第269話 夢の続きを始めよう
用が無くなったので、早々に荷物をまとめてダリア村を去る。当然のような顔をして、村長から何らかの依頼の手間賃だけを受け取ったムトとゲオーロの二人がついてきた。どのみち、他の土地に行くには一度街の方へ戻らなければならない。方向が同じなのだから仕方ない。
「そういえば団長。ウェントゥスはどうしたんですか?」
ゲオーロが目ざとく、以前私の所持していた剣の魔道具がないことを指摘した。
「ああ、折れたのよ」
「お、おおおお折れたぁ?!」
卒倒しそうな顔でゲオーロが絶叫した。
「う、嘘でしょ団長! あの芸術的なまでに美しい刀身、柄に彫りこまれた凝った装飾、芸術と呼んでも過言ではない、あのウェントゥスが折れたんですか! そ、それじゃ、せめてその破片とか欠片とか一部とか」
「ごめん、捨てた」
「捨てたぁ?!」
「いや、仕方なかったのよ」
何故私はゲオーロにここまで責められねばならず、弁解しなければならないのか。
「折れたのはファースとの一騎討ちの時でね。奴の使っていた剣が何かよくわからないけどカリュプスの宝剣とやらで、相手の魔道具から魔力を吸収してしまうものだった。ウェントゥスは刀身に風を纏うことで硬度や鋭利さを保ってたけど、それを失ってへし折られたの」
「そんな・・・」
「そりゃ、私だって長年使ってきた相棒だったし、持って帰って何とか修理したかったけど、本当に、見事なまでに粉々になったし、それをかき集める体力はもうなかった。死にかけだったからね」
「もう一度、もう一度手入れしたかったなあ・・・」
泣きそうな声を漏らして、ゲオーロが項垂れた。こうも落胆されると、まったく悪くないのに申し訳ない気持ちが沸いてくる。
「でも、そのままじゃ団長困りませんか。アレーナだけでは手札が限られるのでは」
「それはそうなんだけど」
新しい武器の新調は目下の急務だ。しかし、ウェントゥスはかなり融通が利く優秀な魔道具だった。遠距離からの狙撃、硬度を上げることで装甲や鱗の厚い相手にも対応可能、しかもファース戦のような例外を除き、風で覆うため刃が半永久的に欠けることがない。アレーナと組み合わせればかなりの場面に対応出来ていた。
そのウェントゥスに慣れてしまった私は、並大抵の魔道具ではしっくりこない。満足できない体になってしまった。贅沢と言えばそれまでなのだが、ウェントゥスとアレーナでの戦い方、戦略がすでに体に染みついてしまっていて、別の武器を使うとその差異で戸惑ってしまう。もし自分以上の相手と相対する時、その差異は致命的だ。
一刻も早く解決したいのだが、解決するためにはウェントゥスに似た、もしくは全く別の優れた魔道具を用意しなければならず、そんなものが早々に手に入るわけがない。
「プラエさんに、逢いに行くべきでは」
ムトが言った。
「ん、んん、やっぱりそうなる、かな?」
行きつく先、頼る先はやはり彼女になってしまう。
「あなたの癖も、ウェントゥスの性能も把握、理解していて、リムス最高峰の魔道具技術を誇るプルウィクスが一目置く天才魔術師以外に頼る選択肢、無くないですか」
「わかってはいるのよ。一番の解決策だってのは。でも」
「僕たちに見つかった時点で、もう気遣う理由は消えているはずです。今更ですよ。それよりも優先すべきは目的の方でしょう。目的を果たすためには武器は必要です。己に見合った武器が生存率を上げる、ではありませんでしたか? 僕は団長にそう教わりましたが」
ぐうの音も出ない。過去の自分に説教されるとは。
「ねえ、二人とも」
それまでショックで項垂れていたゲオーロが顔を上げて遠くを見つめている。
「何か、おかしくない?」
言われ、私とムトも彼の視線の先へと視界を移す。
「・・・煙?」
首の後ろがチリチリとし始め警戒度が上がる。生活圏で煙が上がるのはおかしいことじゃない。火をおこして炊事を行うのはどこの街や村でも見かける日常風景だからだ。
だが、限度がある。目の前で立ち上る煙は黒く太く、吹く風には焦げたような、嫌な臭いが混ざり始めた。望遠鏡を取り出し、街を見下ろす。
カッと強い光が瞬く。街の南西の方だ。
「閃光手りゅう弾ですかね」
「ふん、五年もたてば広く普及するか」
私たちが開発した魔道具のいくつかは、他の魔道具工房でも開発され、今や道具屋で普通に販売している。技術はいずれ分解され、真似されるものだと理解してはいたが、目の前で人が苦労して作った物を盗作されて気やすく使われればいい気はしない。
「プルウィクスに特許申請しておくべきだったわね」
「出していたら今頃僕たちは大金持ちですよ。緊急時の獣除けとしても有効活用できるらしいから、傭兵だけでなく農民も買うのでリムス中で売れています。何より使い捨てだから必ず一定以上の需要がある」
愚痴りながら戦況把握に努める。
「そこかしこで火の手が上がってますね」
同じく街を望遠鏡で見ているムトが言った。
「おかしいわね」
こんな辺境の片隅の、規模も大したことのない街がどうして襲われている? 盗賊? しかし、それにしてはやり方がぬるい。盗賊であるならルール無用、奪う物以外はどんどん破壊していいはずだ。それが最も効率のよい奪い方だ。破壊して燃やせば目くらましにも障害物にもなるし、住民の心を折れる。盗賊が去った後も、彼らはここで生きなければならない。食い物があれば何とか生きられる。住む場所があれば食わずとも少しは凌げる。立て直しが利くとまだ気力が持つ。両方なくなれば、思考は停止する。
だというのに、その破壊の仕方が何というか。
「何か、均等に燃えて、る?」
ぼそりとゲオーロが呟いた。そうだ。その通り。何らかの法則に従って燃やしているような感がぬぐえない。盗賊が何に気を使う必要がある?
