第267話 やりたいことリスト、最後の項目

 セプス傭兵団が諦めきれないアルデアを引き摺って街へと撤退していくのを見送った後、私たちは村長に部屋を借りた。ようやく落ち着いて話をすることができる。

 椅子に座り、自分たちのこれまでを尋ねた。ムトたちは先ほども言っていた通り、あの後私の消息を追っていたようだ。だが、限界を感じた団員たちは一人、また一人と自分たちの生活を守るために離れていった。プラエとジュール、そしてティゲルはプルウィクスに、テーバやボブはラーワーのドンバッハで生活しているらしい。イーナや多くの団員は、アンやギースを頼ってアウ・ルムのラクリモサにいるのか。

「団長は、今までどうされていたんですか? カリュプスで、一体何があったんです?」

 自分たちのことを話終えたムトが尋ねた。

「プラエさんからは、団長がインフェルナムと何らかの協力関係を結んでカリュプスを陥落させた、としか聞かなかったんです。どうやってインフェルナムと共闘するに至ったのか、とか、その後どうなったのか、とかわからないことだらけでして。もしよければ経緯を聞かせていただけませんか?」

「そうね、簡単に説明すると、私の処刑場にはこれまでカリュプス王が収集した希少品が山のように積まれていた。それを全て燃やすことで、今までカリュプス国民を苦しめていた過去との決別をファースは図ったの。その希少品の中にインフェルナムの卵があった」

「あの、団長が所属していた傭兵団が壊滅した原因の?」

「そう。それが孵化した」

 二人が、同時に首をひねった。私だって、人からそんな話を聞いたら首をひねるだろう。

「事実なんだからしょうがない。孵化した幼体を利用して、インフェルナムに取引を持ち掛けた。協力すれば仔どもを無事に返してやる、と」

「団長、本気で言ってます?」

「私が本気じゃなかったことなんて、ある?」

 二人は「ああ、この人はそういう人だった」という顔で諦めた。心外だ。

「とにかく、取引を成立させたから、私とインフェルナムは共闘してカリュプスを陥落させた。私は逃げようとした新国王ファースを倒したのだけど、深手を負わされた。約束通りカリュプスを滅ぼしたインフェルナムに幼体を返し、どうせ死ぬならとインフェルナムに決闘を申し込んだ」

「団長が何を言っているのかわかるんだけどさっぱりわからない・・・」

「巷に流れている団長の噂は尾びれがついて誇張されたものだと思ってたけど、噂には尾びれも背びれも胸びれも足りなかったというのか・・・」

 二人が頭を抱え始めた。私は、そんなにおかしなことを言っている、のか・・・? だんだん不安になってきた。

「いや、決闘とは言っても、戦う前に私は傷が原因でその後すぐ倒れたのよ?」

「言い訳する部分が、何か違うんですよ。団長」

 悲しそうな顔でムトが言った。そのまま続けてください、と促されたので、しぶしぶ続きを話す。

「気づいたら、私はカリュプス、いや、今は十三国連合の『テンプルム』か。テンプルム領内の人間が住める南端に位置する村にいた。負った傷はなぜか癒えていて、村人が言うには森の傍に倒れていたそうよ」

「森?」

「ええ、南に広がる大密林、インフェルナムの縄張りね」

 すごろくでスタートに戻ったような気分だった。私が元居た世界からリムスに転移させられたのが、まさにカリュプスの南にあったラテルという国で、そこからさらに南に向かったところにこの森があるからだ。私が保護された村は、インフェルナムの縄張りもあるからかこれまでどの国の支配も影響も受けていない隠れ里だった。村の手伝いをしながら傷が癒え体力が回復した後、私はその森に再び向かい、奴と遭遇した。

「仇のインフェルナムと遭遇したんですか?!」

 驚きの声を上げるゲオーロに、首を横に振って答える。

「少々ややこしいんだけど、同一個体じゃなかったのよ」

「どういう、ことです?」

「ガリオン兵団の皆を殺したインフェルナムは、消滅した」

 私が再会したインフェルナムは、私がつけた目の傷どころか、傷一つない個体だった。それに、大きさも一回りほど小さい。しかも、あろうことか私に向かって甘えるように頭を向けてきたのだ。困惑しながら向けられた頭を撫でていて、気づいた。こいつは、あの時の幼体の方ではないか、と。インフェルナムは私の困惑を察したか、首根っこを甘噛みし持ち上げ、密林の中央まで連れて行った。そこには弱体化した親の方のインフェルナムが存在した。仔のインフェルナムがそこで見てろ、と言わんばかりに私を放り出し、親の方へと近づいて、親と鼻を引っ付けた瞬間。さらさらと親の体が光の粒子状になってほどけていった。光はふわふわと舞って、仔の方へと吸い寄せられ、触れた端から消えていった。

 直観的に、引継ぎのようなものか、と想像した。親から子へ、インフェルナムという種族にとって大切な何かを継承したのではないかと考えた。それは、例えば人間で言うなら知識や経験、記憶、文化、伝統、そういったものに当たるのではないか、と。勝手な想像だが。

「団長、もし差支えなければ、ティゲルさんにその話、絶対してあげてください。絶対喜ぶと思うので」

「プルウィクスに行ったときに逢えたらね」

 ゲオーロの提案に、気軽に私はオッケーした。その後、三日三晩根掘り葉掘り詳細を聞き取りされて心身ともに疲れ果て、軽率な自分の判断を後悔することになるのだが、それはまた別の話。

「とまあ、それを見届けた後、ちょっとデカくなった新個体がまた私を甘噛みして森の外に連れて行かれて、二度と来るなと言わんばかりに放り出されたわけ。あ、そういや、餞別にこれ貰ったっけか」

 話していて思い出した。別れ際、新個体インフェルナムから拳大の石を貰った。光の加減か、中心部に行くほど濃い赤が炎のように揺らめく珍しい石だ。多分貴重な代物だとは思うのだが、私では価値がわからない。試しに二人に見せてみると、ムトの方は首を傾げて「貴重だとは思うんですが」と私同様わからないと答えた。そしてゲオーロの方はというと何とも言えない感嘆の声を上げ、恭しく石を眺めながら言った。

「もし差支えなければ、プラエさんにその話とこの石を見せてあげてください。絶対喜ぶと思うので」

「多分差支えがでるのよね・・・。あまり気は進まないけど、プルウィクスでもし逢えたら、ん、まあ気が向いたらね」

 これまで迂闊に元の世界の話をして興味を持った彼女に捕まって連日徹夜した苦い記憶があるので、曖昧な返事で濁しておく。が、私はその後、プラエの執念を甘く見ていたと後悔する事になるのだが、それはまた別の話。

「その後は村を出て、これまでのノウハウを活かして細々と稼ぎながら、この世界を調べて回っていた」

「何を調べていたんですか?」

「私の最後の目的。元の世界に戻る方法を探していたの」

 正確には、元の世界にいるであろう、全ての元凶を殺すためだ。

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