第271話 オデュッセイアじゃあるまいし

 潰走する敵と追撃するセプス傭兵団の背中を見送りながら、作戦が成功したことにほっと息をつく。

 相手の目的が占領だという前提で作戦を立てた。占領する場合、二種類の方法に分かれる。その場にいる者を全て殺し乗っ取るか、逆らえないようにして自分たちに都合の良いように管理するかだ。

 前者の場合は簡単だ。邪魔する人間はいなくなるわけだから簡単に乗っ取れる。ただしデメリットとして、占領した場所の運営をどうするか、という問題が残る。短期間ならば何も考えなくていいが、占領の意味がない。占領するからには、長期間の滞在と、占領後に訪れる人間の対応が必須になってくる。もし、全滅させるつもりであれば、兵の数が足りなさすぎる。

 であるなら、後者、街の必要人員だけは生かしておく、が彼らの選択肢だ。そこさえわかれば、指揮官を引きずり出すのは容易い。きっと、指揮官は部下に破壊しすぎるなと厳命しているはずだ。それなのに、街の中央、それも自分たちが布陣しやすそうな大きな建物が破壊されれば、部下がやりすぎたと勘違いする。同時に、そこまで侵攻しているのなら、勝敗は決し、安全だと思うだろう。

 作戦通り指揮官は泡を食って街中に姿を現した。油断しきっている相手を討つのは容易い。もう一歩踏み込んで考える。討ち方を工夫すれば、指揮系統を混乱させるだけではなく、相手の戦意も低下させられる。たった一人の首級を最大限に活用するための一手。

 視覚を通して相手の想像力を沸き立たせ、恐怖を与える演出によって敵は目論見通り戦意を失った。いささかやりすぎた感はぬぐえないが、効果があったのだから良しとしよう。

「お疲れ様です」

 ムトが駆け寄ってきた。

「そちらもお疲れ様。セプス傭兵団とはうまく交渉出来たみたいね」

「身動きが取れない状態でしたから、打開するためには僕たちの提案を受けるしかありません。彼らも傭兵です。生き残るためなら手段は選んではいられないでしょう」

「それでも、敵対していた相手とすぐに組むのはなかなか抵抗があったはず。上手く運んだのはムト君の話術の賜物でしょう。よくやったわ」

 ありがとうございます、とムトは照れくさそうに頬を搔いた。

「私はここでいったん退散するわね。セプス傭兵団、特にアルデアって子には会わない方が良いでしょう」

「一番の功労者に対して失礼な話ですけどね」

「お尋ね者だしねぇ。大人しく引っ込んでいることにするよ。ああ、そうそう。さっき頼んだことだけど」

「敵を何人か捕らえて尋問、ですね。ディールス団長から数名捕らえていると連絡がありました。攻めてきた彼らの目的を探るんですね?」

「お願い。何の目的もなくこんな辺鄙な場所を占領するとは思えなくて」

 ダリア村を襲撃した盗賊はおそらく彼らの仲間だろう。であるなら、本命はきっとダリア村であって、今回の襲撃を行った彼らは後詰め、もしくはダリア村を隔絶させるために、付近にある唯一の街に残った監視役のような立ち位置だったのではないか。もしかしたら占領は、この後に到着する誰かのための下地だったのではないだろうか。誰かが秘密裏にダリア村に向かうための準備、とか。その考えに至った理由は・・・。

「どうしました?」

 ぼうっとしていたところを、ムトが気にしたように声をかけてくれた。何でもない、と首を振る。

「街やセプス傭兵団との折衝、敵のへ尋問など、後のことは任せるわ。何かあったらすぐに連絡してくれて構わないけど、あなたなら、もう大丈夫でしょう」

 そう告げると、ムトは自信に満ちた笑顔で「任せてください」と胸を張った。頼もしくなった。彼以外の若手をしっかりと見たわけではないが、群を抜いて優秀な逸材だろう。だからこそ、私に引きずられることなく自分のためにその才能を発揮し、生きてほしいのだが。

 ―僕は、あなたについていく。それが地獄の底であっても。

 彼の言葉を思い出す。有難く、嬉しくもあるが、だからこそ困る。

 頭を振って、この件は後回しにする。今はゲオーロの言った通り協力者と割り切って同行しよう。それよりも先に、この街とダリア村が狙われた理由だ。ムトと別れ、街の外へと歩を進める。無いとは思うが、伏兵、転進などの可能性を潰しておきたい。

「おっと」

 茂みに身を隠す。追撃から戻ってくるセプス傭兵団の団員たちを発見した。勝ち戦だったからか、皆足取りは軽く、談笑している。何故か荷車を押しながら。荷車の上には大きさが大体六畳間くらいの、直方体の箱を乗せていた。荷車というよりも馬のない馬車と呼んだ方がイメージは近いか。戦利品、だろうか。敵の忘れ物を、そのまま頂戴した形か。でも、ここまで運んできたなら馬をつないでいただろうに、なんで外したんだ? それとも彼らが見つけた時、すでに馬はいなかったのか? 

