第270話 魔女と踊ろう

「押し込まれるなよニィスン! アルデア、フォロー入れ!」

 セプス傭兵団団長、ディールスの指示が飛ぶ。

 運が悪い。ディールスは思わず苦い顔であたりを見渡した。アルデアの仇討ちが失敗し、血を吐きそうなほどの無念さをにじませる彼女を何とかなだめて羽交い絞めにして街に戻ってきた同タイミングで、街への襲撃とかち合わせた。

 まだ街と依頼も契約も交わしていないと敵方に言い訳することもできず、街に常駐している雇われの傭兵だと思われたセプス傭兵団は、相手が問答無用で襲い掛かってきたのもあって否応なく応戦することになった。敵の規模も正体も何もわからない相手と戦うのは下策だとわかっていても、退路はない。他の街に移動するための道は、攻め込んできた敵の後ろに伸びている。生き残るには敵を押し返すしかない。街の自警団と連携し、街の南側にて一進一退の攻防を繰り広げている。

「獣除け程度でもいいから、壁がありゃあなあ」

 主要都市にあるような巨大な城壁までは望めなくても、低くても壁があれば相手の突撃を妨げ、指向性を持たせられるから攻めてくる場所が決まっているから防衛する方は楽なのに。

 辺境の街は木の柵がある程度で、騎馬なら嫌がるかもしれないが人間なら簡単にすり抜けてしまう。街中への侵入を防ぐには、どうしても広く防衛ラインを敷く必要があり、少ない人数で防衛ラインを守るには、街の南側にある家屋を壁代わりにして数を補う必要があった。必然的に、街の南半分は敵の侵入を許している格好だ。

 どうする? ディールスの頭の中で、ずっと天秤が揺れている。撤退か、交戦続行か。街の人間との交渉で、防衛成功でセプス傭兵団が得られる報酬は金貨五十枚。街の規模から考えればなかなかの報酬だろう。おそらくこれまで襲撃されたことがないから、恐怖によって自分たちが出しうる最大限度額を提示したに違いない。本来はその半額以下から提示し、こちらとの交渉で妥協点を探っていくものだ。ディールスとしても、化かし合いに余計な時間を使わずに済んだ。

 けちけちしない、金払いの良い相手は大好きだが、勝てない勝負に賭ける程ではないし義理も義務もない。

 一旦ダリア村まで引き、相手の出方を見てから隙を見て逃げるのはどうだろうか。相手の戦い方を見ていたが、数件の火事は起こっているものの、大規模な破壊工作を仕掛けてくる様子はない。さっきから投げつけてくるのも、破壊力のない閃光手りゅう弾ばかりだ。相手の目的が襲撃だけではなく、占領も含まれているのではないかとディールスは気づいた。ならば、相手が街を制圧している間に逃げられる可能性は高い。

 すべては退くタイミングがあれば、の話になるが。ディールス達がいるのは最前線だ。ここまでがっぷり斬り合い、組み合っている状況では退くことなど叶わない。後ろを向いた瞬間背中を切られてしまう。

 圧倒的大差があればすぐに降伏できるが、なまじっか拮抗しているからこそ勝てるかもしれない、とも負けるかもしれない、とも考えられ、ただただ体力と時間を消耗してしまう。

 尻尾巻いて逃げるにしろ、犠牲覚悟で敵を叩くにしろ、何かのきっかけがなければ博打も打てない。一番嫌なパターンだ。

 葛藤と思考の渦に飲まれかけていたディールスの傍に、すっと誰かが近寄ってきた。連携を取っている自警団の連中かと思いきや、その姿を確認してディールスは目を向いた。

「ムト?!」

「やあ、久しぶりだなディールス団長」

「お前、何して、いや、何しに来たんだ!」

「何って、見てわかるだろう。僕たちも街の側に付いた。だから、同じ依頼を受けた同業者に挨拶しに来た」

「ふざけてんのか。ちょっと前に殺し合いした者同士だぞ?」

「傭兵は切り替えが大事だ。金によって、依頼主によって敵にも味方にもコロコロ変わるものだろう? 今は同じところに雇われているんだから、協力していかないとな」

 彼の言う事はもっともだ。今は一人でも味方が欲しい。

「お前らはたかが三人だろう。三人増えたところで何ができるってんだ」

 ムトの言う事に素直に頷くのも癪なので、ディールスは事実に嫌味を含めて言った。一人でも多く欲しいが、一人二人増えたところで戦況が急激に変わるわけがない。気に障るかと思いきや、ムトはむしろ楽しそうにディールスに言った。

