第272話 五年ぶりの感動の再会

「は? あ、アカリ?」

 プラエが私を見て、目と口を開いて驚いて、ついでに手も開いた。その拍子に、彼女の手から何かが零れ落ちる。

「プラエ!」

 いち早く気づいたジュールが叫ぶ。気づいたプラエは、すぐにそれを掴み直そうとするが、焦りすぎたか手の上でそれが滑り、跳ねた。くるくると、私の視線の高さで回転するそれは、手で握りこめるほどの筒状の、スイッチに似ていた。というかスイッチだろ。

「やばっ」

 プラエが慌てて手を伸ばす。しかし何の因果か彼女の指がスイッチを弾いた。プラエの顔から一気に血の気が引いた。何のスイッチかを遅まきながら理解し、私も顔を青ざめさせる。

 弾かれたスイッチがスローモーションで落ちていく。

「おおっ!」

 長い足が伸びてきた。いち早く気づいたジュールが足を伸ばした。なぜか彼は上半身に爆弾をぐるぐる巻きつけられているため足しか使えなかったようだ。間一髪届いたつま先で蹴り上げ、サッカーのリフティングよろしく再びスイッチが宙に舞う。

「絶対落とすな!」

 鬼気迫るジュールの迫力に、セプス傭兵団の団員たちは飲まれ、思わず従ってしまった。自分たちの方に飛んでくるスイッチを掴もうと落下地点へと体を滑り込ませる。一番近くにいた団員がヘッドスライディングしながらスイッチの下へ手を差し込み、掴んで体へ引き込もうとした、が届いたのは指先のみ。彼の小指がスイッチを垂直に弾きあげる。倒れた彼に覆いかぶさるようにしてもう一人が飛び込んできた。だが、勢い余ってスイッチを弾いてしまった。ちょうど、私たちとセプス傭兵団の間くらいに落下していく。

「「あーっ!」」

 プラエとジュールが絶叫した。スイッチが、ボタンを下にして落下する、寸前。アレーナが掴んだ。ぶはっ、と止めていた息を一気に吐き出した。同時に汗も噴き出てきた。

 腰が砕けたらしいプラエと目が合う。にへ、とお互い力のない笑みで顔を合わせた。


「危うく無駄死にするところだったわ」

 笑いながらプラエはジュールに巻き付けた爆弾を解除していく。セプス傭兵団たちは宝が存在しないとわかった途端、さっさと街に戻っていった。

「全くだよ。何が名案を閃いた、だ。爆弾ちらつかせて相手を脅して逃げるのどこが名案なんだよ」

 長時間拘束されていて肩が凝ったのか、ぶつぶつ言いながらジュールは肩を回していた。

「うっさいわね。あなただって賛成したじゃない」

「暗くて狭いところに押し込まれておかしくなってたんだよ」

 まあまあ、とティゲルが二人の間に入った。

「とりあえず開放はされましたし~。アカリ団長に逢えたことが、私たちの明暗を分けたってことで~」

「上手いこと言ってんじゃないわよ」

 おし、終わり。とプラエは全ての爆弾を解除して、袋の中にしまった。立ち上がり、私の方を振り返る。

「久しぶりね。アカリ」

「お久しぶりです。プラエさん。ジュールさん。ティゲルさん」

「良かった・・・無事で。本当に」

 優しく、包容力のある笑顔を向けられ、思わず涙ぐみそうになった。

「プラエさん、私、私は」

「いいの、いいのよ。あなたにも何か事情があったのでしょう」

 ゆっくりとプラエが歩み寄ってくる。

 五年たった今も、彼女は変わらないように見えた。綺麗で、優秀で、タフでたくましくて。

「などと、言うと思ったのか?」

「え?」

 キレッキレの恐ろしい女性だった。

「おごっ」

 脳天に衝撃が走る。あまりの痛みに涙が滲み、うめき声を上げながらうずくまる。涙目で見上げれば、拳をわななかせたプラエが険峻な山みたいに眉間を吊り上げ、笑顔を張り付けた顔で見下ろしていた。地面に這いつくばる私に向かって天上のプラエから雷のような怒りが降り注ぐ。

「てめえこの馬鹿どの面下げて私の前に現れやがったすっとこどっこいめがどれだけ私が心配したと思ってるの言ったでしょうもっと自分を大事にしなさいって何回同じこと言わせりゃ気が済むんだあんた記憶と学習能力欠如してんのか勝手にカリュプスに突っ込んで罠に嵌るわ団長の癖に団員逃がすために捕まるわせっかく助けに行ったらインフェルナムに乗って空中遊泳してるわカリュプス滅ぼすわお尋ね者になるわリムス中に悪名広めてるわ何やってんのよ本当にもうこんちくしょう」

「プ、プラエ、プラエ? もうその辺で」

「おおお落ち着いてくださいプラエさ~ん」

 ジュールとティゲルが止めに入るが、プラエは止まらない。

「あなたのせいで私はせっかくありついたプルウィクス工房の魔術師の職を失ったのよ恩知らずが私たちに無事を知らせないせいで居場所がわからないからああじゃあ仕方ないわ逆転の発想よ奴を見つける探知機作ればいいのよ流石私天才じゃんと閃いて大間抜けを捜索するための魔道具を作るために工房の魔術媒体ちょろまかしてついでに研究費も少々使い込んだら早々にばれて解雇されたのよこの野郎どう責任とってくれんのよ」

 それ、私のせいじゃなくない?