「敵影、確認しました。先ほど閃光が上がった場所で、交戦中です」
ムトに言われ、望遠鏡の先の景色に再び意識を向ける。そして、また奇妙な光景を目にする。
「あれは、昨日の盗賊連中の装備に似てるわね」
「ダリア村に来たっていう連中ですか?」
「ええ」
あいつらも、盗賊にしては奇妙な部分が多かった。頭目を討たれれば、普通は瓦解するものだ。だが、奴らは最後まで戦いを続行した。墓代わりに突き立てた剣も、刃こぼれは少なかった。
これは、まさかあれか。以前も似たようなことがあったな。剣をゲオーロに確認してもらっておけばよかった。
「ムト君。この辺りの地理ってどうなってる?」
「え、ええと。ここはテンプルム領内で、西寄りだから十三国連合の一つ、山岳国家モンスが統治しています。ヒュッドラルギュルムとアーダマスの間に挟まれている国ですね。・・・もしかして、これ『陣取り』ですか?」
「かもしれないわね」
五大国による平和と拮抗が崩れ、各地で規模の大小問わず国家間の戦が頻発するようになった。ムトが言った『陣取り』と呼ばれる戦は、その名の通り土地や街を占領して自分たちの陣地、領土として取り込む行為だ。
「それなら、街をあまり破壊しない理由も説明がつく。これから占領する場所を破壊する馬鹿はいない」
「火は陽動みたいなものでしょうか」
「でしょうね。でも理解できないわ。こんな場所を占領しても、旨味なんてあまりないでしょうに」
理解できない。だからこその気味の悪さがある。理解できる者にとっては、そこに何らかの重大な秘密が隠されているからだ。そうだ。こいつらは更に辺境のダリア村までご丁寧に襲っていた。この地域に何かあるというのか?
「団長?」
ムトがこちらを覗き込んでいる。
「ああ、ごめん。考え事」
今は良いか。必要なのは、この戦に介入するかどうかだ。たった三人、しかも一人は非戦闘員。実質一択だ。
「君子危うきに近寄らず。巻き込まれる前に撤退しましょう」
「撤退、ですか?」
「不服?」
「いえ、こちらは三人しかいないし、街側に協力しても得られるものはなさそうですから」
「と、言う割には納得していなさそうね」
「納得は、できませんよ。やはり。陣取りは国の上層部が戦略上必要だから、と机上で簡単に決定しますけど、現場では何の罪もない民が被害を受けます。僕は、これまで何度もそういう光景を見てきましたが、慣れるものではありませんし、出来るなら被害を少なくしたいと」
ムトの言葉が小さくなっていく。まだまだ若いな。いや、これが普通の感覚なのだ。私がどうかしているのだ。
「ゲオーロ君はどうなの?」
「あ、いえ。俺は」
「非戦闘員だから、なんて遠慮は無用よ。自分の意見を述べなさい」
「じゃあ、自分の立場を棚上げして、失礼を承知で言います。俺もムトと同じです。もしこれが故郷だったらと考えたら、他人事でいられません」
二人とも、他人のことを考えられる余裕があって大変結構。多数決なら私の負けか。彼らの思いに従う理由はないのだが、まあいい。奴らの目的を探る事にもつながるだろう。
「危なくなったら、私は逃げるわ」
二人が顔を上げる。
「ムト君、通信機は」
「は、はいっ。二人とも持っています」
ゲオーロも慌てた様子でポケットから取り出してこちらに見せる。
「二人は街に潜入後、街の重役に接触して。おそらくあのひときわ大きな建物で籠城してるはず。ゲオーロ君はそのままそこで重役と報酬交渉、並びに情報が逐一そこに集まるから、私たちに報告して」
「了解です」
「ムト君はゲオーロ君を護衛後、先陣切って戦ってる集団と接触して。多分、さっきの傭兵団の連中でしょう」
「セプス傭兵団ですね。ですが協力できるでしょうか。ついさっきまで敵対してたんですが」
「傭兵は敵味方の切り替えがすんなりできなきゃ支障が出る。アルデアって子ならともかく、団長の方はまだ話が通じるはずよ。ダメなら諦めてもいい。彼らを遠くから援護しつつ、その動きを私に伝えて」
「団長はどうするんです?」
「あなたたちからの情報を基にしてタイミングを合わせて、横槍を入れるわ」
「特大のを期待してます」
「変な期待しないで。・・・はあ、腕が鈍ってなきゃいいんだけど」
そう呟くと、二人が笑った。
「滅国の魔女のセリフとは思えませんね」
「まったくです。かの魔女の前に滅びあり、後に残るは夢の跡、ですから」
「・・・あのさ。そのあだ名、やめてくれない? 恥ずかしいんだけど」
相変わらず、二つ名文化には慣れない。気を取り直し、集中する。頭は冷たく冴えて、体は熱く滾る。さあ、戦だ。
「行くぞ」
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