第273話 龍神教の司祭

 ファナティ・クレッソスと男は名乗った。

「私だって、なぜここに連れてこられたのかさっぱりわからないのだ!」

「まあ、落ち着けって。別にあんたを疑ってるわけじゃねえよ」

 ジュールがファナティに向かって両手を向けた。だが、おそらく心の中では全く反対のことを考えているはずだ。おそらくプラエも、ティゲルも同じようにファナティのことを疑っている。私もそうだ。

「俺たちだってどうして連れてこられたのか訳が分かってないんだ。無事助かったんだから、協力し合うためにも落ち着くためにも、まずは互いの自己紹介をしようや。話していりゃあ、何か気づくこともあるだろうし」

「・・・ま、まあ、そうだな。その通りだ」

 咳払いをして、ファナティは改めて自己紹介をした。

「私はファナティ・クレッソス。龍神教の司祭だ」

 肩書にピクリと反応してしまう。こちらはその龍神教総本山のコンヒュムから懸賞金をかけられている身だ。

「ん? そういえば、そちらのお嬢さん、アカリというお名前だったか」

 ファナティも気づいた。不味いな。このままだと面倒なことになるか。ジュールが目配せしてきた。場合によっては少々手荒な真似をしなければならないか。

「ええ。それがどうかした?」

「いや、確か教皇より罪人として裁定を下された者の名が、アカリというものでな」

「どこにでもよくある名よ。珍しくなんかないわ」

 一応そう答えておく。それでも食い下がってきたら、その時は仕方ない。

「それもそうだよな」

 意外にも、と言ってはなんだが、ファナティは簡単に引き下がった。

「龍神教の敵、滅国の魔女『アカリ』は、身の丈三メートル、頬に十文字の傷があり、髪は天に抗うかのように逆立ち、筋骨隆々、皮膚は赤く炎のようで、吐く息には炎が混じり、黄金に光る目で睨まれた者は石化し、怪力をもってカリュプス王の首を引きちぎり、強固な城に風穴を開けて回るような、とても人とは思えない姿だと聞く。あなたのような可憐な女性とは似ても似つかん化け物だ。すまない。そんな怪物と間違えるなんて、私もどうかしている」

 プラエがファナティに気づかれないところで噴き出している。ジュールも笑いをこらえるのに必死なようだ。コンヒュム内の上意下達はどうなっているんだ。伝言ゲームがとんでもない結末を迎えているじゃないか。もしかして、私の心配は全て杞憂なのか? 自意識が過剰すぎたのか? ちょっと恥ずかしくなってきた。

「ファナティ司祭は、誘拐される理由に心当たりとかある?」

 無理やり流れを変える。これ以上聞いていたらどんな話が飛び出してくるかわからない。

「心当たりは・・・、ない」

 沈黙が逆に疑わしいが、突いてもどうせ話さないだろう。警戒されれば口を更に噤んでしまう。スムーズに話せるところから情報の欠片を引き出す。それに話し続ければ口がうっかり滑ることなどよくあることだ。

「私、初めて司祭様にお会いするんですが、司祭様って、どういうことをなさるんですかぁ~」

 私の考えをくみ取ってくれたのか、ティゲルが尋ねた。

「そうだな。説法、礼拝、信者たちの悩みや懺悔を聞くことが主な仕事だろうか」

「信者さんのお悩みも聞いたりされるんですねぇ~」

「ああ。信者たちは迷いや恐れをその身に抱えて生きている。これは恥ずべきことではない。人間誰しも持っているものだ。自分で解決できるのならそれでいい。だが、この世はそんなに強い人間ばかりではない。むしろ自己解決できない弱い人間の方が大多数を占める。我らは彼らの悩みを聞き、正しい方向へと導いてやるのが仕事だ」

 どことなく、言い方が尊大というか、引っかかるものを感じるが、神をバックに持つ者はそういうものかもしれないと無視して続きを聞く。

「多くの信者さんの悩みということはぁ、悩みの種類も多岐に渡るんですかぁ~? 大変ですねぇ」

「そんなことはない。我らの仕事であり使命だからな。それに、どんな悩みでも、我らには龍の書があるからな」

「龍の書?」

 ティゲルがおうむ返しに尋ねると、ファナティは自慢げに頷いた。

「龍神教の教義が記された『龍の書』には、開祖が教えを開いてから今日に至るまで、多くの衆生の悩みやどのようにして導いてきたかが記されている。人の悩みは尽きぬものだが、月日がどれほど経とうと人が変わらぬ限り、悩みも大して変わらない。龍の書から類似した話を参考にして、その人に合わせて導くことができる」

「へえぇ~、多くの人に対応できるほど、膨大な情報が蓄積された本があるんですねぇ~」

 ティゲルの目が輝きだした。未知の本の情報に彼女の知識欲が疼いているようだ。

「もちろん、多くの教会にある龍の書は簡易版だ。情報があまりに多く、全てを載せることはできないからな。だが、コンヒュムの龍神教本部に所属する私は、原本の龍の書を閲覧する権限を持っているのだ。龍の書には開祖が古代語で遺した予言めいたお言葉や叡智も記されており、解読の特命を帯びた部署が存在する。私もその解読班の一人なのでな」

「凄いですねぇ~。そんな貴重な資料に目を通し、しかも解読する部署に所属しているなんて、ファナティ司祭は優秀なんですねぇ~」

「それほどでもないが、まあ、一応限られた人間ではある。他の教区では司教、大司教と同レベルの権限があると言っても過言じゃあないな」

 自分がエリートだといわんばかりにファナティは鼻を膨らませ、胸を張った。ティゲルが褒めたことで、自尊心が満たされたか口がよく回る。

「龍の書には他にも、過去に起こった大きな事件や事象なども書かれている。例えば、そうだな。君たちは知っているかな? コンヒュムの北にある砂漠。あそこは大昔木々が生い茂る密林だった。しかし、その地を支配していた愚かな連中は自らを神の如き存在と勘違いし、増長したことで龍神の怒りに触れ、一夜にして消滅した。二度と人間が愚かな過ちを犯さないよう、龍神は『フムス』を遣わしたとされる」

 私たちが知る真相とだいぶかけ離れている。龍の書とやらの信ぴょう性を一瞬疑ったが、自分たちの権威を知らしめるために史実を書き換えるのはよくある話だ。確かめようもないし。否定して機嫌を損ねる必要もない。

「他にも多くの逸話が存在していて・・・ああ、そうだ。ここは山岳国家のモンス、だったか。この地域にも確かあったぞ。龍神の御使いが現れ、この地で続いていた戦乱を治めたという話が」

「モンスにもあるんですねぇ」

「ああ。戦乱や圧政などで困窮する民草を嘆き、救いを与える話は多い。また面白いのが、時間と共に人々から龍神や御使いの記憶が薄れても、感謝の心は受け継がれているという点だ。形を変えて龍神教の教えはリムス中に根付いている」

 ファナティの話が一区切りついたところで、通信機からムトの呼び出しがあった。相談したいことがあるという。一つは報酬の件、もう一つは捕虜にした敵から得た情報の件だ。プラエたちと共に街へと戻る。

 なし崩しに団長のように振舞っている自分がいる。これで良いのかと自問するが、答えは出ない。後悔はこれでいいわけがないと糾弾を続けているが、私の甘えや弱さは彼らと行動することに安心を覚えている。結局は変わらない。誰かを目的のために利用し続けるのが、私の本質なのか。

 今回だけ、今回だけだと何の意味も、価値もない言い訳を、消せない過去に向かって続けている。

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