「まったくもう」

 プラエはしゃがんで、両手で私の頬を包んだ。少し力を入れられたせいで、私の顔がくにゃっと歪む。

「本当に、心配させて。今までどこほっつき歩いてたの」

「すみません」

「許すわけねえでしょうがぁああああああ」

 ぐにぐにぐにぐにと両手で顔をこねくり回される。

「ひゃ、ひゃめてぇくだしゃいぃぃぃぃ」

「い・や・よ」

 彼女の気が済むまで、私は顔をぐにぐにされ続けた。


「なるほどねぇ。元の世界に戻るために過去の遺物、それを調べていたスルクリーの軌跡を辿ってる、と」

 落ち着いたところで、プラエたちと自分たちの近況を話し合っていた。少し前にはムトたちに同じ話をしたな、と二度手間を少し面倒くさがる自分がいた。

「プラエさんたちは、どうしてあの荷車に乗っていたんですか?」

 彼女たちがプルウィクスに雇われたことはムトから聞いた。で、横領がバレて追い出されたことは今しがた聞いたところだ。そこからどんな理由で閉じ込められ、ここまで運ばれるに至ったかが気になる。

「工房に使い込みがバレたことは話したわね」

 頷いて、話を促す。

「工房を追い出された私たちは酒場で工房の奴らの狭量さを嘆いていた」

「愚痴ってたのは主にプラエだろ」

「愚痴りもするわよ。私のおかげでどれだけ新製品が完成して、どれだけ稼いだと思ってるのよ。ちょっと私的流用したからって文句言われる筋合いないでしょう?」

「百年に一度実をつける百年草の実とか~、何千メートルもある高い山の山頂にしか咲かない氷華の花びらとか~、金貨十枚、百枚級の高級媒体を無断でばんばん使ってたら~、流石に怒られるかと~」

 むしろそれだけ好き勝手して処刑されなかったことが、彼女のこれまでの功績がどれほど高かったかを物語っている。プラエの愚痴が続きそうだったので、ジュールが話を引き取った。

「そういうわけでこれからのことを酒場で相談していたんだが、一服盛られた」

「・・・なんですって?」

 突然物騒な話に切り替わって、理解が追いつかない。

「こいつに関しては、俺も油断していた」

 ジュールが言うには、酒場の違和感が途中から徐々に増していたそうだ。

「だが、それが何なのかまではわからなかった。念のため俺は食事に手を付けず、周囲に目を配っていた。そんな時だ。プラエが突然潰れ、いびきをかきだした」

 これまで、たった数杯の酒で酔い潰れたことなどなかったプラエの異変に、ジュールはすぐに彼女が飲んでいた酒に手を伸ばした。

「酒の香りに混じって、甘いにおいがした。何らかの薬を混ぜられたのだと気づいた。幸いティゲルは酒を飲んでいなかったから、彼女に目配せし、酔い潰れたプラエを抱え、店を出ようとした時だ。酒場の喧騒が止んでいた」

 店の中にいた店員も客も、全員がグルだったのだとジュールは言った。少しずつ、自分たちの仲間を店に引き込んでいたのだろう。彼が感じた違和感は、嘘っぽい酒の席だったのだ。

「流石にプラエを抱えたまま逃げきれないと悟ったので、こんなことをしでかした連中に目的を問うた。殺すつもりならもっと簡単な方法がある。眠らせるということは、殺す以外に何か目的があると思ってな。そしたら、三人揃ってあの箱の中に入れられたってわけだ」

 気づけば、ここまで運ばれていた。そういうことか。

「では目的までは知らされてないという事ですか?」

「ああ。現地で説明するの一点張りでな。ありゃあ、あいつらも詳しいことは知らなかったんじゃないか」

 しかし、事情を知ってそうな奴は来てない。となると。私たちの視線が一点に集まる。そこには荷車から出てきた最後の一人が縮こまっていた。年のころ四十前後の男だった。頭はてっぺんが禿げ上がり、サイドに悲しげなすだれ髪がかかっている。立ち居振る舞いは隙だらけで、傭兵ではなさそうだ。プラエやティゲルと同じく、魔術師か学者のような雰囲気だ。

「わ、私は、何も知らん!」

 何も聞いてないのに、何か知ってそうな口ぶりで男は否定した。

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