第265話 再開
話したいことが山ほどあった。聞きたいことが山ほどあった。しかし、言葉が喉と頭で渋滞していて、後に続かない。出てきたのは、結局シンプルで、そして一番言いたかった言葉だ。
「良かった。無事で、本当に良かった・・・。生きていてくれて、本当に」
泣き崩れそうな膝に何とか力を込めて耐える。少し言葉を吐き出せたからか、言いたいこと、聞きたいことが口から出てきた。
「どうして、連絡をくれなかったんですか。この五年、ずっと、ずっと探してたんです。生きてるって信じてたから。プラエさんも、テーバさんも、皆も、ゲオーロや僕だって、ずっと心配してたんですよ。なのに、どうして・・・」
ムトの問いに、困ったようにアカリは笑った。
「相変わらず、泣き虫ね」
「な、泣いてないです! 話をそらさないでください!」
「そうですよ。団長。ムトがあなたのことをどれだけ心配していたか」
ゲオーロがムトを援護する。
「あなたにも事情があったんだと思います。ですが、ムトの努力や苦労、彼の五年間の辛さや苦しみをわかってやってください」
「そう、ね。ゲオーロ君の言う通り。確かに、不義理だったと思うわ」
少し考えるそぶりを見せるように、アカリは左右に視線や首を振った。
「正直に言えば、あなたたちが私を探してくれているのは少し前から知っていた」
彼女の告白に、二人は驚いた。
「じゃあ、どうして合流しなかったんですか」
「そうですよ。せめて連絡ぐらいしてくれても」
二人が思わず攻めるような口調になってしまう。
「ええ。その点については、本当に申し訳なく思ってる。ただ、正直、私はあなたたちや、皆の前にどの面を下げて逢えばいいかわからなかった」
「なんで・・・」
「言ったでしょう。私は、私の復讐のためだけに、皆を付き合わせた。復讐のことだけに囚われて他のことが何も見えなくなって、ファースの策略に気づかなかった。そのせいでモンドさんやセイーゾさん、一緒に来てくれた皆を死なせた。ムト君だって、一歩間違えれば死んでいた。団長失格よ。そんな人間が、どうしてのこのこ皆のもとに戻れると思う?」
「何言ってるんですか!」
ムトは怒鳴る。プラエが危惧していた通りだ。皆が死んだのを自分の責任だと思っていた。
「皆、あなただからついて行ったんです。全部わかってて、もしかしたら死ぬかもしれないって、それでもあなたの力になりたくて! あなたのその考えは、あなたを守って死んだモンドさんたちに対する侮辱だ! 皆の覚悟や意思は、たとえあなたであっても否定させない!」
ふうふうと鼻息荒くムトは言い切り、少し冷静になって、青くなった。かつてここまで団長に生意気な口を叩いたことがあっただろうかと。
「す、みま、せん・・・」
途端に小さく縮こまってしまった。アカリも、うつむいたまま何も喋ろうとしない。
「だ、団長。他にも、何か俺たちに逢えなかった理由ってあるんですか?」
気まずくなってしまった場の空気を必死で入れかえようとゲオーロが話を変える。彼女が自分の方を見たのを確認して、話を続ける。
「今の、皆に申し訳ない、って思ってくださってるだけなら、伝言ぐらい残しておいてもおかしくないですよね? フェミナンを通じて伝言を残しておけば、俺たちもここまで心配しなかったし、フェミナンオーナーのアン様なら上手く取り計らってくださるでしょう。俺たち以外で信頼できるのはあの方だけだと思うので。なのに、団長は俺たちの無事は自分の目で確認しても、自分の無事は誰にも確認させなかった。そこに何か、事情があるのではないですか?」
しばらく沈黙が続き、ゲオーロが耐えられなくなって「あ、言いづらければ大丈夫です」と逃げの一手を打つ直前、アカリは口を開いた。
「ゲオーロ君の言う通りよ。私は、生きていることを悟られたくなかった」
「・・・それは、どうしてですか?」
「私がお尋ね者だからよ」
ムトもゲオーロもその点に気づいていなかった。いや、気づいてはいても理解していなかった。彼らにとって目の前の女性は頼りになる団長でしかなかった。
しかし、世間の評価は違う。彼女はリムス中に悪名轟く『滅国の魔女』。大国を滅ぼし、リムスを混沌の時代へ誘った張本人だ。アカリとしては、自分と一緒に行動すれば全員が同じような風評被害を受けると考えてのことだった。
「私はコンヒュムから高額の賞金がかけられている。生きていると知れば、多くの人間に追われる。だから死んでいることにしたかった」
「でも、それっておかしくないですか?」
ムトが疑問を呈した。
「僕たちですら、正直、団長を見つけるまで生きているのか死んでいるのかわからなかった。どうしてコンヒュムの連中が団長が生存しているとわかったんです?」
「私がカリュプスに囚われているとき、脱走に協力したのが奴らだからよ」
正確には十三連合のソダールだけど、とアカリは付け足した。
「彼らはカリュプスを占領した際、ファースの死体を発見したはず。燃えてないから、私が殺したと判断したのでしょう。あの時あの場所でファースを殺せるのは私だけだったからね。ただ、どうして後になって私に懸賞金をかけたのかはわからないけど」
「龍神教の教えに反したから、という理由になってますけど」
「教えに反するも何にも、信者ですらないんだけどね。私に生きていてもらっては困る何か理由があるんでしょう。幸い彼らの大半は私の顔を知らないから無事でいられるわけだけど」
「で、でも、それなら、名前を変えてもらって行動するっていう手がありますよ。ムトとか、プラエさんが表に出て名前を出さずに行動するとか」
ゲオーロが解決策として出した提案を、アカリは首を横に振って「駄目よ」と言った。
「どうしてです?」
「それは・・・」
アカリの顔つきが険しくなる。ムトもゲオーロを突き飛ばし庇いながら、体を低くして構える。
ひょう、と音を立てて飛来したそれを、アカリは篭手、魔道具『アレーナ』を盾に変化させて弾く。
アカリの顔が陰る。雲や木々以外が日差しを遮ったためだ。
雄叫びが、アカリに肉薄する。見覚えのある目と目が合った。これまでそういう目を何度か見て来たし、何より、最も身近にその目をする人間がいる。
憎しみと、怒りに染まった者の目だ。
「こういう連中がいるからよ」
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