。壁に沿う形で木箱や棚などが並べられている。ディールスが中にあるランプを付けた。照らされた床面の広範囲に赤黒い跡が残っている。少し引きずった跡は、倒れた死体が擦れたためか。

「自警団の死体は、すでに街の人間が引き取った。ひでえもんさ。背後から喉をザックリやられていた。声を出す暇もなかっただろう」

 ディールスは指で自分の首を横一文字にすうっと撫でた。

「あそこが、地下の入り口だ」

 ディールスが指さした方向に、床に暗く空いた穴があった。梯子の先端が引っかかっている。地下に降りると、少しひんやりしている。保冷庫のように使用していた場所か。足元に切られたロープが散乱している。

「見張りは何時間交代だったんだ?」

 ムトがディールスに尋ねた。

「三時間で交代していたそうだ。だから、逃げられてから三時間以上経過していることになる」

「街中に連中の痕跡は?」

「街中を団員たちと自警団が総出で探しているが、まだ報告はない」

 三時間は、街から脱出してかなり距離を取っていてもおかしくない時間だ。地下から地上へと戻る。

「やはりもう、逃げちまった後かなぁ」

 ガリガリと頭を掻くディールス。

「・・・ちなみにだけど、セプス傭兵団が見張っていたのは街のどちら側?」

 今度は私が尋ねた。

「そりゃ当然、奴らが逃げてった南側を重点的に見張ってた。北側には一応自警団の見回りはいるし、うちからも定時連絡を兼ねて巡回に行かせてるが、そこまで重要視していない」

 彼がそういうのも当然だ。攻めてきたのは南からだし、逃げたのも南側。なぜなら南側に他の地域とつながっている道があるから。東と西に道はなく山ばかり、北はダリア村につながっているだけだ。ダリア村以北はさらに険しい山と樹海が広がっている。基本リムスの未開の地は化け物の住処だから、隣国に逃げ込むのは難しいだろう。

「到底信じられないようなことでも、不可能を取り除いて残ったものが真実、だったっけか」

 有名な探偵が言っていた。今回の場合は信じられない、って程ではないけど。

「どういう意味だ?」

「連中が逃げたのは、北側でしょう」

 え、という顔で三人が私を見た。

「そんな馬鹿な。連中の仲間が敗走していったのは南側だぜ? あんたも見ただろう?」

「そうですよ団長」

 ムトもディールスに同調する。

「奴らの目的がこの街の占領なら、南に逃げた仲間たちと合流して戦力を集めるはずです。逆側に逃げてもどうにもなりません。たった数人では挟撃の形も取れないですよ」

「いいえ。北側にはダリア村があるじゃない」

「ダリア村って、あの盗賊の襲撃を受けた村のことだろ。あんな小さい村を占領しに行ったってのか?」

「その通り」

 ディールスの疑問に肯定する。正確には、占領ではないかもしれないが。

「あんな貧乏な村占領して何になるってんだ。特産品も金もない、狭いから軍の拠点にもならねえさびれた土地だぞ」

「そうね。普通に考えたら、苦労して獲りにかかる場所じゃない。けど、私の推測が当たっていたら、彼らはダリア村に向かうと思う」

「だから、それは何でだ。理由を教えてくれよ」

「もう少し待って。多分だけど、もう少ししたらダリア村に向かった確信を得られると思う」

『アカリ団長~聞こえますか~』

 思ったよりも、早く確信が来たようだ。

「ど、どこからか声が?」

 驚くディールスを無視して通信機を手に取る。

「ティゲルさん? どうしたの?」

『あ、アカリ団長~。私たちの予想通り、動き出しました~』

「連絡ありがとう。それを待ってた」

『どうしますぅ~? 私、追いかけましょうか~?』

「いえ、流石に危険よ。すぐに戻るから私たちを待ってて。行先もわかるから大丈夫」

『そうですか~、わかりました~お待ちしてま~す』

 ちょっと残念そうにティゲルは答えて通信機を切った。

「おい、何が起こってるんだ? 何が動き出したって?」

「連中の本当の目的よ。彼らにとって占領って行為は自分たちの仕事をやりやすくするためだけのものに過ぎない。だから、占領できなかった場合のプランもあった」

「本当の目的って、何なんだ」

「具体的にはわからない。でももしかしたらって仮説はある、けど」

 ここまで来たら、私もあのセリフを使っても許されるのではないか。

「今はまだ、語る時じゃない」

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