「じゃあ、賭けるか?」

「何?」

「戦況が拮抗している今、そちらは退くこともできずにただただ消耗している。何かきっかけさえあれば打って出ることも撤退することもできるのに、どちらもできない状況で焦れている。違うか?」

「だったらなんだ。どうにかしてくれるってのか?」

「だから、賭けだ。もしここから戦況が動いたら、僕たちに協力してくれ」

「協力? 具体的に何をしろってんだ?」

「追撃と敵数名の捕獲」

 ディールスは耳を疑った。ムトが言った事は敵が敗走したらできることだ。

「馬鹿かお前。敵が退くって言いたいのか? この状況で?」

「ああ」

「どうやったらそんな考えが出てくるんだよ」

「敵指揮官を討てば混乱する。そこを見逃さず突けば言った通りになる」

 いよいよ頭がおかしくなったのだとディールスはムトを疑い始めた。それが出来るならとっくにやっている。だがこの乱戦の中、敵指揮官を探し出すことなどできなかった。おそらく、敵陣深くに身を潜めているに違いない。指摘しても、ムトの様子は変わらない。

「これから引きずり出すんだ」

「どうするつもりだ。一体何を」

「色々と仕掛けをしてきた。仕掛けが発動すれば、運が良ければ相手の指揮官を釣れる。出来なくとも、セプス傭兵団が退く時間ぐらいは作れるよ。さあ、どうするディールス団長。話に乗るか?」

 たかが三人だ。三人で何ができるというのだ。考えるまでもない。そんな策に団員の命を賭けられるわけがない。

 だが。このムトの余裕に満ちた、自信満々な態度はなんだ。

「判断は急いだ方が良い」

 ディールスの迷いを読んだようにムトは言った。

「このリムスで生き残るには、判断を早く下すべきだ。迷っている時間にも、仲間は死ぬんだぞ」

 リムス中の傭兵が身をもって知る教訓を告げた後、ムトは続けた。

「あなたは僕たち三人のうちの一人が何者か、知らないのかい?」


 街を少し離れたところに、騎馬で編成された一団がいた。真ん中で街の様子を観察しているのは、この度ダリア村の制圧、占領作戦を命じられた隊長だった。

 なぜそんな命令が下されたのかはわからない。知る必要もない。自分たちは与えられた命令に従うだけだ。それに、辺境にある小さな村を誰にも知られないように占領することなど、赤子の手をひねるようなものだ。そう高を括っていた。

 部隊を分け、自分たちは余計な邪魔が入らぬよう近隣にある街を監視していた。街には傭兵団が滞在していると事前情報を得ていたためだ。そして村の方へは部下を送った。方法は任せたが、人口二十名足らずの農村の占領など問題ないはずだ。すぐに完了の報告が返ってくると信じ、街で待機していた。だが昨日の夜。村から逃げてきたという少年が案内所に向かうのを確認した。少年はその足で、傭兵たちが宿泊している宿に向かった。

 極秘裏、を隊長は厳命されていた。三つの国の国境が近いこの場所で大きな騒ぎを起こせば、他国にいらぬ誤解と刺激を与えることになる。同時に、最悪の場合他国に知られないためにはどうすればいいかも指示を受けていた。