「・・・ん?」

 何だっけ。こういう話、どっかで聞いたことがあったはずだ。

「あ、トロイの木馬・・・」

 思い出した。トロイア戦争だ。映画か何かで見たんだった。堅固な守りを誇る城塞を突破するために、馬の形をした木の箱に兵士を詰め込んで敵の真ん前にこっそり放置した。敵は珍しいものがあると木馬を城塞内部に運び込む。すると中に入っていた兵士が城塞を内側から破壊工作をして陥落させた。

 あんな目立つ物、わざわざ持ってきて置いていったところがすでに怪しい。そう疑ってみていたら、箱が揺れた。明らかに荷車が地面の凹凸が原因ではない揺れ方だった。中に何かいるのは間違いない。

 過去に、ドラゴンを街に誘導して壊滅させようとした連中がいた。もしも箱の中に化け物がいたら。化け物出なくてもいい。爆弾や敵対する兵士が入っていたら。混乱は必須だ。そのタイミングに合わせて、逃げた連中が戻ってきたら、今度は押し切られる。こちらの手の内はすでにばれているのだから。

「そこの荷車、止まって!」

 彼らと顔を合わせて起こるかもしれない厄介事を差し引いてもここで確認しておくべきだ。突如物陰から飛び出した私に驚いたセプス傭兵団団員たちが、荷台から手を離して武器に手をやった。

「いきなり飛び出してきて、どういうつもりだ!」

「その箱の中身を確認したい」

「はぁ? これは俺たちが鹵獲した戦利品だぞ。横取りしようってのか?」

「落ち着いて。その中身が金目のものだったら寄越せとは言わない」

「金目のもの以外の、可能性がある・・・ってことか?」

 彼らの視線が私から荷台に移り、武器を構えたまま、すり足で距離を取った。

「確証はない。杞憂ならそれでいい。確認したいだけよ。あなたたちだって枕を高くして寝たいでしょう? 寝首を搔かれたら死んでも死にきれないんじゃない?」

 狙ったようなタイミングで、箱からガタンと音がした。ビクンと全員が肩をすくめる。

「わ、わかった。好きにしろ。ただし、妙な真似はするなよ。約束があるとはいえ、そっちから襲ってきたりしたら、それは無効なんだからな」

「この状況で敵対行動なんか取らないわよ」

 団員たちの間をすり抜け、荷台に上る。真正面に、人一人が通れそうなドアがついている。ドアから少し離れたところからドアノブにアレーナを伸ばして引っかけ、回す。固い手ごたえが返ってきた。鍵がかかっているのか。

「鍵か何かあった?」

 団員たちに尋ねるが、皆首をひねって持っていないと答えた。ドアノブを壊すか。アレーナを変化させ、振りかぶる。振り下ろす前に取り囲む団員たちに目配せする。つばを飲み込み、頷いている。覚悟はできたようだ。

「せえの」

 槌に変えたアレーナを振り下ろす、その前に爆発音とともにドアが吹き飛んだ。

 結果としては、セプス傭兵団が期待した金目のものも、私が危惧した敵対生物もいなかった。いや、ある意味で、私にとって危険だったか。

「動くな! 動くんじゃないわよ! 下手な真似したら全員まとめて吹っ飛ぶわよ!」

「どか~ん、ですよぉ」

「逆らうな! この女に逆らうんじゃない。俺だってまだ死にたくはないんだからな! 頼むから逆らわないでくれお願いだから!」

 箱の中から飛び出した影は三つ。

 怒りと狂気を目に宿した女性。

 緊迫感の全くない間延びした声の女性。

 何故か体中に爆弾を巻き付けられている男性。

 セプス傭兵団の団員たちが、唖然とした表情で飛び出してきた彼女たちを見ていた。私もどういう感情で彼女たちのことを見ればいいか困惑している。

「・・・なんで?」

 プルウィクスにいるはずのプラエ、ティゲル、ジュールの三人が、私の前に現れた。

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