第268話 違法行為はダメ、絶対

「ダリア村にある祭壇を調べていたのは、もしかして」

 ムトが気づいた。ゲオーロも納得したように頷いている。ムトには私が依頼や別の土地に移動する際の方針、考えを教えていたし、ゲオーロもプラエ、ティゲルと一緒に魔道具作成のミーティングの際に同席していたからすぐに思い至ったようだ。何より、古代の遺物に関する依頼で大変な目に遭っている。

「ええ。転移や、それらに関する何かがないか調べていた。リムスに存在する過去の遺物には、現在でも製作不可能な高度な技術が用いられていることがある。あれもそのうちの一つかと思って」

「『砂漠の蓮』、ですね」

 ムトの答えに頷く。以前の依頼で関係した古代の遺物『砂漠の蓮』は、周囲の時間を操作する効果を持っていた。

「これまでの歴史を振り返ってみると私と同じように何人もの人間がリムスに転移していることが判明している。同時に、元の世界に戻った、と言われる逸話も存在する」

「有名なのは、世界の基準を作った伝説のルシャ将軍スルクリー、戯曲にも語られる、玉座を去った恋で有名なアゥモル皇太子、ってとこでしょうか」

 ゲオーロが上げた二つは、リムスでなら誰でも知っている話だ。

「アゥモル皇太子は身分違いの恋を叶えるために自ら王位を捨て、誰にも邪魔されない場所で幸福な生活を送ったと語られています。その誰にも邪魔されない場所が別の世界という解釈ですよね。これは命を絶って天国に行ったとか、辺境に行ったとか、別の国で自国の情報を売って爵位を得て別人として生きていたとか、色々と解釈が分かれますから、一概に異世界とは言えませんけど。スルクリーは色んな資料を集め、様々な土地で調査していたという話が幾つもありますから、信ぴょう性は高いですね。俺たちが前に行ったラーワーの図書館もスルクリーが建てたものですし。その中に彼の冒険の記録も残されていた」

「だから、私はスルクリーの軌跡を辿ることにした」

 ラーワーに入り、図書館を尋ねた。幸い、かの図書館の司書は以前と変わらずギャンガナック様で、向こうも私の顔を覚えていたらしく寛大な心で入館を許された。けっして、カナエ隊長が大出世してラーワーの重職に着任したから、その威光にひれ伏したわけではないとのことだ。有難く自由に使わせてもらった。

「でも、スルクリーが調査した場所は多岐に渡ります。資料も膨大だったはず。本は持ち出せないから、覚えるのとか大変だったんじゃ」

「その点は、ちょっとズルをしたわ」

 ポケットから取り出したのは、私が元の世界にいた当時では最新機種のスマートフォンだ。

「あ、そうか、シャシンだ」

 ムトが答えた。苦笑いを浮かべながら種明かしをする。

「そう。これで必要な部分だけを写して保存してたってわけ。ティゲルみたいに全部覚えられるほど記憶力が良いわけじゃないからね」

 元の世界の図書館や、ましてや本屋では絶対に許されない行為だ。リムスでも正直良心が咎めたが、元の世界に戻るため、また私的に楽しむだけで著作権を侵害するわけじゃなければSNSに無断で掲載したりするわけでもない、と言い訳をしながら撮影した。SNSを利用していた当時、漫画やイラスト、動画の無断使用が問題になっていたのを覚えていた。人が心血注いで作ったものを自分のだと勝手にアップロードしたりする、後のリスクのことも考えない人間と一緒にされたくない、という拒否感はいまだに私の中に渦巻いていたようだ。手に染み付いた血を、もはや気にもしないくせに。笑える話だ。

「このダリア村の祭壇も、スルクリーが訪れた記録があった。この祭壇には過去、天使が舞い降りた、という伝承が残されていた。その天使をスルクリーはルシャではないかと考えたみたい」

「それでこんな辺境の村に・・・」

 頷く。

「成果はいまいちだったけどね。やはりスルクリーの読み通り、向こうからの転移の場合とこちらからの転移の場合とでは使用する物や場所、条件が違うのかも」

 入口と出口が違う、と後半でスルクリーは推測していた。血流みたいなものだろうか。全身を巡ってきた血液が右心房、右心室通って肺に向かい、肺から戻ってきて左心房、左心室通って全身へ向かっていたはずだ。生物の授業のうろ覚えだが、こんな感じだったと思う。私の転移時、モヤシも出口はラテル守護国だと断言していたし。決まった場所から決まった場所へと一方通行なのが、転移の仕組みなのだろう。

 かといって、リムスのどこから元の世界へと転移出来るのかを探るのはかなり難しい。リムスに転移してきた、という情報に比べてリムスから転移した、という情報の方が当然ながら少ない。その本人が文字通りリムスから消えているのだから、足跡を追うのが困難になる。

 まだしばらくはスルクリーの足跡を辿るしかないか。

「団長は、これからどうするつもりですか?」

 狙ったようなタイミングでムトが尋ねてきた。

「スルクリーの資料を頼りに過去の遺物を追うわ。その途中で、『砂漠の蓮』のような魔道具を見つけて調べるのが当面の目的になりそうね」

「その旅、僕も」

「駄目よ」

 彼の言葉を打ち消す様に、早く、強く言葉を放つ。

「わからないの? 説明したし、その目で実際に見たでしょう。私はお尋ね者なの。いつまた、アルデアみたいな連中に襲われるかもわからない。余計なリスクを抱える人間と共に行動する必要はないわ。あなたたちの腕なら、どこでも引く手数多でしょう。達成できるかどうかもわからない旅と、確実に裕福になれる方法、どちらを選ぶか考えるまでもない。それに、私の無事を確認するのが目的だったというなら、それはすでに達成されたはず。あなたたちは、あなたたち自身のために生きるべきよ。私に付き合う必要はない」

「団長こそ、わかっていません」

 ムトが静かに、しかしきっぱりと言った。

「以前、いや何度もお伝えしたはずです。僕は、あなたについていく。それが地獄の底であっても供に行くとね。嫌だといっても後からついていきますから」

「ムト君・・・」

 頭を抱える。こんなに強情だっただろうか?

「まあまあ団長」

 取りなす様にゲオーロが間に入ってきた。

「どういっても、ムトは諦めないと思いますよ。ですが、団長のご心配もわかるつもりです。ですので、どうでしょう。ここは、俺がアスカロンに入った時と同じように、協力者、的な感じで同行するというのは」

 ラーワーと敵対したらどうするのかで悩んでたゲオーロが、とりあえずその時まで協力者として一緒に連れていったらどうかとテーバが提案したんだったか。

 ここで議論しても意味はないし、稼ぎがないという現実に嫌気がさして離れるもよし、戦闘の混乱に乗じて撒くのもよし。方法はいくらでもあるか。

「勝手にしなさい」

 ため息混じりに言い放つ。

「お言葉に甘えて、勝手についていきますよ。団長」

「団長はやめなさい。アスカロンは解散したはず」

「じゃあ、アカリさん?」

「私、一応お尋ね者なんだけど」

「元団長?」

「呼ばれる方が言うのもなんだけど、呼びにくくない?」

「・・・どうしろと?」

 三人揃って首を捻る。しばらくしても妙案が出なかったため。

「もう、団長で良くないですか?」

 ゲオーロの言葉にしぶしぶ頷いた。再び団長と呼ばれる日が来るとは、人生とは本当にわからないものだ。

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