 信頼していた部下の失態を嘆く暇もなく、隊長は非常手段を取ることになる。誰にも知られないためには、知っている人間を消すしかない。かといって、あまりに派手にしすぎれば、それこそ今回の行軍を知られてしまう。仮に知られるにしても、後であればあるほど良い。近くに伏せていた部下たちを呼び寄せ、街から人が出ないように包囲し、占領作戦を決行した。占領という形をとることで住民を管理して、情報を外部に漏らさないようにすればいい。

 ここで、隊長の想定外のことが三つ発生する。一つは一旦街から離れたはずの傭兵団が、再び街に入っていたこと。自警団だけなら真正面から力押しで圧倒できると踏んでいた隊長の思惑がまず外れた。傭兵団の数は二十から三十名。自警団の数は五十名前後。対して自分たちは百二十名。内二十名がダリア村に先行したまま戻ってこないため残り百名。数の有利は動かないが、簡単に勝てる兵力差ではなくなってしまった。

 しばらく一進一退の膠着状態が続き、徐々に自軍が押し始めた頃。目の前で、二つ目の想定外が発生した。街の中央で大きな火の手が上がったのだ。

「馬鹿が。誰がそこまでしろと言った!」

 破壊ではなく、あくまで占領という形が理想だった。下手に破壊活動を行えば、街の住民たちの反感を買い、激しく抵抗されてしまう。この後の管理のためにも、過度な破壊はやめさせなければならない。

「街に向かうぞ!」

 部下を率いて、馬を走らせる。逆に考えろ。街の中央部で火の手が上がったという事は、そこまで進軍できたという事だ。すでに自警団、傭兵団の混成部隊を自軍は食い破っている証左にほかならない。戦いには勝利した、では次の手だ。

 最後の三つ目が起こった。街に入った隊長が見たのは、いまだ拮抗している自軍と自警団、傭兵団の姿だった。

「な、なにが」

 その場にいた人間たちは、時間が停止したかのような錯覚を味わった。突如現れた騎馬隊の乱入で、混戦状態で騒々しかった戦場が、台風の目に入ったかのような静寂に一瞬陥った。

 停止した時の中、影が差した。明るかった空が急に陰り、何事かと見上げた隊長の目に映ったのは。

「イイイィィィイイヤァァァアアアアアッ!!」

 猿叫とともに落ちてくる影だった。それが、彼が最後に見た光景だ。

 隊長が呆けたように開けた口に、槍の穂先が突き刺さり、喉を突き破った。勢いは衰えず、槍は地面に突き立つ。驚いた騎馬が前足を高く上げて隊長を振り落とし、そのままいずこかへと駆けていった。あとに残された隊長の亡骸は、両足が上手く地面に着地したためか、頭と足が地面につく、体操でいうブリッジのような姿勢になっていた。

 ブリッジの真上に、一人の女が着地した。誰もが女に視線を奪われた。目が離せないのは、魅力的だから、というだけではない。目を離したら死ぬ。そういう存在だと彼らの本能が叫んでいたからだ。彼らの中でそういう存在と言えば真っ先に上がるのが生態系の頂点であるドラゴンである。彼らの本能は、女をドラゴンと同じカテゴリだと判断した。

 凄惨な死体を作り上げたとは思えないほどの優雅さで女は手に持っていた何かを宙に放り投げる。

 一拍置いて、それは強烈な光と音を放って破裂した。周囲の騎馬がさらにパニックを起こして暴れ、目と耳をやられた部下たちもバランスを取れずに落馬していった。

「これが閃光手りゅう弾の効果的な使い方ってやつよ」

 勉強になったでしょう? と女は死体の上で笑った。同時、勝敗は決した。隊長が討ち死にしただけならまだ膝は折れなかった。目の前で繰り広げられた隊長のあっけなくも凄惨な死と、死体の上で笑う異常な女が、部下たちの心を折ったのだ。次は自分の番かもしれないと恐怖が体を縛り、戦意を喪失させた。彼らは武器を捨て、次々と逃げていく。


 あれこそが魔女。戦場で踊り、死を振り撒く魔女だ。


 逃げ延びた者たちは後にそう語り、二度と戦場には戻らなかった。

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